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※「10」の千葉君の過去と二人のその後の話。





七つの時に、両親の寝室で知らない男と裸で抱き合う母親を見た。
抱き合う、なんてまろやかな表現にしては乱暴な行為に下品な喘ぎ声と笑い声、汚ならしい光景。それは芸能ワイドショーやドラマで見た不倫であり不徳な行為だと、初めて眼にするものだけどすぐにわかった。

狭い田舎では母親の噂話、まぁ事実なんだけど、その手の話は格好の餌食ですぐに伝わり、村八分だ。子供の俺は大人達から好奇と不憫の目で見られ、同級生からは「不倫の、不潔の、汚ならしい子」だと大人からの言葉をストレートな言動でぶつけ、あからさまに虐められたものだ。
父は地域の住みづらさと会社での評判、そして素行を隠さずに更に酒にも溺れた母のせいで日に日にやつれていった。それでも恋愛結婚だったからと、母を切り捨てられずに、俺と三人家族でやっていこうと弱々しく笑っていた。
その笑顔が最後。
父は翌日の帰宅途中、運転する自家用車が大型トラックにぶつかり帰らぬ人となった。事故か自殺か解らないけど、トラック側が車線を越えていたのは間違いないとの事だった。
さすがに母も大人しくなり、俺と母の地元の都会へと戻ったが、1ヶ月もすると水商売をはじめて再び男漁りが始まった。家の中で遭遇することもあった。すると大抵の男は子供の存在を邪険にし、母も同調して俺に幾らかを渡して家をあけるように促した。

(お父さんは恋愛結婚だって言ってたけど、どうだったのかな)

少なくとも、家族再築を願っていた父は、母が本当に好きだったのだろう。実際は二人とも若くしてデキ婚したのだから、都会で生まれ育ち、複数の交際相手のうちの一人にすぎなかっただろう父さんに比べると母は気持ちがなかったと思う。まだ女として遊びたい盛りなんだ。

(気持ち悪い。お父さんばっかり好きだっただなんて、かわいそうだ)

幸か不幸か、事情を知らぬ新しい土地では見た目だけは男を取っ替え引っ替え出来た母親に似ていたので、笑っていれば周りは自分に優しかった。

(ばっかみたい)

しょせん人は見た目なのだろう。
それなら自分が過ごしやすいように上手に動いて、利用させてもらおう。罪悪感なんてない。寂しくなんてない。どうせいつかは一人で死んで、忘れられるのだ。
父のように。

「いっそ死んでしまおうか」

明るい未来なんてないのだから。




「おかえり、千葉」
「た、ただいま」

いまだに馴れないやり取りだ。
高校時代、俺が好きになって一生一大の告白を受け入れてくれた、一生涯の恋人、瀬名、男。
あんな母親を見ていると、化粧や露出の高い服で男を拐かす女には不信感しか抱けなくなっていた。中学高校と、子供と言えどしなを作って顔だけの俺に愛想を振り撒く女子はもう無理だった。母の相手をしていた男だって好きではないが、最後まで母を信じて愛し抜いた父さんを俺は信じていたかった。

「今日晩飯すげぇから」
「うん?すげぇの?」

高校卒業後、無理して明るい人柄を演じてた俺は、偽るのをやめた。正直、一緒にいて楽しくないと思う。小さい頃に全てを諦めた俺は、本当はこんなにも薄暗いやつだ。
先生からの厄介事を率先して引き受けたり、クラスメイトの中心になって盛り上げたりする俺はもういない。

小さいテーブルには千切りにしては太すぎるキャベツが添えられたコロッケと、豆腐とワカメの味噌汁、白いご飯が並んでいた。
服を脱ぎながら食卓を眺めていると、コップ二つを右手に、お茶の入ったピッチャーを左手に持った瀬名が「コロッケ揚げたてだから、早く食べよ」と促した。

「すごいね。コロッケなんて、スーパーの惣菜でしか買ったことない」
「俺も。油はねてビックリしたわ」
「え?はねたの?火傷した?大丈夫?冷やした?」
「すぐ水にあてたよ。ほら、なんもなってないだろ」

右手の甲を見せてくるから、指先を握ってじっと見る。うん、赤くなったり腫れたりしてない。無意味に甲を撫でれば、心配性だなぁって笑われた。

「何かける?ソース?ケチャ?マヨ?」
「このままがいい」
「そ?」

ポテトとツナのコロッケはサクサクのホクホクで香ばしく美味しかったけど、裏面が黒かった。見てはいけないものを見てしまった気がして、そっと表に返したら瀬名が「なんか言えよっ」て赤い顔してぷるぷるしてた。あと味噌汁のワカメがすごいでかくて、掬い上げたときに固まってしまった俺に「いや、これでも前回よりは切ったんだよ。でも増えるワカメってどこまでも増えるんだな」なんて訳のわからないことを言っていた。でも前回のワカメよりは食べやすいし、瀬名が手料理を振る舞ってくれるってだけで、俺には充分すぎるのだ。

「全部美味しいよ。本当、すげぇ美味しい」
「そっか。ふふっ、そっかそっか」

・・・今度、俺が休みの日は瀬名にご飯作ってあげよう。



「いってらっしゃい」

朝も大学生をやってる瀬名より早く出勤する俺を見送ってくれる。
その言葉だって、小学生の低学年あたりに母に言われたきりだ。都会に戻ってからの小・中学生の時は朝帰りや外泊ばかりだった彼女と顔を合わすことなんてほぼなくて、高校時代は厄介払いをするように、父の遺産であてられた質素なアパートでの一人暮らしを余儀なくされたのだから。
あの頃は一人で言う「ただいま」にも「いってきます」にも、返事なんてあるわけなかった。



「いってらっしゃい。ちゃんと帰っておいでね」

ぼうっとしていた俺に、再び瀬名が言う。

「はい、いってきます」

瀬名は毎日「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」を言ってくれる。俺の居場所になってくれる。瀬名と一緒に生活をしている。
生きる活動を、している。

(死ななくてよかった、な)

だって瀬名といるのは、とても──。



「でかいベッド買おうよ」

ある日、瀬名が言った。

「この部屋に?狭くなるよ」
「欲しくない?でかいベッド」
「・・・欲しくない」

そうなの?と瀬名が首をかしげた。
だって俺は暑くても寒くてもシングルサイズのベッドで瀬名とくっついていたい。それは多分、瀬名も知ってくれてる。高校生のときから二人きりになるとくっつきだかる俺を、いつも最終的には受け入れてくれる瀬名。

「ベッドおっきくても、くっついて寝れるじゃん」

ほら、俺の考えを解ってる。

「じゃあいらないじゃん」
「だって千葉、たまにすげぇがっつくから、体落ちそうになるんだもん。それに脚がしっかりした、あんまりギシギシいわないの欲しい」
「・・・」
「心置きなくイチャイチャできるでかいベッド、欲しくない?」
「・・・欲しい」

千葉は可愛いなぁって瀬名がからから笑うけど、そうやって笑う瀬名の方が可愛いし。口角が上がって盛り上った頬を掴むと、お返しとばかりに頬をつねられた。

「俺、千葉と一緒にいるようになってよく笑うようになったと思う」
「そう?」

あぁでも、昔の瀬名は、地味ってわけじゃないけど、クラスメイトに自分から飛び込むタイプじゃなかったなぁ。無理してた俺とは違って、自分の時間を一人で上手に楽しんでた。
だからかな。当時はあんまり関わりがなかったから、今の俺でも関係なく受け入れてくれてるのかな。
瀬名の頬から手を離して、かわりに後頭部に手を回して胸元に引き込んだ。

「ご飯作ってるとき、これ絶対千葉はうまいって言ってくれるだろうなーってか言わせたいなーって一人でニヤニヤしてるし、千葉が帰ってくる時に玄関のドアがガチャって音がすると、すげぇ嬉しくなる」
「そう、なんだ」
知らなかった。
「千葉も笑うの増えたよな」

胸元から、瀬名が見上げながら言う。目が笑っている。

「多分だけど、千葉は昔はよく笑う方だったんじゃないかなーって思ってる」
「なんで」
「だって、笑顔が一番似合ってる」

昔って、どうだったかな。父さんがいた頃は、まだちゃんと機能してたと思う。だって思い出の中では、家族三人笑っているから。
昔の話は好きじゃないけど、俺と向かい合って生きていく瀬名となら振り返るのも怖くはない。

「瀬名が笑顔にしてくれてる」
「俺も千葉に笑顔にされてる」

額をくっ付けあって、クスクス笑った。
腕の中の瀬名を確かめるように抱き締める。温かい。温かくて、優しくて、料理が苦手な瀬名。俺の瀬名。

「──幸せ」

俺の幸せはここにあった。



おわり



千葉君の過去の掘り下げ(ほんとはもうちょっと考えてたけど収まらないから省略)と、その後の二人をちゃんと幸せにしたかったのです。
あと一個、普通に仲良くほのぼのしたのが書けたらいいなー。

小話 12:2016/11/03

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