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季節は桜が散り始めた頃、日中は温かく、しかし朝晩はまだ冷えるという時期の夜に、寝ていた俊彦は寒気を感じた。
寝ぼけながら布団の中に縮こまる。けれども寒い。隙間風というより、もろな風を感じる。窓は閉めているはずなのにと、眠気よりも寒気が勝った俊彦はうっすらと目を開けた。

クラスメイトの安久間が立っていた。
季節外れの突然の転校生であった安久間は外国人とのハーフらしく、褐色肌と、それとは相対的な色素の薄い白銀の髪の持ち主で、まさにエキゾチックで神秘的。そのわりに愛嬌のある豊かな表情と言動から人気は高く、学校内では影ながらプリンスと呼ばれている。そんな男が、なぜかベッドの上の俊彦を跨ぎ、見下ろすように立っていた。

夢か。

何故なら私生活ではクラスメイトとして以外、必要最低限の関わりはない二人だ。それにどちらかというと、俊彦は安久間の事が上手くは言えないが好きではない部類。だからこんなシチュエーション、夢でしかない。
無言でお互いの顔をじっと見て、そう判断した俊彦はそれならぐっすり寝てやろうと寝返りをうった、が。ドスン。と、衝撃が襲ってきた。

「夢じゃないよ。寝ないでよ」

安久間が俊彦の上に座ってきたのだ。話し掛けるその声と重量感は妙にリアルで、なによりやっぱり寒くて俊彦はハッと目が覚めた。

「あ、安久間!?」
「はぁーい」

人の腰の上でニッコリ笑い指先を振る安久間は、いつもとはどこか違う雰囲気をまとっていた。視界の隅で、ベランダに繋がる大きな窓を遮るはずのカーテンがはためいているのを確認した。全開じゃないか。そりゃ寒い。

「・・・え、なに?なにしてんの?ふほーしんにゅー?どろぼー?」
「頭回ってない?ふふっ、泥棒じゃないんだなあ」

不法侵入については触れなかったなと、俊彦は「このやろ!」っと内心毒づいた。脳は起きているが寝起きで舌が回らないのだ。

「なに、ドッキリ?こわ、マジこわ」

身動ぐが、いかんせん安久間がガッシリと座っているのでどうしようもない。

「ドッキリでもなくてわりとマジな訪問なんだけどね」
「・・・じゃー玄関からピンポン鳴らせよ」
「ドアホンのことピンポンって言うタイプ?かわいーねー」
「どうやって窓の鍵あけた?あいてた?」
「ん?んふふー、内緒」

唇に人差し指を当てて笑う安久間は例えるなら“艶美”だ。ちょっといやらしい漫画で見た例えだが、俊彦がそれがぴったりと納得してしまうほどに、なぜか部屋に現れた安久間は妙にエロい気がする。いつもはクラスの中心で、爽やかで活発な人物なのに。今日の安久間は何かが違う、何だ、何だろう。まるで安久間の姿をした別人のような──。

「ね、本題なんだけどさあ」
「あ、はい」
「僕ね、実はさ」

ぼんやりと思考に耽っていた俊彦に声をかけた安久間は、にぃっと口元だけで笑って見せた。そして内緒話でもするように、俊彦に座ったまま体を倒して耳元で囁いた。

「淫魔なの」

ゾクリとしたのは悪寒か寒気か。俊彦は目を見張って、一瞬体を強張らせた。
身を起こした安久間は俊彦の反応に満足したのか、ペロリと舌舐めずりをすると恍惚そうな表情を見せる。

「んふふ。淫魔って、わかるよね?エッチな悪魔」
「いん、ま・・・?安久間が?」
「そ」

知ってる知識じゃエロい夢を見せる悪魔で、その隙に夢主を殺すとか、精気を吸い取るとか、その程度だが、いかんせん寝起きからの急な情報量に展開がついていかないのだ。上手く状況がのみこめないし、なんならこれはやっぱり夢だろうか。これが淫夢なのだろうか。

「これが夢か現実かなんてね、どうでもいいんだよ」
「えぇ・・・」

そんなことはないと思うけどと、俊彦はげんなりしながら目で訴える。しかし、どういうわけか安久間の手が寝間着代りのスウェットの下に忍び込んできたのだから驚いた。

「ちょっ!」
「淫魔ってのはねぇ、ターゲットの好みの姿になって見た目から楽しませてあげちゃえるんだよね」
「はあ?」
「ってことは、君の真相心理では、この姿の男を好いてるってこと。オーケー?」
「・・・え」

どきん。
俊彦の胸は小さく鳴った。そしてマジマジと人の体を楽しそうにまさぐる安久間を見遣る。この姿って、俺はこの男の姿が実は好みだったってこと?いや、男が好きだってことか?マジか、俺、男が──。
ガシリ。
好き勝手に動く安久間の手が胸元に到達する寸前、俊彦は安久間の腕を捕まえた。

「いや、流されねーぞ」
「む」
「よく考えなくても全然好きじゃないし」
「え?」
「てか安久間のこと、どっちかっつーと苦手──」
「こ、こらー!」

赤い顔で半べそをかきながらポカポカと叩いてくる安久間のせいで、ベッドがギシギシ軋んでうるさい。階下の両親にあらぬ誤解を生んでないだろうか。

「知ってるよ!俊彦が僕のことホントは毛嫌いしてるの!で、でも僕、本当に俊彦の事好きなんだからな!」

ぼわっと、急に安久間の頭から角が、尻から尻尾が出てきた。
(あ、悪魔っぽい)というのが俊彦の率直な感想だ。

「安久間?あ、いや、淫魔か?」
「安久間だよ。淫魔だけど、安久間としても生活してる」
「んんん?」

俊彦が体を起こすと、安久間は退きこそしないが先程とはうって代わり、弱気にべそべそしながら小さな声で話し出した。

「一年前の冬にさ、淫魔としてフラフラしながらターゲット探してたんだよね。そしたらガチ好みの男を、あの、俊彦をね、見掛けてさ。わーラッキーエッチしよーって思ってついてったんだけど」
「え、こわ、きも」
「夢の中でだもん!」
「だとしても無理」

グサッと胸に何かが刺さったのか、安久間は胸をおさえながら話を続けた。

「・・・それでさ。就寝した俊彦の夢に入り込もうと思ったの。そしたら、俊彦の夢ってば本当に健全な男子?ってくらい平和な夢でさ。いつまでたってもクラスメイトと延々と爽やかな汗かいてバスケットボールしてるとか、戦隊ヒーローのレッド役やって怪獣倒したり・・・普段大人しい奴だって夢の中じゃアイドルとヤってたりするもんだよ、この年齢なら」
「うるさいなっ。ド健全じゃないかっ」
「逆に心配しちゃってさ。だからちょっと側で観察してみようかなって」
「心の底から余計なお世話だ・・・」
「・・・擬態化して、同じ学校に転入して、そしたらピュアな俊彦にますます惚れちゃって。・・・だから淫夢として他の奴となんて到底ヤれそうにないし、でもどうにかしないと俺、死んじゃうし」

どうして自分が安久間を好きじゃないか、今ここで理解した俊彦は自分の第六感とやらを褒め称えた。本能的に危険を察知していたのだろう。

「安久間、俺とエッチしないと死んじゃうの?」
「ん〜・・・擬態してる時は人間のご飯食べたらオーケーだけどさぁ、僕の生業って本来そっちだからぁ」
「じゃあ人間の飯腹一杯食えばいい。はい、解散、おやすみなさい」
「あ〜〜!やだやだ!僕とエッチしてよ〜〜!!」
「しーーっ!!」

ヤバめなワードを大声で放つ安久間の口を慌てて両手で塞いだ。ぽーっと自分を見ている安久間に、こいつマジでかとげんなりしてしまう。

「いいか。俺はどっちかっていうと、お付き合いは慎重に始めたい派だ。清楚タイプが好みで、ビッチは好きじゃない。わかった?」

こくこくと頷く安久間は、もう本当に自分に惚れているらしく、瞳の奥をハートにしながら顔を赤くして俊彦の言葉を飲み込んでいる。

「よーし。じゃあ今日はもう帰りなさい」

そっと手を離して、開けっ放しの窓を指差すと、安久間はようやく俊彦の上から降りて、帰るそぶりを見せ始めた。

「うん、わかった。・・・また明日ね」

最後に一瞬の隙をついて唇の端にキスをされて、コイツ!と思う間もなく俊彦は深い眠りについてしまった。




──あれは夢だったのかと疑う翌日。
俊彦は風邪をひいて学校を休んでしまった。原因は窓を開けっ放しにしていた為、夜風を一晩あびたせいだ。
夢?夢?夢?
頭を捻る俊彦の部屋をノックした母親は昨日の騒動なんて知らないようで、けろりとしながら顔を覗かせて言った。


「ねえ、安久間君って子がお見舞いに来てくれたけど、上げて大丈夫?」



おわり

小話 110:2019/06/05

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