105



※「86」の続編




「昨日ね、帰る時グラウンド通ったら、陸部が丁度いてね、廣田君が気を付けて帰れよって言ってくれたの〜」
「私も朝さ、寝癖ついてるよって言われたんだけど、笑顔が百点だったから全然許せた!」
「他の男子だったら?」
「ウルセーダマレコノヤローてなる」
「あははは!あ、じゃあ九条君は?九条君に寝癖ついてるよって言われたら?」
「え〜」

よく聞く話題に自分の名前が上がり、九条は少し反応してしまった。
昼食を屋上で廣田と二人でとったあと、少し昼寝のつもりで横になっていたら午後の授業が始まっている時間に目を覚ましてしまった。廣田は昼食後に所属する陸上部のミーティングに参加するとかで慌ただしくも爽やかに走り去ったので、今頃はきっと真面目に授業を受けている頃だろう。今いる貯水槽の横は影がある為人は来ないが、風避けになるので格好の場所だ。現に騒いでいる(九条の目覚めの原因となった)彼女達は九条の気配に気付いていない。

「ってか九条君、人の寝癖とかに興味なくない?絶対」
「確かに〜〜!」

またもはしゃぎ笑う彼女達の回答は、九条自身も「確かに」と頷けるものだった。
人の寝癖なんか興味ないし、そもそも他人に興味ない。

(でも・・・)

でも、九条はあることを思い出し、誰にも見られないが片手で口元を覆い隠してこっそりと笑ってしまった。
今朝、登校してくつ箱を過ぎたあたりにいた九条の後ろから大きな足音がするな、と思った途端に背中をポンと叩かれた。振り返れば少し息を切らした廣田が「おはよ」とニコニコしながら九条に触れたであろう手を振っていたのだ。

「真樹ちゃん、おはよ」
「前に九条見えたからさ、走っちゃったよ」

何でもないように廣田は言うが、九条の心臓にはトスッと矢が刺さった。自分が見えたから、わざわざ走って挨拶をしてくれたのか。好き。制服にリュックを背負っている為、動きにくかったようで普段なら何ともない距離かもしれないが、廣田はいまだ少し息苦しそうだし、髪の毛も乱れている。愛しい。

「真樹ちゃん、髪の毛すごいことなってるよ」
「え、寝癖かな」
「寝癖と向かい風と走ったから、かな?」

九条が指摘するとすぐにパッと手で押さえたが、なんの意味もなかった。歩きながら教室に向かい、途中のトイレで九条は手持ちのワックスで廣田の髪の根元から毛を立ち上がらせるようにワシワシと撫で付けてやった。ドライヤーがないならの応急処置だが、「おおお」と鏡の廣田はやたらと感動していたので良かったのだろう。

「ありがと、九条。でも多分、放課後の部活で元通りになるかも」
「そしたらまたしてあげる」

すなわち、帰りも一緒にいると、一緒に帰ろうという意味だ。それを理解して、廣田もまんざらでもないように頷いた。
教室へ向かいながら、ふと、九条は足元を見た。先程から気になる、ペタペタと聞こえた音の正体は、廣田が踵を踏んだ上履きだった。

「真樹ちゃんが上靴踏んでるの、珍しいね」
「あー、ほら、九条に追い付こうって急いでたから」

指先を引っ掻けて履きなおす廣田は自分の気持ちを隠すことなく言うくせに、少しの照れ笑いで見せた頬の赤さは、もう走り込んだ息苦しさからではないと九条でもわかる。

(・・・好きっ!)

ついには両手で顔を覆い隠した九条は、今朝のことを幸せに思い返していた。
彼女達の話を聞くに、自分の髪を弄ったから人の髪にも得意気に指摘できたのだろう。得意気な笑みで言ったであろう廣田を想像するだけで、九条は屋上の寒さなんて気にもならなかった。



それにしても、と急に九条は冷静になる。

「ね、もうすぐバレンタインじゃん」
「だね。渡す?渡しちゃう?」
「一緒に渡そ?廣田君、貰ってくれはすると思うんだ」
「あ!じゃあ手作りしちゃう?そして一緒に渡そ!」
「わあ!いいね、それ!」

キャッキャとはしゃぐ彼女達に、今度は同意もできなければ嫌悪すら抱く。相変わらず、良くも悪くも廣田は天然人たらしなので男女問わずに人気継続中だ。周囲には秘密の関係だから仕方がないが、それでも人の男にイベントにあやかって近づくんじゃねぇよと内心悪態をつく。

(人の、っていうか、俺の、真樹ちゃん・・・、っ!)

自分で言って、九条はまたも一人で悶え震えた。

(あー、だめだ)

付き合えるようになってから、どうも独占欲が酷くなっている。
廣田の人を寄せ付ける性格と笑顔に自分も惹かれたのだが、その廣田が選んでくれたのも、夢のようだがこれまた自分である。そうして恋仲になれたのだから、他の人の輪や話の中心に廣田がいると、九条はどうもイライラしてしまう。

(前はこんなんじゃなかったのに)

人や物への執着はめんどくさい。自分に向けられる好意もめんどくさい。そう思っていたのに。

(こんなの、真樹ちゃんに知られたら嫌だなあ)




最後の授業には顔を出し、そのまま空調がきいた放課後の教室で、九条は廣田の部活が終わるのを待つことにした。屋上から眺めていても良かったが、さすがに寒い。
携帯でエンタメニュースを見たりゲームをしたりとしていたが、なかなか時間は潰れない。ついには机に突っ伏して、惰眠を貪ろうと背中を丸めた時だった。教室の扉が開く音に、クラスメイトだろう女子の声がした。

「わ!九条君いた!」
「しっ!寝てるんじゃない?プリント早く探しちゃいなよ」
「うん」

顔も名前も思いあたらないが、どうやらクラスメイトの女子が何かのプリントを取りに教室に戻ってきたらしい。一人だったのにと思ったが、向こうは自分が寝ていると思っているようなので、このまま寝たフリをしていれば話しかけられたりもせず、勝手に去っていくだろう、そう思って九条は身動きせずに静かに目を閉じたままその時を待つことにした。。

「あ、あったー。机の中かと思いきや、まさかのロッカー」
「もう、机もロッカーも汚なすぎ」

一応九条に気を使っているらしく、彼女達の話し声は細やかなものだが元から静かな教室なので内容はばっちり聞こえる。見つけたなら早く帰ればいいのに、なんて九条が毒づいてることにも気付いてやしない。

「は〜、九条君、後頭部もイケメン」
「ちょ、意味わかんないから」
「後ろ姿から伝わるイケメンってゆーの?もうちょっと見てたい」
「変態かよ」
「だって九条君、普段まじまじと見る機会ないし。・・・バレンタイン、マジで頑張ろうかなぁ」

会話の不穏さに、げぇっと心の中で舌を出した。
人気は気軽さで廣田に流れがちだが、九条の隠れファンもいまだに健在するのだ。そういうのは煩わしいのは本当にやめて欲しい。廣田の件含め、バレンタイン、世界規模で廃止してくれないかと願うのは、余程のモテ男かその反対だろう。
九条の恨み辛みが大台にのったところで、突如ガラリと教室の扉が開いた。第三者の登場に、またも九条はうんざりしてしまう。

「あれ、廣田君だ〜やっほ〜」
「部活終わったん?おつ〜」

ピク、と一瞬九条の体が反応した。
もう部活の終わる時間だったかと確かめたいが、寝たフリをきめていた手前、女子達がいるなら起きづらい。待てを命じられた犬のように、九条はソワソワとした気持ちがおさえきれずにもどかしさを伏せたまま抱えてしまった。

「おつー。何してんの?」
と、軽く話に乗ったのは、確かに待ち焦がれた廣田の声だ。

「忘れ物取りに来たの〜。でももう見つかったから、帰るとこ」
「そっか。暗くなってるから、早く帰りな?」
「えへへ、はーい」

廣田にむけて、先程より少し可愛い子ぶってる話し方に反吐が出る。
真樹ちゃん、そんなのと話さなくていいから。

「廣田君は?クラス隣じゃん?どうしたの?」

いや帰んなよ!真樹ちゃんの言うこと聞きなよ!
九条の念もむなしく、女子達は話せないイケメンから話せるお手頃に思考をチェンジしたらしい。自分だって早く廣田と帰りたいのにと、長丁場になりそうな予感がして、九条は小さく溜め息を吐いたが聞こえないだろう。

「ああ、うん。九条、迎えにきたんだ」

しかし廣田は九条の予想に反して平然として言ったので、正直驚いた。てっきり、濁したりするかと思ったのに。そしてそれは彼女達も同じらしく、少し戸惑いがちな声がする。

「え?二人ってお友達?超意外なんですけど」
「いや、廣田君だれとでもお友達になれるから意外でもないけどね」
「ってか廣田君、髪ボサボサ〜可愛い〜」
「走って九条君迎えに来たの?」

廣田をからかっているらしい女子二人に苛立ちながらも、またも廣田が自分の為に髪を乱してまで来てくれたのかと思えば、今朝同様に愛しさが募っていく。早く体を起こしてその姿を見たいのに。

「あ、いい!触らないで!」

突然、廣田が大きな声を出した。
何だ?何を?と九条が模索するが、伏せたままでは解らない。なぜか彼女達の声もしない。

「だって髪とか汗かいたから恥ずいし、汚いよ?」

次いで聞こえた声は、いつも通りの優しい廣田の声だった。
どうやら乱れた髪を女子が触ろうとしたらしく、それを拒絶したのだろう。優しすぎるよ真樹ちゃん、そんな必要ないのにと、九条はまたも少しの苛立ちを生んでしまった。
そしてそれを聞いた女子達もほっとしたらしく、再びおしゃべりが聞こえてくる。

「え〜全然気にしないでいいのに〜」
「いや、女の子なんだから気にしなよ。てか本当暗いけど、大丈夫?」
「あ!ラッシュと被る!」
「急げばまだギリセーフ!急ご!」
「バイバイ廣田君!」
「また明日ね!」
「気を付けろよ〜」

はーい、と言う声と足音が小さくなり離れていくと、カラカラと控えめに扉を閉める音がした。第三者はもういない。九条と廣田の二人だけである。

「くじょー」

なんだその気の抜けた可愛い話し方は。
ゆさゆさと無遠慮に左右前後に揺すられて、怒るどころかすっかり毒気が抜かれて笑えてしまう。

「寝てる?起きてるよね?起きてよ」
「起きてる・・・」
「やっぱり」

体を起こすと屈託なく笑われて、狸寝入りがバレていたこともあり、九条も照れくさく笑って返した。

「ほんと、髪ボサボサだね」
「あー、急いで着替えてきたし。そんなに?」

腕を伸ばして髪に触れると、先程の拒絶の言葉を思い出す。彼女達とは違い、自分は拒絶されない事への優越感と高揚感。それに、そのまま髪から頬へするりと手を持っていけば、猫のように頬を擦り付けてくる。こんな“廣田君”を、皆は知らないのだ。

「九条、あの子達からバレンタイン貰うの?」

親指で廣田の頬をなぞっていた動きが止まった。

「バレンタイン?」
「嫌な話聞いちゃったから、割って入っちゃったよ」

ああ、確かにそういうタイミングだったなと思い出す。彼女達の話が何であったかなんて九条にはどうでもいい事なのですっかり忘れていたが、それよりもそれが嫌な話とはどういう意味だろうか。

「九条は俺のなのにさ、そういうので盛り上がってんの聞いちゃうと、ねえ?って、九条?どした?」

撃沈。
再び机に沈んだ九条を廣田が揺するが、今度はダメージが大きかった。今朝は小さく矢を射たれたが、今はバズーカを撃たれた気分だ。
そういう嫉妬は自分だけで、廣田はしないと思っていたから余計にダメージがでかい。嬉しさに心臓が止まりそうだ。

「・・・俺は貰わないよ。真樹ちゃんも、出来ればそうして?」
「俺ぇ?俺なんてどうせ義理とか友チョコとか、そんなんだよ。九条絶対にド本命渡されるよ」
「真樹ちゃん、そういうとこだよ・・・」

そういう自分の事には無頓着で打算的じゃないところ、好きだけどもうちょっと自覚して欲しいなあ。
なんて苦笑いする九条に首を傾げる廣田だから、きっと伝わってはいないのだろう。だけど、それでいいとも九条はおもう。それが廣田の良いところだ。

(それに真樹ちゃんも同じこと考えてくれてるなら、充分嬉しい)

屋上からひっそりと見ていただけだったのに、今はこうしてヤキモチすらやいてくれるのだ。もう自分一人が悩む事はない。

「・・・帰ろっか、真樹ちゃん。部活お疲れ様」
「うん、待っててくれてありがと」

きっとバレンタインデーは、廣田に色んな気持ちがこもったたくさんのチョコレートが贈られるだろう。しかし廣田がその真意に気付かなければ、あるいは気付いたとしても彼の気持ちが自分に向けられているのなら、少しは独占欲の中に余裕と言う名の隙間も生まれる。

(人間らしくなったなぁ・・・)

それはそれで忙しないが、悪くもないと、隣を歩く廣田の髪を撫でながら、九条は廣田が好きな笑顔を浮かべた。



おわり

小話 105:2019/01/27

小話一覧


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -