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※「80」の続編




要はイベントというものを舐めていた。
いや、正しくは恋人と過ごすイベント。特別な日である。家族や友達と楽しく騒いで過ごしていた日々とはまるで違う。恋人たちへの街頭インタビューで“クリスマスの過ごし方は?”と聞いたら二人で過ごしますとはよく聞くが、まさにその通りだ。要も恋人と過ごすクリスマスを目前に控えていた。
しかし情けないかな、アラサーに足を踏み入れているというのに、その手順が、内容が、過ごし方がわからずに、一人ぐるぐると悩みまくっているのであった。



「あのさ。一応聞くけど、クリスマスは一緒に過ごす、で、良い・・・んだよな?」

なんとも情けない誘い方ではあるが、要は相変わらず満員電車で顔をしかめている年下の恋人の耳元でそっと尋ねた。途端に恋人──遥馬が一瞬肩をビクつかせた。耳が赤くなっている。彼はどうも、要の声が苦手らしい。良い意味で。慣れて欲しい気持ちがあるものの、これはこれでウブでそそるものがある。しかし朝から妙な気を起こすので、やはりちょっとだけ慣れて欲しいのは贅沢な悩みだろう。

「え?  クリスマス?」

恐る恐る顔をあげた遥馬は案の定顔も赤かった。要にならい、声も少し潜めているのは男二人がクリスマスの過ごし方を決めているのは少し滑稽で怪しいものがあるから仕方がない。

「それって24?  25ですか?」
「あ〜、まあどっちでもいいけど。っつっても平日だから日中は仕事で無理だから、夜にどっかで飯とか」
「あー」

と言ったっきり、遥馬はうつ向いて黙り混んでしまった。
え。クリスマス無理?普通に一緒に過ごすと思ってたけど。
と、揺れる車内で遥馬を守りつつ大人しく返事を待つ要は内心ショックを受けていた。
学生時代やらのモテ期には、彼女らはクリスマス前までには自分と付き合いたがっていたし、恋人がいたとしても「クリスマスどうする?どこいく?なにする?」と自分と一緒にいるのが当然のような振る舞いをみせられたものだ。その都度、適当にイルミネーションを見に行ったり、適当に食事をしたり、適当に見繕ったプレゼントを用意したりと、ほぼほぼ適当にこういうものだろうという感覚で過ごしてきたが、遥馬は違うのだろうか。もしかして家族とか友達とかとの先約があるのだろうか。

降車駅のホームにて、「はぁー」といつものように遥馬が息を整えている間に、要は遥馬の身なりを整える。髪やらマフラーやらを弄られされるがままになっている遥馬は、「あの」とようやく要に声をかけた。

「クリスマス、俺24も25もどっちも空いてるんですけど」
「うん?」
「どっちも、ってダメですか?」

ダメ。
という選択肢がこの世にあると思っているのか逆に問いたい。そういう顔をしてしまったのか、遥馬がビビりながら要に「な、なんていう顔・・・」と戦いた。

「いやぁ?誘ったら無言だったし、無理かなーって思ったからー」
わざとらしく少し不機嫌そうに言えば、
「さすがに図々しいかな、って」
と苦笑された。

「じゃあどっか行きたいとこあったら教えて。連絡して。こっちで抑えるから」
「あ、えっと、その事なんですけど」
「何?どっかあんの?」

身なりを整え話しながら揃って改札を出た後は、毎回小さく手を振ってそれぞれの行路へ向かうのが日課だ。構外に出たところで、ヒュ、と冷たい冬の風が頬にあたる。

「24の日、泊まったらダメですか?出掛けるとかじゃなくて、俺、要さんち行ってみたいです」
「は、」
「俺日中ちゃんと留守番してるから、朝に要さん見送って、夜に出迎えて、二日連続でクリスマスしましょうよ」

二日、を表すように指二本を控え目に立てた遥馬は言うことを言うと、大通りの信号機が青になったタイミングで「じゃあまた明日」と走り去ってしまった。

いやいや。

いやいやいや。

いやいやマジかよオイッ!

遥馬の姿が見えなくなってようやく要は身悶えた。
初めてのクリスマスがお泊まりとかオイッ!
予想外の展開に歯も食い縛る。全身に力をいれないとだらしないことになりそうだ。

(どえらいことになった・・・)

ハズレくじを引かないために、当たり障りのない一般的なデートを、否、過去とは違い入念なる下調べでグレードも雰囲気も三ツ星以上なところを幾つか候補にあげてはいたが、まさかそうなるとは。

え、何をしたらいいの、ナニをしていいの?

これからを予想して頭を抱えた。

(──ハッ!遥馬はまだ未成年だ!いかんいかん!)

酒も飲めない年齢の子に、またも大人の余裕がなくなりそうだ。
もっとこう、スマートに、遥馬に尊敬し憧れ惚れられるような大人になりたいと常々思っているの要は、いまだ遥馬とはキス止まりだ。焦ってダサい結果にはなりたくない。告白だって、本当はもう少し距離をつめて積極的にリードしてからの手筈だったのに、遥馬のおかげでカッコ悪く終わってしまったのは痛恨の極み。それでも落ち着くところには落ち着いたものの、結局また振り回されている。

(やばい)

要は本格的に何をすれば良いのか解らなくなってしまった。



「別に特に何かしなくていいんですけど。あ、ケーキとチキンは食べたいかも」

翌朝の電車内で、情けないと思いつつも「何がしたい?」と、あくまでも遥馬の意見を尊重しているていで質問をすると遥馬はけろりとして言った。
行きたい場所もなければやりたいこともないと言う。ケーキとチキンはデパ地下での予約はまだ受け付け可能だったかと脳内のカレンダーを捲って目星をつけた。

「ケーキって苺の?チョコレート?」
「どっちでも──あ、じゃあせっかくだから薪みたいな、ぐるぐるしてるやつ」
「ああ、ブッシュ・ド・ノエルね。了解。チキンは照り焼き?フライド?丸ごと?」
「丸ごとって何・・・。うーん、照り焼きが好き」
「オッケ」

会社についたらソッコー予約しようと遥馬の好みをインプットする。ついでに他のデリも幾つか見繕っておけばいいだろう。それで食事はなんとかなる。

「俺は?俺は何したらいいですか?」
「は?いいよ、別に」
「でも、家も泊めさせてもらうんだし、うーん」

逆だ、遥馬。俺からしたらよくぞ泊まりに来てくれるんだと歓迎極まりない。
それに当初目論んでいたディナーに比べたらだいぶ安上がりだ。

「まあクリスマスプレゼントはね、期待してて良いですよ」

満員の電車で遥馬を潰さないようにしている要の腕の中で、遥馬はにんまりと笑った。

抱き潰してやろうか、このやろう。




クリスマスイヴの夕暮れ時。
遥馬は自宅からの最寄り駅にて、要を待っていた。既に冬休みに入っている遥馬がいないのなら、要は満員電車に乗る意味はないので通常の車通勤だ。会社帰りの要に指定された時間とコンコースにて泊まりの用意が入ったカバンを斜め掛けに拾われるのを待っていると、遥馬の前に一台の白いセダンが停まった。既に何度か乗ったことのある、要の車だ。

「ごめん、お待たせ」
「お仕事お疲れ様です」

わざわざ車を降りて助手席のドアを開けに来る要は毎度のことだ。遥馬の鞄を後部座席に置くと、そこには既にデパートのロゴが入った袋が幾つか並べてあった。おおよそチキンとごちそうだろう。
助手席には先に、ケーキの箱が鎮座していた。

「悪いけどケーキは心配だから、膝に抱えててくれる?」
「了解です」

シートベルトを締めた遥馬がしっかりと箱を守ると、車はついに出発をする。妙な緊張感が二人の間に漂った。
遥馬がクリスマスの約束を取り付けた日に言ったように、彼はまだ、一度も要の家に行ったことがない。そしてその逆もまた然り。遥馬は友人を誘うように「うち来ます?」と何度か声をかけたことがあるが、その都度やんわりと首を振られる。
「そういうのは、まだちょっと」
と苦笑されるのが定番だ。そう言われてしまうと、逆に要の家に行きたいとも言いづらい。
それは多分、二人の距離感とか、その先とか、まだ未熟な自分に対してそういうのを大事にしてくれているんだろうなと遥馬は嬉しくもあり、寂しさも混ぜつつ感じ取っていた。

しかしそれは違う。

もちろん、要は未成年の遥馬を大事に思っているし、実際そうしようと努めている。だからこそ、二人きりの空間はヤバい。何がヤバいって、理性がだ。また遥馬の前でカッコ悪く余裕のない失態を繰り返したくはない。がっついて嫌われたくない。しかし遥馬からの誘いを断る度に、少しシュンとしてみせる彼を見る度に、要の下心に火をつけてしまう。今まで何台の消防車が鎮火にあたったことだろうか。
そして幸いなことに、遥馬との解釈違いはあるものの、結果として彼を大事にしているという点には相違ない。遥馬が要の下心に気付いていないのは要の努力の賜物だろう。

(いや、でもクリスマスだ)

恋人と二人きりで過ごすことに、もはや拒絶も言い訳もないだろう。この日をもって解禁し、あとは己の理性頼みしかない。

車のバッグミラーで荷物を確認しながら、要は遥馬の方も時おり見やる。
しかとケーキの箱を抱え、楽しそうに前を見ていた。

「鞄でかいね。色々貸すのに」
「いや、そんなわけには」
「じゃあ置いて帰って良いよ」

まばたきを一つして、遥馬が要に視線を向けた。要は前を見ながら運転をしている最中だ。

「いつでも来て良いし、いつでも泊まってって良いよって意味」

ぽけ、と口を開けて固まった遥馬が可笑しくて、くっと小さく笑みが溢れた。

「遥馬、俺の鞄、後ろにあるやつ、とれる?」
「あ、はい」
「ちょっととってさ、中開けてみ」

体を捻って鞄を掴み、ケーキの箱に当たらないよう膝に置く。開けた中には財布に分厚いファイル、書類にアイパッドやらが入っていたが、一つだけ異色のものがある。
深い緑色の小さな包みに、ゴールドのリボン。
これは、と再び視線で問いかけてきた遥馬に、それを取り出すよう促した。出てきたのは鍵だ。革のキーホルダーも付いていて、それはどこかのブランド物のような上質なものだった。

「鍵?」
「クリスマスプレゼント、になるかわかんねぇけど、俺んちの合鍵」
「へっ!?」
「本当は夜に渡そうかと思ってたけど、なんか会話のタイミング的に今かなーって。だーっくそっ!俺ほんと雰囲気つくんの下手だわ!ごめん!」

赤信号で停車した途端、要は髪を掻き乱してハンドルに額をぶつけた。
予想としては、夜に自宅の高層マンションからイヴの夜景を見ながら、なんて思い描いていたのに、今は夕暮れの帰宅ラッシュで車が混雑気味の往来ど真ん中だ。
全くカッコつかなくて、露骨なため息が出てしまった。ぐり、と額をぶつけたまま遥馬の方を見ると、予想に反してマジマジとその鍵を凝視していた。引かれては、いないっぽい。その事だけに安堵して、信号が青に変わったので発進したと同時に遥馬がハッとしたように顔をあげた。

「あ、あー、あの」
「うん?」
「プレゼント、俺も、俺んちの、鍵・・・なんですけど」

段々と尻窄まりになるその声を聞き逃すまでもなく、要はギョッとした。

「はっ!?マジで!マジで言ってんの!?」
「わっ!前見て!」

もはやこちらをガン見一直線する要の肩を叩きながら、安定した運転にほっとしたところで遥馬はうーんと難しそうな顔をして言葉を選んだ。

「いや〜、なんか要さん、年の差っていうか、俺が未成年なの気にしてる節があるから、そんなの気にせずドーゾってゆー・・・。プレゼント被っちゃいましたね」

へへっと照れくさそうに笑う遥馬に、要は心の中で十字をきって神に感謝した。さすがクリスマス。サンキュークリスマス。マーベラスクリスマス。
重ねていうが、要はまだ未成年の遥馬を大事にしているし、遥馬もまだ子供な自分を大事にされているという点には相違ないのだ。ただそこに要の下心とか、理性との戦いだとか、大人のしてのプライドだとかは一切遥馬に知られていない。要の努力の賜物なのだ。

(む、報われたと思っていい・・・んだよな)

にやけそうな口元を拳で押さえ、こほんと咳払いをして要は左手で遥馬の手を握った。

「お前明日の夜も泊まってけよ。つーかクリスマスの夜に帰らせるとかしたくねぇんだけど」

運転の間際、遥馬の目が揺らいだのを見逃さなかった。




おわり



クリスマスリクエストより。ありがとうございました。


小話 113:2019/12/07

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