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ガチャン、ガッ、バンッ!
施錠がはずされドアが開く。しかし乱暴気味なその物音に振り返れば、スーツも髪もよれまくって目が据わった嵐士が帰宅したかと思うやいなや、

「接客して」

と、缶の酒とつまみが幾つか入ったコンビニ袋を鼻先に突き付けてきた。

「・・・なんだって?」



師走・クリスマス・忘年会・様々なシーズン込み込みのフライデーナイトの街や電車は人が溢れる。学生も社会人も一旦は羽目を外せる時期だ。接客業の俺は土日祝日こそが本領発揮だから関係ないが、嵐士も週休二日は主に土日だ。前から今夜は会社の人と飲んでくると聞いていたから、てっきり日頃の労いも兼ねての年忘れ飲み会かと思いきや、 なぜ彼はこんなに疲れているんだ。ぐったりを通り越して、目の奥にはゆらりと殺意の影のようなもなのが見える、気がする。

「え、接客?いらっしゃいませ〜、何かお探しですか〜?」

とりあえず本職のアパレル業界の枕詞でも言ってみたら、ギロリと思い切り睨まれた。チッと舌打ちをついて俺の横を通りすぎ、ダイニングの椅子に背広を放り投げ、ネクタイを弛めながらこの冬新調したソファーカバーの上に胡座をかいた。どこの殿だよこいつ。とりあえずグラス二つを掴んで、俺もリビングに続いていった。

「違う。それじゃねえ」
「なによ。どれなの、正解は」
「キャバクラみたいなやつ。あれやって」
「・・・はあ〜〜ん?」

俺が顔を歪めて思い切り不可解(ついでに不愉快)だと言わんばかりに声をあげれば、嵐士もそれを不可解だと俺より顔を歪ませ、ついでに睨んできやがった。な、なんて奴だコノヤローと反論するより早く、嵐士はソファーに大の字でくたばった。そしてがなる。

「なぁんで俺が稼いだ金で飲みたくねえ酒飲んで買いたくない女買って挙げ句に満員電車で帰宅って!地獄かよ!くそっ!」
「あ?」

どゆこと?とソファーの隅に腰を下ろせば、起き上がった嵐士が掻い摘まむ。

「だから!今日同期と飲みっつったろ!気のおけねー奴らばっかだからテキトーに飲み食いすんのかと思ったら!幹事のやつが集めた金でキャバ予約しやがったの!」
「おぉ・・・」
「はーっ!くっそ腹立つ!」

と、口汚くぼやくのは、この際もう仕方がない。すべてを許そう。
なんせ嵐士は人混み嫌いのマイカー通勤。だけど今日は確実に酒が入るから愛車はマンションの地下で留守番だ。久々の電車ってだけでもお疲れだろうが、それは満員で、しかも楽しく飲めるはずの飲み会はまさかのキャバクラで、おまけに嵐士はノンケじゃないから、色々ときつかったのだろう。色々と。本当に。

「ま、まあ、独身の男が集まれば、そういう事もあるんじゃない?・・・知らないけど」

俺もキャバクラは未経験だ。集まる友達は安い居酒屋で満足する奴らばかりだし、俺と嵐士が二人で飲むなら尚更そんなところは行くわけがないからだ。
それに嵐士の同期は何度か話で聞いたことがあるけど、確か皆独身組で、嵐士も俺はただの同居人としか話してないから、きっと同じ独身の部類と思われての結果だろう。同期達は悪くはない。だから嵐士もこんな時間まで付き合ってあげたのだ。

「え、えーっと、お兄さんお疲れですね〜」
「ん」

とりあえずスススと寄り添って、下から嵐士を覗き込む。いまだムスッとした顔をしてるけど、ちゃっかり手だけは腰に回された。やらしい手つきだ。

「おさわり禁止でーす」

軽く払って、とりあえず袋からを缶チューハイを取り出した。頭の中はお笑い番組でよく見るコントのキャバクラ再現だ。すでに寝巻きの裏起毛のスウェット姿だが、グラスに注ぎながら当たり障りのない嵐士ご希望の接客に勤める俺はなんて健気な男だろう。

「今日はお友達と盛り上がったんですか〜?」
「うん」
「楽しかったですか〜?」
「うーん」
「ははっ、頑張りましたね〜」
「うん」

何をすればいいのか解らず、頑張った嵐士の頭を撫でる。触れた手のひらに髪を擦り付けてくる嵐士にこっそりキュンとしながら、最後にポンポンと背中を叩いた。

「ま、お兄さん。嫌なことは忘れようよ」

ミックスナッツの袋を開けようと両端を引っ張った。それがなかなか開かなくて、ぐぬぬと力を入れている俺を薄笑いを浮かべた嵐士は頬杖をつきながら黙ってみている。それが妙にプレッシャーで、袋を握る手が手汗で滑る。ハサミはどこだっけ。

「早く灯んとこ帰りたかった・・・」

ハサミに気をとられていた隙に吐かれた言葉に力が抜けて、スポーンと袋が手元から飛んでいった。
何してんのと嵐士がケラケラ笑う。
早く帰りたかったに対し、なぜ?とか、そんなに嫌だった?と聞くのはあまりにも野暮だろう。
酔っているのか、本心からか、その両方か。やたら熱っぽい視線をぶつけてくる嵐士はもう答えを出している。

「三年も一緒に住んで、毎日顔あわしてんのに?」
「関係ねぇよ」
「あら、そーお?」
「そーだよ」

グラスのチューハイを飲み干した嵐士が男くさくニッて笑って、対して俺はふざけながらヘラッと笑った。照れ隠し以外のなんでもない。お互いの間には冒頭のピリピリした空気はもうなくなっている。

「本当は寝るとこだったけど、その前に顔見れてよかった。お疲れ様」

自分のグラスと空いた嵐士のグラスを置き換えると、今度はゆっくり味わうように嵐士は口をつけた。

「・・・悪かった」
「ん?」
「気ぃすんだ」
「そう」

それは良かった。一日のストレスを翌日に持ち越すのは良くないから、俺のつたない接客が役に立ったのなら俺も良かった。それに嵐士が明日休みだろうと、すでに飲んだ帰りだから飲みすぎ防止を含めてグラスを取り上げた。

「じゃあ、今日はここまでね」

キャバクラごっこはもうおしまい。
グラスと空き缶を流しに置いて、忘れていた飛んでいったナッツの袋を拾い上げる。お前の役目はまた今度だ。日の目を見るまで流しの下にしまう。

「灯、明日早いんだろ?」
「ん?ん〜、中番だから、そんなに早くはない」

だからって夜更かしはしたくない。なんせもう寝るとこだったのに嵐士のキャバクラ上書きに付き合ったのだから、もう寝ても許されるだろう。俺が許す。

「そういえば香水の匂いがするからシャワー浴びておいでよ」
「あー・・・」
「ベッドん中あっためとくから」

ふあ、と欠伸をしながら寝室の方に向かう途中、嵐士が勢いよく振り返ったのが視界に入った。見れば、ニヤニヤといやらしい笑い方をしている。嫌な予感しかない。

「ん?誘ってる?」
「違います」
「すぐ上がるから」
「いえいえ。ごゆっくりどうぞ。マジで」

本当に下心無しで言った発言を下手に捉えられ、俺は逃げるように寝室へ逃げたが烏の行水だった嵐士に捕まるのは当然の話だった。
・・・元気そうならなによりだ。



おわり



12月くらいに作ってたお話だからそこら辺のシーズンという体でお願いします。


小話 109:2019/05/11

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