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男子校だったし、そういうノリが流行ってたし、・・・す、好きだったし、俺は高校最後のバレンタインデーに三苫にチョコレートを渡したんだ。
周りが「友チョコ」「負け犬チョコ」「恋人ごっこチョコ」「お情けチョコ」とか、ワケわからん名目で独り身ヤロー同士で慰めあっていたから、俺も「はい」ってな感じで、軽〜く、ほんと軽〜く。ガチさが伝わらないように。
いや、三苫って兄弟校の女子校に彼女いるって噂だし、普通にイケメンだから俺らみたいに慰めチョコとは違ってバリバリ本気チョコを校門出た瞬間からたくさん貰うだろうけど(現に仲間内からは慰めチョコ対象外扱いだった)けども!もう思い出だし記念だしやらないで後悔するよりやって後悔した方がいいから、俺は意を決したわけなんだけど。

「・・・あ、りがと」

ぽかん、としてた三苫はチョコレートの入った薄い箱を引き攣った笑みを浮かべて鞄にしまいこんだのだった。

「お前、よく三苫にチョコ渡したな〜」
「ありゃあ、ある意味嫌がらせだな。ちょっと引いてたぞ」
「あの笑顔、お前と同類にしてんじゃねぇよ感あったよな〜」

仲間内からツッコミを貰いつつ、俺は気持ちは伝わらなくとも三笘にチョコを渡すと言うミッションを無事クリアしたことにひっそりと安堵した。

さらば、俺の青春──。



しかし驚いたことに、3月14日、ホワイトデー。
卒業したのでわざわざ律儀に三苫は俺の家にやって来た。進学を機に独り暮らしするので、荷造り中にドアを開けた俺はジャージでボサボサ、三苫は春の冷たい風の中、質の良さそうなセーターを着て薄茶色のサラサラヘアーを風になびかせていた。ん、と門扉越しに三苫が小さな包みを手渡してきたのだ。水色の包みに、白いリボンと白い花があしらわれている。

・・・これは、なんだろうか。

ってゆーのが顔が出たらしく、察しの悪い俺に少しムッとした三苫が視線を落としながらぶっきらぼうに言った。

「自惚れなよ。そういう意味だから」
「は」
「桐崎、チョコ渡す時めちゃくちゃ緊張してたじゃん。分かりやす過ぎ」

門を開けるよりも早く受けとれと、再び門扉の上から包みを持った手を伸ばしてきた。押し付けられるように受けとると、じゃあ、と三苫は帰ってしまった。それっきり、本当に今生の別れとなった。
死別したわけではない。全くの音信不通なのだ。いや、音信不通なのだから正確には安否も不明なのだが、たまに集まる高校の同級生からはそんな話は聞かないから無事なのだろう。俺は地元の大学、三苫は都会の医大にそれぞれ進学。連絡先は、高校時代から知らなかった。だって本当に接点なんてクラスメイトってくらいで、友人レベルでもなかったから。

──自惚れなよ。そういう意味だから。
──桐崎、チョコ渡す時めちゃくちゃ緊張してたじゃん。分かりやす過ぎ。

あの日、最後に三笘に会った日の言葉は、正直ちょっと期待した。
だって俺の気持ちをわかった上での、自惚れていいホワイトデーのお返しだなんて、答えはひとつじゃないか。
なのにホワイトデーの包みの中身はイチゴをホワイトチョコレートでコーティングしたお菓子のみで(めちゃくちゃ美味かったけど)、三苫の連絡先やメッセージの類いは見当たらなかった。

(まあ、気持ちはうれしいけど〜ってやつだよな、うん)

それだけでも充分じゃないか。
たまに思い返しては一人納得する俺は、もう酒が飲める年齢だ。年明けには成人式が待っている。三苫は確か、隣の市から電車通学してたから搗ち合うことはないだろう。
──って、結構思い出に未練たらたらな俺は、現在進行形で恋人が作れずにいる。もうじきクリスマスだ。バイト終わりで日が沈んでも、イルミネーションや飾り付けのおかげで賑やかな街並みが他人事のようで物悲しい。

(は〜今夜も鍋だ。一人鍋サイコー!!)

誕生日プレゼントに「一人の桐崎君には重宝する」とジョークなのか体験談なのか、同じ大学の奴から貰った一人鍋は本当に役に立っている。鍋の具は自分の好きなものオンリーでいいし、サイズもいいし、何より楽だ。鍋にぶちこめば勝手に出来上がるし、最近は一人鍋用の出汁も充実している。今日は贅沢にも鶏肉とマロニーのみだ。ゴマだれで食べてや──。

「──聞いてんのかこの馬鹿野郎!」

グイッと後ろから腕を引かれ、罵声も浴びせられた俺は突然のことに鍋から現実に引き戻されて、心臓が跳ねた。え、酔っぱらい?事件?たかり?バクバクの心臓を抱えながら声の主を見てみれば、そこにいたのは、

「み」

三苫だった。
掴まれた腕に更に力を込められて、眉間にシワを寄せてめちゃくちゃ怒っている三苫がいた。
髪の毛も明るくなって、私服もおしゃれで、更に垢抜けたようだが、紛うことなき三苫がいた。前より更にイケメンになっている。

「お前!俺がずっと声かけてんのに素通りしやがって!」
「え」
「なんか上の空って感じだったけど、女のことでも考えてたのかよ。・・・ク、クリスマスだし」

突然現れイルミネーションを背景に言う三苫が幻想的すぎて、理解が追い付かない。これは夢?幻?いや、さっき痛かった、現実だ。俺は鍋のことを考えてましたとは言い出しにくかった。あまりにも明暗の差がありすぎるからだ。

「あ、いや・・・」
「なに?」
「三苫のこと考えてたよ。ほんと、偶然」

嘘じゃない。鍋の前には三苫の事も考えていた。うんうんと頷きながら誤魔化すように笑うと、そうかよ、と三苫はそっぽ向いて黙ってしまった。

「あ、えーっと、久しぶり」
「おう」
「なに、どしたの?ビックリした。住んでるとこ東京だっけ?実家は、ここら辺じゃなかったよね」

地元とはいえ独り暮らし先は実家からも離れた市外だ。だから三苫の実家もここらじゃないはず。まあ買い物するには栄えた方だから、こっちに出てきててもおかしくはない話だけど。

「いや、どうって、お前が、じゃなくて、俺が──ああ、くそっ」

さっきまでの威勢はどうしたのか、テンパりながら話す三苫の様子がおかしい。それに12月の低い気温のせいで、顔は赤くなっている。

「三苫、今から用事あんの?」
「あ?」
「寒いし、なんか訳ありなら俺んち来る?今夜は鍋の予定だし、よかったら」

幸い、俺のアパートは繁華街を通りすぎた学生向けアパートが多い住宅街だ。歩くのも苦じゃない距離なので、近場のカフェとかよりも落ち着くだろう。
三苫はらしくもなく拍子抜けしたみたいな感じのあと、こくんと頷いた。



学生時代に全ッッ然喋らなかった三苫が俺の家にいるのは変な感じだ。
小さい部屋をキョロリと見渡し、床にきちんと座る三苫はこの部屋には不釣り合いで、昔の俺はよくこの男にチョコレートを渡せたもんだと自分自身に感心してしまう。部屋に暖房熱が行き渡った頃にはお湯も沸き、とりあえず暖をとるためにコーヒーをいれたマグカップを差し出すと、三苫は両手で丁寧に受け取った。

「それで、えっと、何だっけ?帰省?」
「それもあるけど」

俺は小さいキッチンに立ちながら、いそいそと小鍋を取り出し晩飯の準備に取りかかる。

「桐崎に会いに来た」

危うく鍋を落とすとこだ。
胸に鍋を抱えて振り返ると、またムスッとした三苫がこっちを見ていた。

「何だよ、わりぃかよ」
「悪くないけど、連絡先知らないのに、今日とかよく会えたね」

平静装いながら鍋に水と白出汁をテキトーに入れて、火にかける。

「お前の友達に連絡とれたから、バイト先と上がりの時間聞いた」
「・・・え、俺の友達に三苫の連絡先知ってる奴とかいないけど?」
「? 辿ればいけるだろ?」

はーーん。それは交遊関係が広い人の言える言葉だ。さも不思議そうに言う三苫に若干苛立つのは仕方がない。

「ん、ちょっと待って。そこまで辿れたんなら俺にも連絡取れたでしょ」
「いや、それは・・・」
と少し言いにくそうに間をあけて、
「お、お前に拒否られたり、女とか出来てたらヤだな、とか、思うじゃん・・・」

と静かにぼやいた。
しまった。テレビをつけておけば良かった。この空気というか、間というか、静けさがめちゃくちゃ気まずい。鍋の中はまだ気泡も生まれていない。
そんな言いぐさを三苫にされては、もしかして、なんてあの日にわずかに抱いた期待がまた芽吹きそうだ。

「あのさ、ホワイトデーの、あれ」
「ああ、うん・・・」
「バレンタインでチョコ貰ったの、マジで嬉しかったんだ」
「え、えっそうなの!?」

大袈裟かもしれないけど驚いた。
だって三苫は卒業までそれについてはなにも触れず、むしろ卒業式の日すら人気者過ぎて満足にサヨナラも言えなかったくらい会話もなかったから。
だからあのホワイトデー事件も衝撃的だったし、真相が謎過ぎて「気持ちはうれしいけどごめんなさい。これはお返し」ってのを伝えに来ただけだと自分を納得させてきたのに。
驚く俺を恨めしそうに睨むが、自分が蒔いた種だという自覚はあるらしく、小さくぼそっと
「悪かったな」
と一言詫びた。

「だから、桐崎からバレンタイン貰ったとき、うわマジかって思って──あ、前も言ったけど、お前分かりやすかったからな、だから、りょ、両想いじゃんって」
「・・・はい」
「・・・意識したら、何か何話せばいいか解んなくなってきて」

なんだそれ、と心の中で相槌をうって、ボコボコと沸きだした出汁の中に具材を適当に投入していく。
ふわ、と温かないい匂いが部屋に広がる。

「・・・ホワイトデーの日、ほんとは番号聞きたかったけど、テンパって、なんかすぐ帰ってしまって・・・」

で、今に至るのか。
バレンタインからホワイトデーまで一ヶ月。今回は約一年半の空白だったな。ってか。

「周りに連絡取れたんなら、今まで、一回くらいは俺に連絡入れられたんじゃないの?こっち来たりとか」
「んー、まあ、そうだけど・・・」

コクリとコーヒーを飲んでから、三苫は天井をぼんやり見ながら小さなため息をついた。

「連絡取ったり会いに行ったりしたらさ、久しぶり、何してんのって話になるじゃん?・・・俺、一年の時は授業とか生活に全然慣れなくて、着いていくのに精一杯だったからこっちのやつらには連絡取ってなかったんだ。そんときは本当に全然ダメで、どうしてるって聞かれたらいっぱいいっぱいとか言うのカッコ悪いし、虚勢はるのも馬鹿らしいし、自分自身そういうのが許せないし。なのに恋愛にうつつ抜かすとか余計ありえないし、中途半端なところで桐崎にあわせる顔がなかったんだよね。・・・まあ、俺のエゴだけど」

鍋敷きと小皿と箸をテーブルに置きにいく。
あいにく卓上コンロの類いは持っていないので、台所で調理した鍋をそのままテレビ前のローテーブルに持っていくしかないのだ。

(恋愛に、うつつ)
三苫の発したワードに、ちょっとどぎまぎしてしまう。
テーブルの上を簡単に片付ける俺に、三苫が「なあ」と声をかけた。

「俺、今でも桐崎の事好きなんだけど」

その言葉を、今度は目を見てハッキリと伝えてきた三苫に、耳まで熱くなる。

「・・・お、俺は、バレンタインのとき、別に付き合いたいとかは考えてなかったんだよ」
「はぁっ!?」
「や、好きではあったけど、チョコを渡したのは、思い出ってか記念ってか、卒業前だし、区切りみたいなもので、だって三苫が俺を好きとかあり得ないし」

そうだ。
これで俺の青春も一旦終わり。春から新しい環境で新しい出会いがあるだろうなんて思ってたのに、結局は一人鍋をつつく毎日だ。

「なのに、ずるいじゃん、ホワイトデーの三苫、インパクト凄すぎて、結局三苫の事忘れらんないし、むしろ逆って言うか・・・」
「桐崎・・・あの、」
「俺もずっと、三苫のこと思ってたよ」

情けないかな、ずるずる引きずりまくってここまで来たのだ。三苫にも不満はあるが、行動を起こした分、年月はかかりまくったが三苫の功労賞は否めないだろう。
苦笑してしまえば、三苫は両手で小さな顔を抑えながら、床に倒れ込んでしまった。

「あぁ・・・来て良かった・・・」

対して俺は、三苫のくぐもった声が聞こえてついには噴き出して笑ってしまった。



「よし、なんかお腹すいたな。食べようか」

どん、とテーブルに鍋を置くと、三苫が思いきり顔をしかめた。

「は?これで完成なわけ?肉とマロニーしかないじゃん!」
「そうだよ。俺の好きなものオンリー、俺スペシャル鍋」
「いや、野菜を食えよ。将来の医者を前に、お前よくもこんな食生活を・・・」
「んもー、じゃあ今度は前もって連絡ちょーだいよ。そしたらちゃんと用意するし」

俺の言葉に一瞬呆けた三苫は、モゴモゴと「おぉ」「うん」「わかった」と同じ意味を呟くと、急にハッとして鞄の中からスマホを取り出した。

「れ、連絡先の交換!」
「そうだった!」



おわり




お久しぶりです、こんにちは。
書くと言うのはやっぱり楽しいですね!今日誕生日なのでよかったらおめでとうください(一年中受け付けてます。笑)



小話 112:2019/11/25

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