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バスケ部の朝は早い。
夏のインターハイ出場を目標としているので時間が足りない。足りない時間の中で効率よく体を動かし、放課後は朝より濃い内容で更にハードな練習をこなす。毎日毎日毎日。なので体に疲労は蓄積するし、回復に時間を要するのは至極当然の事だ。
よって、バスケ部のエース、天音はよく眠る。
昨年のウィンターカップでは期待を背負い、我が校初のベスト8入りしたのもあって、テストで赤点さえとらなければ良しとするなんて言う教師の暗黙の了解も見受けられるようになった。

大きな体を小さな机に突っ伏して居眠りしている天音の姿は大型犬の様でデカイのに可愛いと、女子の間では評判である。
そしてそんな女子とは実にお喋りが好きで、それがこの場にいない人の事で、恋バナで、好き勝手盛り上がれる材料が揃っていれば、それはもう声量も気分も大きくなってくる。

甲高い笑い声に、眠っていた天音はピクリと身じろいだ。今が何の時間だと腕の隙間から周囲を見渡せば、どうやら昼休みに突入しているようだった。通りで腹も減っているはずだ。しかしまだ眠い。再び突っ伏してうとうとしていると、一際騒がしい女子の会話の中から「二組の白石君」と聞こえたので、天音は耳を彼女らの方へそばだてた。
曰く「私と同じ部活」で「吹奏楽部の子」が「白石君の事が好き」で「最近頑張っている」らしい。しかも「何回か一緒に帰ってる」ようで「ラインもしょっちゅう」の仲だとか。「それって脈あり」で「白石君も満更じゃない」ときた。彼女達は教室にたくさんの生徒がいるにも関わらずキャーキャーと個人情報を溢していく。
しかも終いには「でも白石君ってめっちゃフツメンじゃん」なんて言う。
そこで天音は両手で机を叩き、立ち上がった。教室中の視線が集まった。それは彼女達も例外ではなくビックリした顔を揃えていたが、天音と目が合うとキャピっと可愛い子ぶって「おはよぉ」「よく寝てたね」なんて愛想を振り撒いてくるからたまったもんじゃない。

「人の話は大声でするもんじゃないだろ?そういう話は、特に」

一瞬何を言われたか解らなかった彼女らは顔を見合わせていたが、すぐにハッとして口を閉じたり、口元を手で隠したりと閉口の姿勢を見せた。チラチラと天音の様子を窺っている辺り、話した内容の罪悪感より、天音に嫌われたかどうかを気にしているようだ。
それを見咎めて、天音は教室を出た。途中クラスメイトに「よく言った」とグッジョブを貰い、「どこに行くんだ」と尋ねられた。

「部室。寝たりないけど、ここじゃゆっくり寝てらんねーし」
「飯は?」
「売店寄ってく」
「うぃ。いってらー」

所属は違うが仲のよい運動部連中に手を振って、ポケットの中の小銭を確認しながら階段を降りる。胸の中の苛立ちが隠せなくて思わず舌打ちをついたらすれ違った生徒がギョッとして振り返ったが、天音にとってそんなことはどうでも良かった。

(はぁー?白石君、いいフインキの子いんの?吹部の誰だって?つか、白石君がフツメンとかあいつら節穴かよ。バカじゃん。は〜〜???)

先程の女子達の会話を思い出すと、腹立たしくて仕方がない。購買に寄り適当に昼食を買い部室に向かうも胸のモヤは消えなくて、イラつきながら彼が思い付いた先の答えはひとつだけ。

(断固阻止!!!)

どうやって仲を切り裂いてやろうか、我ながら最低な考えに行き着いたと自負しているが、天音にはそうしなければならない確固たる理由があるのだ。

(白石君に彼女出来るとか、マジ無理!!)

惚れているからだ。それのみである。

白石君とは、かつては新聞部と称して活動していたが、今やネット社会により校内行事や部活動・大会への取材などを主に行い、新聞の代わりに高校のホームページへ記事や動画・写真を掲載する、生徒による生徒の為の宣伝活動を行う広報部に所属しているカメラ担当の生徒である。
当然、バスケ部の練習時にもウィンターカップにも、インタビュアーの側にカメラを構えた白石君は常にいた。まともに話したことはないが、カメラ越しとはいえ熱心に視線を向けられれば、天音がころりと落ちるのは容易い事だった。

(阻止する具体案がねぇ・・・っ!)

頭を使うのは苦手なタイプだ。
頭で考えるよりも先に体が動く天音は、プレー中にも監督に「少しは頭を使え!」と怒られるほどだが、そっちに気を使うと動きがおろそかになる、典型的な野生の勘を働かせるタイプなのだ。
白石君といい感じらしい女子を離れさせようと思ったが、どうやればいいか解らない。露骨に行動して白石君に嫌われては元も子もない。そもそも考える事だけで疲れてきた。自分の馬鹿さ加減にウンザリした天音は気付かなかった。前に人がいた事にぶつかるまでは。

「と、わりぃ──っ!!」
「あ!危ないから!」

ぶつかった相手はまさに白石君で、天音は目を丸くした。白石君は静止を求めるように天音に手のひらを向けて、辺りを見渡している。画鋲が散らばっていた。掲示板には左上だけ留められた用紙が、プラン、と垂れ下がっている。どうやら掲示板に展示物を貼り付けていた最中に、天音にぶつかられたらしい。

「ごめん、避けて通って」
「いや、拾うし」

しゃがんだ白石君に倣って慌てて天音もでかい図体を屈めてしゃがみこむ。チラリと天音を見た白石君が、
「指、気を付けてね」
と言って、せっせと画鋲を拾う姿に目の奥が回った。天音をバスケ部としっての発言か。そうでないとしても、優しいじゃないか、白石君。

「あ!天音せんぱーい!」
「今からお昼ご飯ですか〜?」
「ってゆーか何してるんですか〜??」

ケースにバラバラと拾った画鋲を入れていると、ミニスカートから伸びる白い六本の脚が二人の前に立ち並んだ。見上げて確認しても知らない顔だが、天音は元から塩対応だ、オーディエンスに応える気は更々ない。どっか行ってくれないかな、とめんどくさそうに襟足を掻いた。

「ごめんね、天音君、先約なんだ」

すくっと立ち上がった白石君が、天音の代わりに彼女達に視線を合わせ、断りをいれた。
先約とは?
その場にいた白石君以外全員が、首を傾げた。

「先約ですか?」
「もしかして一緒にお昼ですか?」
と、彼女達はバッジの色から白石君を先輩と確認したらしく、控えめに尋ねる。あわよくば混じりたいという下心が見え見えだ。

「ううん。今から広報の取材なんだ。バスケ部エースの。カッコいい写真撮るから、期待しといて」

そう言われると、女子達はワッと沸いた。
何せ塩対応の天音の画像を公式ルートからゲットできるチャンスなのだ。期待してしまうのも無理はない。

「は〜い!待ってま〜す」
「天音先輩、脱いでね〜」
「阿呆か」

無茶なリクエストを一蹴し、手を振り去っていく彼女達にもちろん手を振り返す事もなく、自分を見上げてきた白石君に、天音はビクッと肩を揺らした。

「取材、よろしく?」

やられた。
いや。助けられたし、予期せぬ二人きりのチャンスだし、やられてはないかもしれないが。

「ここって飲食ダメだから、食べこぼし気を付けて」
と、通された部屋は普段広報部が使っている部屋らしい。天音も取材は受けたことはあるが、それは練習中の体育館だったり、相手はカメラ担当の白石君以外だ。

「天音君の独占取材って、ビックニュースだな〜」

ほくほくとして言うので、白石君が知りたいことなら何だって答えるのにと、天音は奥歯を噛んだ。悲しいことに、白石君は「天音君に質問してほしいってリクエスト、たくさんあるんだよ」とパソコンの画面を見せてくるのだった。


あらかたの質問にも答え終わり、撮影もされ、始業も近いしお開きムードになったので、天音は焦った。この絶好の機会に、何もできていない。

「あ、なあ」
「ん?」
「白石君って、好きな人いんの?」
「いないけど?」

とっさの質問にしては失礼が過ぎる。しかし一番聞きたいことなのだから仕方がない。どこまでも考えるより行動してしまう自分を天音は悔やんだが、パソコンの電源を落としながら、白石君は恥じるでも怒るでもなく、さらりと答えた。
え、いない?

「は、マジで?」
「マジだけど。え、変?」

画面が暗くなり、白石君が天音を見た。
きょとんとしている。

「あ、や、えーっと、じゃあ、女子とメールとかラインとか、したりする?」
「するけど、俺からはしないなー。話すことないし、向こうが疑問系で送ってきた時は返すくらい」

「一緒に帰ったりとかは・・・」
「いや?あ、なんか校門出るタイミングが同じで途中まで一緒とかはあるけど、だからって、別に」

カメラを棚にしまいながら、本当にただの世間話をする程度の白石君の軽さに、天音はぱあっと心が晴れた。
先ほど教室で聞いた女子の話は、全部吹奏楽部の女子が都合よく解釈しているだけじゃないか。全然脈なしザマーミロ!

「んだよ!マジかよ良かったー!!」
「良かった??」
「だって俺白石君好きだし──」

と、まで言って、天音の時は止まった。
白石君も目を丸くして固まっている。
再び自分の軽率さを呪ったが、もう後戻りは出来なかった。

そしてここでチャイムが鳴った。午後の授業が始まる前の予鈴だ。
我に返った二人は慌てて教室から飛び出した。白石君が動揺から覚束無い手付きでガチャガチャと施錠する。

「し、白石君、今のは──」
「今のは、オフレコにしとくね」

唇に人差し指を当てて、真っ赤な顔をした白石君がはにかんだ。

「僕だけのビックニュースだ」

そう言って逃げるように走り去った白石君に、天音は呆然としてしまい、捕まえるのを逃してしまった。

そのビックニュースとは、彼にとって吉報だろうか、凶報だろうか。
しかし最後に見た白石君の表情は、脈があるんじゃないか?
天音はバクバクと高鳴る心音に震えそうになった。

(吹部のやつの気持ちが、よくわかる・・・)

あれでは自分も勘違いしてしまいそうだ。




おわり



勘違いじゃないやつ。


小話 107:2019/02/05

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