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※「09」→「50」の番外編




「そういえば、美琴君のクラスメイトの人、退院したらしいね」

ペリペリとコンビニエンスストアで購入したというおにぎりのフィルムを剥がす圭介が、思い出したように言った。こいつとは、今や友人と呼べるような仲だと思う。贅沢なことに有馬様から逃げてまで、僕を誘っては空き教室や屋上、中庭で昼食を共にする事が増えてきた。

「ああ、来月から登校するらしい」
「春休み中に怪我で入院なんて、ツイてなかったなぁ。顔とか知ってる?」
「いや、名前だけだ。確か、ミズマチコノハ、だったかな」
「名前可愛いっ!美琴君、友達になれたらいいね」
「? なぜだ」
「だって友達少なそ──いった!ごめん!うそうそ」

テーブルの下で脛を蹴りあげてやると、痛いと言いながら楽しそうに笑う圭介は、詳しいけれどやはり数少ない友達だろう。



そして翌月、台風がやってきた。

「ちゃっす!今更入学しちゃいました水町好葉です!よろしくどーぞ!」

軽薄そうな挨拶にピースサインを決め、ハーフアップした金色の髪の中にいくつかピンク色も混ぜている男が、遅れて入学してきたのだ。教室内がざわついた。 無理もない。異色すぎる。僕も顔をしかめてしまった。圭介だって一時は庶民過ぎると話題になったが、こいつはまた別次元だ。

(圭介、僕には無理だ)

しかも最悪な事に、水町は俺の後ろの席だ。ずっと放置されていた空っぽの席に案内される途中、ぱちんと水町と目があった。まあ挨拶くらいは、と思ったのも束の間。

「え、女の子?ここ男子校っしょ?」

なんてほざいた。
ざわつきが一気に止み、場が凍りつく。

(こ・の・や・ろ・おぉぉぉぉ!!!)

この日、僕が恐れ多くも有馬様から圭介をお借りして愚痴りまくったのは言うまでもない。


それに後ろの席と言うのは厄介だ。
授業中はものすごい視線を感じて頭が痛くなる。休み時間だって一番後ろの水町の横並びには誰もいないから、僕に話し掛けるのは必然なんだろうけど、「今のやつ教えてくんない?」と度々今しがた終えたばかりの授業について聞いてきたり、かと思えば「美琴っち、ほんときれいな顔してんね」と至近距離で顔を凝視してきたりと、本当に疲れる奴だ。

(これと友達には絶対になれない)

正直僕は、うんざりしていた。



しかしそれからしばらく、委員会終わりで教室に鞄を取りに行こうと階段を上っていたときだった。

「はーい、失礼しましたー」
と、ここ最近で嫌と言うほど聞いてきた水町の声が、静かな廊下に響き渡った。ちょうど、理科準備室から出てきたところのようで、タイミング悪く遭遇してしまった僕が階段を上るより早くに声をかけられてしまった。

「美琴っちじゃん。何してんの?」
「・・・委員会。終わったけど」
「そか、お疲れ様〜」
「水町は?」

そう聞いたのは、ただ理科準備室という場所があまりにも水町に似合わない場所だったからだ。尋ねてみると、水町も何でもないように手にしていた見覚えのあるプリントを見せてくれて「補習だよー」と軽く答えた。
補習?
思い出したがそれは、授業のはじめの頃に配られ既に履修済みの内容のプリントだった。

奇妙なことに、二人して校門を出る。
一緒に帰ろうと誘われて、断るいいわけも思い付かなかったからでもあるが、水町は悪気なく人懐っこいところがあるのでテンポが狂う。

「水町は何で補習なんか?」
問えば、少し考えるように宙を眺めて、ゆっくりと「俺さあ」と語りだした。

「俺さあ、ほんとはこの学校のスポーツ特待生だったのね。サッカーの。でもさー、中学卒業してすぐ交通事故にあっちゃって。結構生命の危機?瀕死?状態?で危なかったらしくてさ、覚えてないけど。んでもなんとか一命をとりつけて?」
「取り止めて」
「そそそ、取り止めて。でも脚はもうダメになっちゃって」

歩きながら、その脚を見せるように伸ばした水町は他人事のように軽く話していく。それは別に引きずったり、癖のある歩き方だったりとかはなく、言われなければ本当に解らない話だった。
僕はと言えば、急な話に情けないけれど相槌すら曖昧になっていく。

「見た感じじゃわかんないっしょ?リハビリ超頑張ったし、元から体力もあったし、勘ってゆーか筋肉の動かし方のコツをつかんだ、みたいな?体育も出来るし、日常範囲じゃ問題はないのよ。でもサッカーはもうダメ。超走るし、精密さに欠けたらさ、使い物になんないもん」

そこまで話して、水町はふーっと長く息を吐いた。そして僕をみてぎょっとした。

「ちょちょちょ、何で美琴っちが泣きそうな顔してんのさ!」
「水町、僕は、僕は・・・っ」
「やさしいな〜。美琴っち顔も可愛いからチュウしたくなっちゃう」
「・・・やめてくれ」

こんな話をさせておきながら、僕は涙を瞳のなかに留めておくのが精一杯だった。普段なら頭を撫でてくる奴の手なんて払い除けるが、水町は雑そうに見えて優しく僕の頭を撫で付けた。

「・・・特待生は取り消しになっちゃってさ、その時点で他に入れる高校なんてド底辺しかなくて。でも俺の入院中に親が学校と話し合って頑張ってくれたみたいでね。免除される費用はぜんぶ負担することになっちゃったけど、でも学校側もさ、一学期分の授業日数とか点数とか?補習受けて最後にテストしてクリアしたら留年見逃しさせてくれるみたいだし、ありがたいよね。
だから俺は、遅れてる勉強も、今の補習も、これからのぜーんぶ、頑張んなきゃいけないのよ」
「うん・・・」
「まー、大変っちゃ大変だけど、入院してた時はめちゃくちゃ泣いたしゼツボー的だったからねぇ、それ思うと今は結構やる気に満ちてるよ。俺、かなりのポジティブマンだから」

綺麗事や虚勢のつもりはないくらいの眩しい、けれど子供みたいな純粋な笑顔の水町に、息が止まった。

「・・・すごいな・・・。僕は、初めて水町を見たとき、軽薄で馬鹿みたいな奴が来たと思ってしまって・・・申し訳ない」
「いやそれ口に出す必要なかったと思うけど。でも俺も美琴っちのこと女の子みたいって言っちゃったし、ごめんね?」

身長差から身を屈めて僕の顔を見てきた水町が、そのまま自然に唇を寄せてきて、触れた。
思わず涙が引っ込んだ。

「・・・なんだ、今のは」
「えー?仲直りのチュウ?」
「べ、別に喧嘩なんてしてないだろ・・・」
「んじゃあ、これからもよろしくのチュウ」

もう一度チュ、とされてぶわっと一気に体が熱くなった。

「おいっ!」
「さ、帰ろ帰ろ〜!」

僕の手を握ってゆらゆらと揺らす水町が本当に楽しそうに笑うから、僕はもう何も言えなくなってしまった。



「それからキスして手ェ繋いで帰ってんの?毎日?え、付き合ってんの?」
「つき・・・っ、あって、ない・・・」

あれから、僕は好葉の勉強を見てあげるようになった。後頭部に感じる視線も、ただ一生懸命黒板を見ていただけと知れば勘違いして恥ずかしい反面、可愛い奴だとも思えるようになってしまっている。
僕からの近況報告を兼ねて圭介と二人で有馬様に隠れながら昼食を食べていると、圭介は不思議そうに、折れるんじゃないかってくらいに首を傾げた。

「え?え?ダメだよ美琴君、そんな尻軽なことしちゃあ」
「いや、不可抗力というか、別に尻軽なんてこと・・・」
「じゃあ俺とキスできる?」
「やめろ。食事中に気色悪い話をするな」
「ねえ、ひどくない?」
「それに好葉は昨日の総テストで補習が終わったんだ・・・こんなことはもう、終わりだと思うし」

長い補習授業を終え、昨日ついに最終テストまでこぎ着けたのだ。今は職員室に呼び出されていたので、多分その事だ。結果は毎日見ていたのでわかる、きっと大丈夫だろう。すると、僕ももう好葉に協力出来ることもなくなるし、好葉も僕を頼る理由もなくなってしまう。
そう思うと、胸が少しツキンと痛んだ。

「・・・みこ──」
「美琴っち発見ーっ!!」

圭介が僕を呼ぶ途中、好葉の大声が割って入った。

「好葉・・・」
「え、好葉って呼んでんの?」
「みてみてー!テスト全部合格点だった!」

どうやって探しだしたのか、委員会で使用する教室にずかずかと入り込んで見せてきたのは八割はとれているテスト用紙だった。

「すごいじゃないか、やったな」
「でしょでしょ〜!」

ン!と笑顔のまま顔を寄せて何かを待っている──まあ、僕からのキスなんだろうけど、好葉の後ろで茫然としている圭介が視界に映る。
そうだ、圭介がいた。

「ばか。今はしないよ」
「えー?あ、お友達?こんちゃーっす!」
「どうも・・・」
「美琴っち、お友達いたんだね」
「お前まで失礼な奴だな・・・」
「なんだかこの学校の人達全然馴染めなくてさ〜、お友達君、俺とも仲良くしておくれよ〜」
「あ、わかる」

好葉と圭介が握手を交わしているところで、僕は好葉の返却されたテストを見ていた。元から勉強は苦手だと言っていたので、すごい努力をしてきたのを間近でずっと見てきたのだから、この結果はとても誇らしい。
けれど、もう好葉と一緒に過ごすことなんてなくなるんだなと思えば、またも胸が痛くなった。

「君達、付き合ってるの?」

僕の感傷ムードをぶち壊す発言を、圭介が先程の僕同様に好葉へ向けた。

「ちょっと、圭介、やめ──」
「んや、付き合ってはないんだけど、俺はそうなりたいと思ってるよ」

日常会話、世間話、雑談。そんな風にいとも簡単に、軽く、なんの恥ずかしげもなくぺろりと好葉が言った。

「は?はあぁぁあ??」
「だって美琴っちってばこーんなに可愛くて、こーんなに良い子で、こーんなに優しいのに、まだ誰のものにもなってないのって奇跡じゃない?あ〜早く俺のものにしちゃいたい!!」

僕の頭を撫でたり、両手で頬を挟んだり、しまいには正面から堂々と抱き締めてきたりと好葉の行動に頭の中がぐちゃぐちゃのパンク寸前だ。

「な、なにを・・・!!」
「ってゆうかぁ、美琴っちはさ、誰とでもチュウできるの?俺とじゃなくてもできちゃう人なの?」
「ち、違う!そんなことない!」
「俺だけ?俺だからチュウできるの?」
「当たり前だ!ばかっ!」
「は〜〜ん!可愛い〜!!」

ぎゅうぎゅうに抱き締められて首筋に額を擦り付けたりと忙しなかった好葉は、パッと顔を上げると、僕の手を握り、もう片方の手には僕の昼食が入ったランチバックを持って圭介に手を振った。

「じゃあまたね!あ。今度お名前教えてね!」

ピースサインとウインクを決めて、好葉は僕をつれて嬉しそうに走っていく。繋いだ手をちょっとだけ握り返すと、目を細めて愛おしそうに僕を見てきた。






外国の絵画でみる天使のような美しき美琴少年が、ラブコメ漫画の主人公のようである。
過ぎ去った嵐の中、圭介は呟いた。

「こりゃ付き合うな」




おわり



美琴っちにはもう勢いのある人にかっさらってもらいたかったので…。ちな有馬くんと圭介くんはまだ付き合ってないです。
このシリーズの四人と、有馬&水町、圭介&美琴、水町&圭介をおまけで書きたい(いつかね)

小話 118:2019/12/16

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