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※「59」の続編



三年の冬には部活も引退しているが、毎年二学期終業式のイヴの日はクリパと銘打った三年生お疲れ様──もとい、追い出し会が行われるのは部内恒例行事だった。
だからすっかり日の落ちたいつもの場所で草壁が待機しているのは妙に懐かしい気もしたが、俺は声をかける前に足が止まった。
草壁は制服ではなく私服姿で、その隣が自転車ではなく、バイクだったからだ。

「え、バ、バイク?どしたの?」
「一回家帰って取ってきた」
「あ、なるほどねー・・・じゃなくて!草壁免許持ってたの!?」
「夏にな。ん」

フルフェイスのメットを投げ渡されて、バイクの後ろを叩かれれば「乗れ」というのが言わずとも伝わる。どうやら終業式後に俺が部活の連中と騒いでいる間、草壁は早々に帰宅してこれの準備をしていたらしい。え〜、なにこれ聞いてないよ〜なんて予想外の展開に戸惑いつつも、しっかり被って恐る恐る後ろに跨がった。バイクに乗るのなんて初めてだ。今日はリュックで良かったなとか、足はどこにかけるんだとかもたもたしながらようやく最後に草壁の腹に手を回した。服の上からでも腹筋の硬さがよくわかる。三年間帰宅部だった癖に生意気だなぁと、メット越しに額を背中に宛がうと、その背中がピンと伸びた。反動で俺も仰け反る。メットを被った草壁がゆっくり振り向いた。

「・・・は?野々、近すぎじゃね?」
「え?普通じゃない・・・?」
「いや、近いだろ。もうちょい離れろ」
「いやいや、だって落ちそうで怖いじゃん」
「いや、ちょ、待て、腕を回すな、服を握るな」
「え、なに、なんなの」

夜道でフルフェイスメットを被った男二人がやいのやいのしている光景はさぞ異様だろうが、俺とてこの押し問答の意図がわからない。乗れと言うのに近づくなはないだろう。落とすつもりか、何がしたいんだとわぁわぁ言うも、草壁とてなかなか引かない。途中、息苦しくなってメットを一旦外すと、草壁もメットを取った。暑かったのか、前髪を掻き上げた時に額に汗が見えた。いや、色気すごいな。これで同じDKか。そうか。とまじまじと見てたいたら、ふいと顔をそらされた。頬が赤いのはやはり暑かったかとその顔を見れば、視線が変に泳いでいる。
───ははーん。
俺は草壁と付き合いはじめて、中々に洞察力がついたと思う。

「ちょっと。まさか照れてんの?」

言えば、草壁が唇を噛みながらこっちを睨んできた。ほら、ビンゴ。こういう顔の草壁は、言い返したいけど図星をつかれて言い返せない草壁だ。

「まあね、今までにない密着だからね、照れちゃう気持ちもわかるけどさぁ、俺としては初めてバイク乗るから怖いんだよ。そこは解ってよ。草壁もバイク乗せてくれるんならさ、俺を落としたり怖い思いさせたくないでしょ?」

言い聞かせるように目を見てしっかり話すと、口をモゴモゴさせながら、草壁は舌打ちをついてメットを被りなおした。それなら俺も改めてバイクに跨がろうとすると、グローブをはめていた草壁に手を掴まれた。上着のポケットから差し出されたのは手袋で、しっかりそれを握らされる。はめろと言うことか。両手をしっかり防寒して、今度こそ草壁の胴に手を回す。またちょっと体が強張って、出発までに時間がかかって(こいつマジで大丈夫か)と気が気じゃない。心中しに行く気かとは、冗談でも言えなかった。

顔はフルフェイスのメット、体は制服の上からコート、手には草壁が用意してくれていた手袋のおかげでそこまで寒さは感じなかった。
普段通る道を車道で、しかも草壁のバイクの後で通るのは不思議な感じだ。男同士の二人乗りが珍しいのか、歩道側からの視線をやけに感じる。
どうせ顔が見られる訳じゃないし、いいんだけどねと思いつつも反対側に顔を背けていると、大分走ったところで赤信号で停車したところで草壁に声をかけられた。

「おい」
「ん?」
「顔、向こうに向けてろ」

草壁が顎で指した向こうとは歩道側だ。
気付けば結構な場所まで来たものだ。校区から市街地へ抜けて、そこからさらに走った場所は俺らの年代なら買い物好きなお洒落女子しか行かないような場所だ。草壁もこんなところに来るんだろうかとぼんやり歩道の景色を眺めていると、一際明るい場所に出た。
暗い夜空の下、そこだけが異空間の様に輝いている。
それはシーサイドモールのイルミネーションだった。俺は端から流れるように目に焼き付けた。まさに散りばめられた宝石だ。中にはツリーもあって、周りには大勢の人が賑わっていた。そのままモールを突っ切ると、今度は海沿いに出る。顔を歩道側から海に向ければ、外灯や月明かりの反射で波がキラキラと煌めいていた。自然のイルミネーションだ。思わず草壁に回した手に力をこめると僅かにスピードが上がったが、バイクの安定さが落ちることはない。きっと草壁は普通に運転がうまいのだろう。俺は体を草壁に預けて、ただただ夜の海をじっと焼き付けるように眺めてばかりいた。



「・・・どうだった」

どうだった、とはさっきの夜景のことだろう。
海浜公園でバイクから降りた俺達は、自販機のホットコーヒーを飲みながらベンチに座っていた。今ごろ世の恋人たちは暖かな場所で愛を語らっているのだろう。公園には二人のみだ。

「すげー綺麗だった。高校生の分際で味わえるものじゃないね、贅沢だ。女子みたいにきゃあきゃあ言えないけど、結構感動してる。連れてきてくれてありがと、草壁」

それに対して返事はなかったけど、缶を持つ指先がそわそわとしている。それだけで充分草壁の気持ちが伝わってきた。いったいいつからここにつれてこようと考えていたんだろう。俺達は靴箱で待ってる草壁とすっかり駅まで一緒に帰るようになったけど、その時だって今日の話はしてこなかった。
ああ、でも。俺が「明日は久しぶりに部活出るから、一緒に帰れないよ」って言えば「迎えに行く」とは言ってくれたけど。

「ってゆーか手袋も、わざわざ用意してくれたんだね」
「あー、それ、な」
「うん?」
「・・・ク、クリスマス、プレゼント・・・」

ぴゅ、と風が吹いた。
草壁がうつ向いて缶のプルタブを弄っている。
ク、クリスマス、プレゼントだと・・・?

「え!待って待って!俺何も用意してない!あ、さっきのモールに今から──」
「や、野々はそういうのいいから」
「よくないでしょ」
「じゃなくて、その・・・」

言い縋る俺の両肩を掴んでステイさせる草壁は、チラッと赤い顔をして俺をみた。しかしすぐにうつ向くその動作に、俺とてバカじゃないが、パッと離れて身を隠すように自分で自分を抱き締める。

「え、まさか身体で返して的な?」
「バッ!!ちっげーよ!バーカ!!」

赤い顔のまま語気を強める草壁だが、辺りを見渡すと、俺に人差し指を向けてチョイチョイと呼び寄せた。

「なに?本当どうし──」

たの。
は草壁の唇に塞がって発することが出来なかった。

今、草壁と初めてキスを、した。
仕掛けたくせに、草壁は口を片手で覆って、背を向けてしまった。ポカンとしてしまったが、起きた事実に俺の感情もジワジワと高ぶり火がついた。

「・・・草壁、今どんな顔してんの?」
「・・・いや、うぅ」
「え!みたい!顔見せて!」
「はっ!?もうマジうぜぇ!空気読めよ!」

背中に負い被さって顔を覗き込もうとするが、草壁のでかい手がそれを頑なに阻止してくる。

「う、うざいって言われた・・・じゃあ帰りは歩いて帰るよ・・・日付越えそうだなぁ」
「〜〜悪かったって!ちゃんと送るか──」

メソメソした素振りを見せれば、俺にちょろい草壁は根負けしてようやく振り向いた。が、今度は俺から仕掛けてやった。
感情に火がついたと言っただろ。

「──は?」
「俺からしないと、プレゼントの意味なくない?」

勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべて、呆然としている草壁の頬を手袋で挟んでやった。じっと俺を見たまま動けないでいる草壁の手から、缶がゴトンと地面に落ちた。

「メリクリ、草壁。今日はマジでありがとう、って、聞いてる?大丈夫?え、嘘でしょ!?おーい!?」

すっかりキャパオーバーして固まってしまった草壁のせいで、結局帰宅は日付を越えたのだが、これに関して俺は絶対に悪くはないと思う。






おわり



クリスマスリクエストより。ありがとうございました。
野々宮を野々と呼んでるくらいには仲良くなってた。

小話 114:2019/12/08

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