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兄の英樹がハタチの誕生日を迎えた日の夜に、父親と母親がいやに真面目な顔をして
「大切な話があるんだが」
と言った。
英樹の誕生日ケーキも豪華な晩御飯も食べ終わり、食後のコーヒーを飲みながら談笑していた最中だ。急に空気がピリついたのを肌で感じたのは英樹も同じだろう。柔らかい笑みを引っ込めた整った顔で両親に向き直るので、俺もマグをテーブルに置いて、隣り合って座る両親へ体を向けた。

「英樹が成人を迎えて、大人になったのを機に、言おうと思う」
と、難しい顔をする父に、
「うん」
と、畏まった顔をした英樹は頷いた。俺もついでに無言で頷いといた。

「英樹は、父さんと母さんの・・・実の子ではないんだ」

・・・頭の中、ハテナマークが乱舞した。

聞けば、両親は長い年月不妊で悩み、治療も重ね、年齢も考慮した末に、申請が通り生後間もない英樹を養子に貰ったらしい。それはそれは勿論愛情をもって育てたし、可愛くてたまらない英樹は血の繋がりはなくとももう二人の子だと大切にしてきたと。そんな幸せに満ちた環境が母の心と体に良い影響を与えたのか、二年後に俺を妊娠。つまり、俺は正真正銘二人の子だけど、英樹だけは違うと言うことだ。
ちなみに英樹の本当の両親は他界していて、施設で保護されていたところを迎え入れたらしい。
寝耳に水とはまさにこの事で、俺はぽかんと口を開けてただただ状況を飲み込むのに精一杯だったが、隣の英樹は真っ直ぐに両親を見据え、話を聞き終わると口元に柔らかく、優しい笑みを浮かべていた。

「俺を育ててくれて、ありがとうございました」

頭を下げると、茶色い髪がサラリと揺れ落ちた。

「血の繋がりは無いけど、これからも俺は父さんと母さんは本当の両親だと思っているよ」

晴れやかに笑う英樹に、母は涙を流し、父は肩を震わせて一言だけ低く小さく「あぁ」と呟いた。

バースデーパーリィーうぇーい!!
な雰囲気とは打って変わって、やけにしんみりとしたまま、でも妙にあったかい雰囲気で、英樹のハタチの誕生日は終わりを告げた。
日付を跨いで就寝前にベッドの中で、俺は色々考えた。色々って言っても(まぁ、だからって何もかわりないよなぁ)(血なんて目に見えないし)(兄貴は兄貴にかわりないし)ってくらいで、もうひとつ、だから英樹はイケメンなんだなって納得した位だった。あの平凡な両親からあのイケメンがなぜ生まれるのか、なぜ俺はそっちを色濃く引き継いだのだと、バレンタインに破格のモテ方を披露した英樹を羨んだものだが、そうかそうか、それなら俺が平凡なのも納得だ。
はー、やれやれ。さあもう寝ようと目を閉じたところで、小さく部屋の扉をノックされた。ちょっとビビった。

「征樹、起きてる?」
「! おー」

英樹だ。
控えめに扉を開けて、間から入っていいかと尋ねる英樹に俺は涅槃像のように横になってヒラヒラと手を降った。

「寝るところにごめんね」
「いんや、全然」
「・・・なんかさ、」

なんか、と言って英樹は苦笑してから、ゆっくりと近付きベッドの縁に腰を下ろした。ギシッと軋む音がやけに響く程、静かな夜だ。

「なんか今日は、一人で寝たくないなって」
「ふーん?」

つい、ニマ、と笑ってしまった。
英樹が珍しく、本当に珍しく俺に甘えてきたからだ。英樹のことは嫌いじゃないが、容姿は勿論、勉強もスポーツも万全な英樹に劣等感を抱いていたのも確かな事実だ。だが容姿はどうしようもないから置いといて、せめて勉強とスポーツはと精一杯ついていった俺を一番に誉めてくれたのも、いつも英樹だった。(・・・ついでに俺を可愛いといらない慰めも英樹はくれた。)そんな英樹が今夜は俺を頼りにしてきたのだから、心が弾むのを感じないはずがない。
それに、俺は件の話の当事者ではないからどこか他人事だったかもしれないが、本人にとっては中々に衝撃的な話(なんてったって自分だけ血の繋がりがなくて、実の両親は他界しているの)を聞かされて、英樹も心細いのかもしれない。いや、心細いに決まっている。

「枕いるなら持ってきたら?」
「いや、大丈夫」

壁側にずれると、英樹もその横に入り込んだ。
二人並んで寝るのは、小学校低学年以来だろうか。照れくさくてヒヒッと笑えば、英樹もフッと、少し安堵したように笑った。
お互いに無言で天井に向いているが、起きている気配はある。何か話した方がいいのかな、なんていっちょ前に気を使おうとしたら、「征樹は、」と英樹が先に話し出した。

「今日の話を聞いて、どう思った?俺が征樹の、本当の、家族じゃないって聞いて」

少し固く感じる声からは、緊張を感じた。
顔を横に向ければいつからか、英樹はずっと俺を見ていたようで、暗い部屋に目が慣れた中、間近に視線が交わった。

「・・・別に、どうも。血とか戸籍とか関係ないってか、俺が生まれてからずっと一緒にいるから、英樹はこれからも俺の兄貴だし。あの話を聞いて、じゃあ今から英樹は他人って、そっちのが変じゃね?って感じ」

嘘じゃない。だって英樹はずっと俺のたった一人の兄貴で、家族で、それはこれからも変わらないはずだ。

「そっかぁ」

だと言うのに、英樹の声音は低かった。
俺の慰め(たつもりのない本音)は、心に響かなかったらしい。語彙力不足で申し訳ない。

「俺はあの話を聞いて、嬉しかったよ」
「へー・・・、え!?」

つられて気落ちしていたが、今の発言に心底ビビった。
え、嬉しかった?実の家族じゃなくて?いやでもさっき父さんと母さんには本当の両親だって──ああ!出来損ないの俺が本当の弟じゃなくて安心した的な!?そっち!?あ〜そっち!?

「征樹と本当の家族じゃないって、血が違うって、嬉しかった」

ゆっくりと、しみじみ言う英樹の雰囲気は柔らかいけれど、俺の心臓はバクバクだった。

「な、なん、なんで?」

なんて聞くのは野暮だろうが、もしかしたら何か別の意味が、英樹との家族としての一握の望みがあるんじゃないかと、噛み噛みで尋ねる。笑ったつもりの顔は、泣きそうかもしれない。

「好きだから」

そして英樹は言った。

「征樹のことが、好きだから」

肘をついて手のひらを枕にこっちに体を向ける英樹は、にっこりなんて爽やかな笑顔ではなく、にやりと怪しくも美しいなんて形容詞が似合う笑顔で喜んでいいはずの発言を吐いたのに、話が噛み合っていない奇怪さに思わず背筋がぞっとした。

「小さい時からずっとずっと、本当に欲しい誕生日プレゼントは言えなくて・・・だから今日、征樹と血が繋がってないって聞いたとき、ちょっと笑っちゃったよね。こんな嬉しいサプライズプレゼントはないって。だって家族なら倫理や法律が邪魔をするけど、戸籍が問題なら抜かせてもらえればいいだけなんだから」
「ちょ、ちょっと待て、何の話?戸籍抜くって何」
「結婚」
「け!?」
「男同士なんてそんなの海外にでもいけばどうにでもなるし。征樹も俺のこと好きだろ?」
「す、き、だけど、それは」
「ほら、俺達両想いだね」

片方の手で俺の頬をするりと撫でた。
あれ、今これ何の話?何なのこの雰囲気は。何なのは状況は──は!今二人でベッドイン、しかも俺が壁際!

「正直ずっと、この血の繋がりが邪魔だったんだよ。でも同じ戸籍で同じ姓を名乗って同じ屋根の下で暮らせてるから、これ以上の高望みはダメなんだって、何度自分を言い聞かせたか・・・。俺に近付きたいが為に征樹に告ってくる子とかいただろ?あれは本当に鬱陶しかったなぁ。俺にもだけど、征樹と付き合えるとか簡単に思える辺り、身の程を知れよって感じだよね。ああ、でも、今こうして、俺の願いは条件を揃えて今目の前に並んでいるんだ・・・最高の誕生日だよ」

ん?聞き逃しそうになったけど何だって?あれ俺のモテ期じゃなかったの?え、英樹とお近づきになる為に利用されてたの!?なんか「俺よりも兄貴のがつり合うのに」って思っちゃうくらいキレカワ女子達に一時告られた時期があったけど──ああ、あれ全部英樹が中三・高三、俺が中一・高一の在学が被ってた時じゃねえか。今気づいたわ。まあ、おっかなびっくり過ぎて全部お断りしたんだけど。(ヘタレではない。決して。)

「あ、あぁ、そうだったの・・・」

数年越しの知りたくなかった事実に、俺は枕に突っ伏して項垂れた。
のが、間違いだった。敵に背を向けるのは実に浅はかな行為だと思い知るのは、英樹がベッドを鳴らし、俺に覆い被さってきたからだ。

「うん、そう。ずっと征樹が欲しかった」

耳元で囁かれて、慌てて顔だけ振り返る。
暗い部屋でそう言った英樹の顔はよく見えなかったけど、今の状況がおかしな方向に向かっている事だけは確実に解る。

「待て待て待て、怖い怖い怖い」
「怖い?大丈夫、何も怖くないよ」
「英樹がこえーんだって!」
「しー。両親が起きちゃうよ。それともこういう姿、見せつけちゃう?」

見せつけちゃうわけねぇだろ馬鹿野郎!
半泣きでキッと睨み付けた効果はあったのか、英樹は小さくクスクス笑いながら簡単に退いてくれた。そして元通り俺の横に寝そべったが、どうか自室に帰ってくれないか。

「ふふ、まだ何もしないよ。まずは俺が就職して一人暮らし、征樹は無事高校卒業して、それから、ね?」

まだって何。それからって何。
すっかり俺の知らない兄貴になった男は楽しそうに俺の体を寝かし付けるようにポンポンたたく。それはまだ小さい頃、まだ子供部屋が一緒くただった頃にしてもらったのと何ら変わりない動きだった。俺の知らない英樹のくせに、そんなことやめてくれ。

「こんな日が来るなら、お兄ちゃんって呼んでもらうのも悪くなかったかもね」

英樹を名前呼びするようになったのは小学生半ば頃、英樹たっての願いだった。
「お兄ちゃんは嫌だ。名前で呼んでよ」
昔は外でお兄ちゃんなんて呼ばれるのが嫌なのかな、恥ずかしいのかな、くらいしか思わなかったけど、今なら解る。

(マジか、英樹。あの頃から・・・)

平和で良好だと思っていた兄弟仲は、実は随分と前から歪みが生じていて、英樹の衝撃的な誕生日を機についには俺をも巻き込んで、日常に区切りをつけてしまった。


「ああ、本当に、幸せだな」

それは実にうっとりとした、英樹の本音だった。



おわり



弟がお兄ちゃんのこと名前呼びするの可愛いくて好き。

小話 104:2019/01/25

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