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※「99」の続編




「蟹江先生のおかげで、あのクラスもすっかり変わりましたなあ」
と、嬉しそうな年配教師に肩を叩かれた蟹江は引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。正直なところ、変わったというよりも、生徒達は蟹江を「敵である教師」ではなく「気の合う兄ちゃん」という認識でいると思っている。次いで「ちょろい・なめても平気」とも思われているだろう。それでもまあ、当初で敵認定よりは大分マシだと思っているので、結果は良しとしよう。
だがしかし。
蟹江にはひとつだけ、どうにも解せないことがある。

「特に聖沢。彼はあのクラスの中で今までは大人しかった生徒でしたが、一番先生になついてますな」

・・・これだ。この聖沢だ。
担当クラスの真のボス、聖沢に蟹江はいたく気に入られていた。おそらく性的に。周りがそこまで気づいているのか知らないが、蟹江と聖沢が話してる時は邪魔をしない・蟹江の言うことは聞く・蟹江の評価が下がる行動はしない等の決まりが裏で徹底されていたのは、つい最近知ったことだ。自分の教師としてのふるまいが彼らを更正に導いたと思っていたので、ちょっと泣けた。


「センセー、クリスマスは一人で何すんの?」
「先生がクリスマスを一人で過ごす前提で話すんじゃないよ。・・・仕事だけど」
「一緒に過ごしてあげるけど?」
「結構です」

明日の冬休み前に配るプリントを、なんやかんやで手伝ってくれる聖沢と放課後の教室で束ねていた。なにせ蟹江のクラスがクラスなので、他の生徒より言い聞かすことがある為に「正しい冬休みの過ごし方」「間違ったSNSの使い方」など、蟹江特製のプリントが多すぎるのだ。

「ああ、冬休み・・・クリスマス・・・カウントダウン・・・正月・・・頼むから騒ぎを起こすなよ〜」
「大丈夫。俺が言い聞かしてる」
「頼れる事がありがたいやら、頼りにして申し訳ないやら・・・」

パチパチとホチキスで紙束をまとめていると、ふいに前方から視線を感じた。机をくっつけて向かい合わせに仕事をしていた聖沢が、頬杖をつきながら蟹江を見ていた。自分の分の作業は終えて、すっかりマスクを外した今の彼の表情は柔らかい。

「どした?」
「ん?──いや?」

意味ありげにニヤリと笑った聖沢にピンときて、蟹江は聖沢の小さな顎に触れた。親指で唇を割り無理矢理口を開かすも、あると思った舌ピアスがない事に少し驚く。なんだ、と安堵の溜め息をはいた。春に発覚した聖沢の舌ピアスに即刻禁止令をだしたものの、ニコニコしながら従いつつも夏休みの間に復活させた前科を聖沢は持っている。冬休み前、てっきりまた同じパターンかと思ったのだ。ないなら良いんだとその手を引っ込めようとするより先に、聖沢にカプリと親指を甘く噛まれた。

「っっ!??」
驚いて素早く引き抜き噛まれた箇所と聖沢を交互にみやる。

「な、なにを、え、なに・・・?」
「いや、急に口に指いれてくるから、そうされたいのかと」

けろりと悪びれずにいう聖沢に、目眩がする。
そうだよ、こういうやつだよ、こいつは。
何度その上っ面に騙され毒牙にかかった。恨みがましく親指をさすりながら聖沢を睨むも、当の本人は反省の色どころか余裕の笑みを浮かべている。

「センセー、指細ぇのな。噛み砕けそう」
「・・・恐ろしいことを言うんじゃないよ・・・」

・・・先生の威厳なんて、あったもんじゃない。



終業式の日は、生徒達は浮き足立っている。
そりゃあお楽しみが控えているのだから無理もない。HRも終わり解散を告げれば、普段はダラダラとしているのにすぐに閑散となる。聖沢の視線を最後まで感じていたが、彼も友人に誘われ教室をあとにした。

(よーし!よーし!後は問題を起こさず良い子でいてくれー!)

願わずにはいられなかった。


──すっかり日も落ちて、職員からの飲みの誘いも下戸と新人ゆえ未処理の雑務が残っていると理由をつけて退散してきた蟹江は冬の寒さに身を縮めていた。

(さぶー!あー、そっか、クリスマスなー・・・。コンビニでチキンの一個くらい・・・は、寂しい奴じゃん。見栄で二個?三個?いやバカかよ)

なんて自嘲しながら、気付けばコンビニ袋を持っていた。チキンは四個だ。侘しい。

「おにーさん!」
「ねねね!ちょっといいですかー?」

今度は勧誘だろうか。
ウォーターサーバーかと立ち止まり振り返れば、大人びて見えるが、蟹江の生徒達と同い年くらいの若者二人が近寄ってきた。勧誘業者ではなさそうだ。

「今日クリスマスなのにさ、俺らってばとっても貧乏なの」
「少ーしカンパしてもらえたりなんかしちゃったりしませんかー?」

お願〜い、というように両手を合わせながらニヤニヤしている二人組に、蟹江は思いきり顔をしかめた。これはカンパじゃなくて、一種の集りだ。
クリスマスの夜に、高校教師が高校生にカツアゲされるなんて、なんてことだ。
(っつーか、こいつら・・・)
蟹江は二人をじっと見据えた。

「え、なにその顔〜」
「もしかして嫌なの?」

二人組から笑みが消え、街灯のあたらない路地の方へ突き飛ばされた。体格的には差がないが、いわゆる陽キャと陰キャ、二対一、強めに出れば金を簡単にとれる算段だったのだろう。現に「うぜーな、さっさと金出せよ」と早くもしびれを切らして蟹江の胸ぐらを掴もうとしたが、その手がすんでのところで第三者によって阻止された。

「なにしてんの」

息を切らした、聖沢だった。
いやそれこっちの台詞、と頭で思っても驚きで言葉にならなかった。聖沢の視線は蟹江に向いているが、掴んだ相手の手をギチギチにひねり上げている。痛いと騒ぐその声で、蟹江はハッと我にかえった。

「こ、こら!暴力はだめだ!」
「はあ?正当防衛だろうが」

と言いつつあっさり手を離し、二人組から蟹江を護るように立ちはだかる聖沢に、男達は一瞬息を飲んだ。

「あ、おま、聖沢・・・!?」
「ドーモ?」

若干顔色が悪くなった二人組に、聖沢は威圧的に見下げて笑みを作る。この男、色んなところで有名らしい。あとで具体的になぜ有名なのか本人から聞き出さねばならないと蟹江は溜め息をつき、それより先に片付ける問題の種を見た。引くに引けないのか、蟹江を除く三人の間にはピリついた空気が漂っている。そしてそんな中、蟹江は閃いた。

「あ、思い出した。君達K高の井東君と馬場君だろ。確か三年だよね。今の時期こんなことしてたら大変だよ。早くおうちに帰んなさい」

その台詞に、三人の目が丸くなって蟹江に集まる。

「はぁっ!?何で知っ──」
「うわっ、ばか!」

一人が焦った様子で蟹江に問い掛けたのを、もう一人の連れが慌てて遮った。今ので二人の身分を肯定したのも同然だ。

「大丈夫。今なら学校にも警察にも言わないから、早く帰んなさい。ね」

にっこりと笑う自分達の正体を知っている男と、その隣で睨みを聞かせる悪名高い聖沢。二人は悪態をつきつつも、結局走り去ってしまった。
ふー、と息をはいたのは聖沢が先だった。

「センセー、何絡まれてんの、ダセエ」
「うるさいな。不可抗力だ。聖沢もこんな時間に何やってんの」
「クラスの連中と集まってて買い出し。で、コンビニでセンセー見かけたけど、一人でチキン4個も買ってるから、不憫をで声かけづらくて───くッ!」
「笑うなよ!!」

よりによって聖沢に見られるとは、なんたる不覚。
赤い顔して怒る教師に聖沢の顔がまたゆるむ。

「そういやセンセ、よくあいつらのこと知ってたな」
「俺はお前らと何かありそうなのは、他校でもチェック入れてんの。可愛い可愛い俺の生徒ですからね」
「ふーん?」

いつまでも薄暗い路地にいるわけにもいかず、表に出ようとした蟹江を聖沢が背後から抱き締めた。うんざりとした顔で振り向く蟹江とは対照的に、聖沢は綺麗な笑みを浮かべている。

「・・・なんだ、この手は。離しなさい」
「俺も可愛い可愛いセンセーが大好きなんだけど、助けてあげたお礼が欲しいなあ」
「はーあ?」
「クリスマスプレゼントでもいいぜ」

お礼、と言いながら人差し指が自身の唇をトントンと指している。なんたる図々しさ。

「ふざ、ける、な!」
「いてっ」
「お礼にはクリぼっちチキンを分けてやるよ」
「すげー嫌なネーミング」

頬をペチンと叩いて、唇には代わりにまだ温かなチキンを押し付ける。不服そうに、けれどむしゃむしゃ食べるのだから、やはり聖沢と言えどまだ高校生だ。

「お前、よく俺についてごちゃごちゃ言うけどな、聖沢も他の生徒も、皆平等に可愛い俺の生徒です!それ以上もそれ以下もなし!」
「へえ?」
「そもそも教師は生徒とお付き合いなんて絶対にしません!」
「じゃあ卒業したら、俺の好きにして良いんだな」

ゴクン、と肉食獣のごとく肉をペロリと平らげて、捕食者のような鋭い眼光を向けられると、蟹江も背中に冷や汗が伝った。
あ。言質をとられたかも。
なんて思ってももう遅い。


「卒業楽しみだなあ?セ・ン・セ?」






おわり



クリスマスリクエストより。ありがとうございました。


小話 115:2019/12/10

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