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目が合う時は、お互いがにらみ合う時だった。
次いで出るのは舌打ち、溜息、悪態。
すれ違い様に肩でもぶつかろうものなら、一触即発、いつどちらが先に噛みつくかの瀬戸際だ。

理由はない。気付けばお互いがお互いを嫌っていた。同族嫌悪というやつかもしれないが、とにかく相手が気にくわなかった。

「・・・ついにこの日が来た・・・」

翔馬は呟き、ほくそ笑んだ。
手には一通の手紙が握り込まれた為クシャクシャになっているが、差出人は因縁の相手──常和である。今時連絡手段が手紙で、渡してきたのは常和の舎弟だったが、お互いの連絡先なんて知る由もないので当然のことである。震えているのは武者震いだ。手紙の内容は「放課後、屋上で待つ」のみときたが、充分だ。何せ翔馬もこの日を待ち望んでいたのだ。

「果たし状・・・っ!」

会話もなく、近寄りもせず、しかし目障りな常和とついにタイマンを張るときが来たのだ。常和からの呼び出しがなければ、翔馬からきっかけを作るところだった。気が合うのか、こんなところまで相性が良すぎて吐き気がする。

「フッ!やってやる!」

水面下でいがみ合っている関係に決着をつける時が来たのだ。
手中の手紙はグシャリと音を立て、ついにただのゴミへと成り下がった。



「よお」

屋上の扉を勢いよく開けると、果たしてそこには常和はいた。
血気盛んな自分より、柵に背を預け、随分と落ち着いた様子なのが気に食わないが、この機会をくれたことには感謝する。翔馬が閉じられた扉の前から次の行動を読んでいると、先に常和が身を起こした。迷いなく自分に向かってくる常和に対し、翔馬は瞬時に身構える。手か足か、先に出るのはどっちだと警戒するが、あからさまに戦闘態勢に入るのはビビってるみたいでダサい。余裕を見せるように腕を組んで常和を待つと、相手もすんでのところまでの距離をとる。

「いい加減、けりをつけようと思ってな」
背の高い常和が見下すように言うと、
「あぁ、俺もそう思ってたよ」
と翔馬も睨み上げながら同意した。

「翔馬」

ガンッ!と向かってくるはずの拳は翔馬の後ろの扉を叩き、突き迫られてずいと二人の距離が一気に縮まった。鼻先でも付きそうな超至近距離だが、視線をそらしたら負けである。強気に笑みを浮かべた翔馬に、常和も不敵に笑った。
片腕だけだが逃げ道を常和に閉ざされた形になった翔馬は、顎に一発くれてやろうかと右手に強く力を込めた、時だった。

「付き合おう」

時が止まった。

「・・・あ?」

しかめっ面のまま間抜けに聞き返してしまったのは、聞こえなかったからではない。理解できなかったからだ。

(つ?つき、つきあう?突きあう?拳を?喧嘩、だろ?え?喧嘩であってる?よな?喧嘩だよな、これは)

一瞬弛んだ力を再び込めようと握った拳を、常和の翔馬より大きく堅い手がそっと優しく包み込む。

「翔馬もそう思ってくれてたんだな、嬉しいよ」

翔馬は開いた口が塞がらなかった。
常和が初めて笑顔を見せたからだ。
なんだその、背景に花でも飛ばしてるような笑顔は。お前いつもめちゃくちゃガン飛ばしてくるだろうが。つか、なんだこれは。新手の嫌がらせか。ドッキリか。ネタバレはまだか。ドッキリであってくれ。
手を握られたまま思考がグルグルと駆け回るが、言葉になって出てこない。武者震いとは違う意味で体が震えた。

「あー。俺、マジで目が悪ぃから、いつも目ぇ細めて翔馬の事見てたのが変に誤解されてねぇか心配だったんだ」
「め?」
「ダチが翔馬もこっち見てるって言ってたけど、嘘つけコノヤローとか思ってたし」
「は?」
「前に廊下で肩ぶつかった時、マジで手が出そうだった」

常和は頬を染めて苦笑しているが、いやいや、何を言っているんだ。全ての辻褄があった上で、この場合の「手が出る」とは「暴力的になる」の意味ではなく、「性的な関係をもつ」の方だと理解する。バカだろ。お前もお前の取り巻きもバカだろう。鳥肌がたった。もう負けでいい。負けでいいから今すぐ手を離して帰らせてくれと、翔馬は願わずにはいられなかった。

「ちょ、ちょっと待て、常和。俺は」
「うん?」

そんなつもりは毛頭なかったと言えたらどんなに良かったか。
至近距離だから翔馬がよく見えるのだろう。なるほど、だからこの距離かと今さら気づき、この態勢が壁ドンだとも気づきたくなかったのにも気づいてしまった。
首を傾げた常和の柔らかい表情は、すでに結ばれたも同然、振られることなんて微塵も考えてもないものだった。あと、いまだに手は握られている。

「あ、あー、えーっと」

振ればいいのだろうけど、翔馬は戸惑った。
こっちを睨んで(いたように見え)たのも、悪態を(仲間に向けて)ついていたのも、一触即発な雰囲気に(性的な意味で)なったのも、全ては自分に好意があったからだ。悪意はなかった。それどころか正反対である。
それを翔馬は誤解して、結果、一方的に常和を嫌っていたことになる。

(いや!紛らわしいのが悪いんだけど!常和が絶対に悪いんだけど!)

それでも常和は、すっかり純粋に翔馬と相思相愛だと思い込んでいる。しかも男同士。中々にディープでナイーブな内容である。嫌っていたとは言え、そんな常和を傷付けるような事をすることに罪悪感が芽生えてしまうではないか。これは気軽にNOと言える案件ではない。言葉を選び、誠心誠意相手に向き合わなければならないやつだ。
それに、こっちこそ誤解の無いように言うが、常和があんな態度をとらなければ、翔馬とて「なんだアイツは!」と腹を立て、常和を嫌うことはなかったはずだ。・・・好きにもなりはしないだろうが。

「翔馬?なに?」

まごまごとしている翔馬の拳を撫でる常和に全細胞がもうやめてくれと叫んでいる。

「め、目が悪いなら、眼鏡とか。コンタクトとか」
「あー、ああいうの、ウザったいし、面倒」
「ふ、不便じゃない?色々と」

「色々と」に、主に人間関係とか誤解とかを込めて言ってみたが、常和は首を横に振るだけだった。

「四の五の言うやつがいたら、ねじ伏せればいい」

自分もそっちのカテゴリーに入れてくれれば良かったのに。
もうメゲそうだ。

「ああ、心配してくれてんの?ありがとう」
「いや、まあ、うん、はい・・・」
「嬉しい」

囁くように気持ちを伝え、ついぞ常和はお互いの頬をくっ付けて、両手を翔馬の拳から背中に回した。

(のわーーーっ!)

解放された拳が常和の腹を打った。
ぐ、と低く唸る常和には申し訳ないが、その隙に扉のノブを回し、中に身を隠した。顔だけを覗かせて、腹を抑えて屋上に膝をついた常和の姿を確認する。

「翔馬・・・?」
「俺!そういうの無理だから!」

告げて、ピャッと翔馬は駆け出した。猛スピードで階段を駆け下りる。逃げるが勝ちだ。もう何と戦って何が勝利がわからないが、とにかく今は身の安全が最優先事項である。

しかし翔馬は肝心な事を忘れていた。


「あー、プラトニックってやつだったか」

屋上に残された常和がポツリと呟く。
違う、そうじゃない。
しかし彼にツッコミも訂正もいれる人間はこの場にもういなかった。

翔馬は「常和の勘違い」を根本から紐解いて、「告白の返事」をしなかったこの日の事を心底悔やみ、熱烈で純粋な常和に頭を悩ませる日が続くのであった。



おわり

小話 103:2019/01/20

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