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「──けほっ」
慣れないアルコールに喉を焼き、顔をしかめ咳き込むも、意地のように酒を飲む。
馬鹿な奴、と思いながら、吸っていた煙草を離して煙をふぅっと吹き付けた。
「うえっ!最、悪、げほっ、なに、おぇっ」
「いやぁ、無理してんなーって」
「〜〜してないから」
「無理してるし、むきになってるし」
「し、してないし、なってないし」
自分でも言いながらニヤけてるのが解る。
俺の発言や行動、表情、全てにムカついてる陸が睨み付けてくるのもおかしくて、悪かったと詫びながら煙草を揉み消した。もう飲めないであろう、陸が口をつけたアルコールを取り上げて、代わりに飲み干した。
「み、水のように飲む・・・」
「普通に度数低いって」
「ええ、普段何飲んでんの・・・」
口直しの水を飲みながら信じられないと言わんばかりの顔付きで俺を見てくる陸は、今年ハタチを迎えたばかりだ。
祝いの席で今時珍しくアルコール解禁したらしく、その感想は「よく解らん」かったようで、普段は俺が何を飲んでるかなんて気にもしてなかったくせに、最近じゃ興味津々と言ったように観察してくる。
軽いジュースみたいなもんから、ワイン、日本酒、ハイボールと嗜む程度に飲ませてみたが、結果解った事は、こいつが酒の味が解らないと言うよりは、お子様舌なんだなって事。
「陸」
「ん?んっ」
水を飲んだあとで悪いが、舌を捩じ込むようなキスをすれば直ぐに顔を押し退けられた。
「に、苦・・・」
「大人の味だろ?」
「馬っ鹿じゃないの!」
再び水を飲もうとコップを持ち立ち上がった陸に、今度は声を出して笑ってしまった。
「ああ、陸。冷蔵庫にプリンあるから食っていーよ」
台所に向かう背中にそう投げ掛ければ、ムッとしていた陸は返事をしなかったが、ウォーターサーバーの音よりもすぐに冷蔵庫を開ける音がして、喜色の声が返ってきた。
「おわー!ホテル・ヒカリアのじゃん!すごい!何これどしたの!!」
「知り合いがレストランで働いてっから」
「お友達さまさま〜〜!」
「俺じゃねぇの?」
「え?あ、うん。う〜ん?」
「・・・いや、礼言えよ」
プリンとスプーンを持って来た陸は、単純明快、一気に機嫌をなおして戻ってきた。
ヒカリアって言うホテルの中のレストランの有名プリンは、以前テレビ番組の何かの特集で取り上げていて、陸が「うわ、これヤバい」と呟いていた物だ。半熟だか半生だか知らないが、とろけるタイプのやつは甘党の陸の心を鷲掴んだらしい。そういえば昔、バイトしていたイタメシ屋の同期がそこに就職したとか言ってたような、と思い出して連絡を取れば、ビンゴだった。
「ねえ、一個しかなかったけど、慎吾のは?」
「んー?俺、甘いのそんなだし、お前食べな」
「そっかー」
フィルムを剥がしながら、陸は少しだけ不服そうに唇を尖らせた。
誕生日やクリスマス、バレンタインだとかイベントにかこつけてケーキやチョコを頬張るのは陸の役得で、俺は一口貰ったあとは酒やタバコに口をつけるばかりだ。嗜好が代わったとしか言いようがないが、舌が甘いのよりもそっちを好むので、陸と楽しみを共有できないのは仕方がないが、物悲しさもある。
(嗜む程度に、ってくらいは、覚えて欲しいけどなあ)
陸がプリンを食べるなら、また手も口も暇になる。だもんでタバコの箱に手を伸ばそうとすれば、陸はプリンを掬ったスプーンを俺に向けた。
「これ絶対おいしいからさ、最初の一口だけ。ね」
先端でわずかな振動に震えるプリンの向こうで、陸が懇願してくるのも、いつものことだ。
最初の一口を、陸はいつも俺に食べさせる。
それは陸いわく、幸せのお裾分けらしい。嫌いだったり、食べれないわけじゃない。それに陸が手ずから食べさせてくれるから、断る理由は今のところない。
口を開ければ、すかさず陸が差し込んでくる。するりと喉元を通るそれは、もはや固体じゃなくて液体だ。
「どう?美味しい?」
「とろけすぎて甘い」
「普通だな〜」
俺の食レポにダメ出しをしてから、爛々と一口目を口にした陸は、「うま」「やば」「うわ」と俺より下手くそな食レポを繰り出しながら、ニコニコと幸せそうに、そして少しずつプリンを平らげていく。
さっきまで酒とタバコに顔をしかめていたくせに。
「・・・なあ」
「ん?」
「お前なんでそんな無理してんの?」
「無理?」
「酒もタバコも苦手なくせに」
「・・・」
スプーンを加えたまま固まった陸は、徐々に眉間にシワを寄せて難しそうな顔をするとうつ向いてしまった。そんなまずいことを聞いただろうか。動かなくなった陸に長丁場付き合うつもりで、手をつけ損ねたタバコにもう一度手を伸ばした時だった。
「・・・し」
陸がうつ向いたまま、一言唸るように呟いた。
「何?し?」
「・・・慎吾の好きなやつだから、俺も好きになりたいだけじゃんか」
ふいっと顔を赤くしてそっぽを向いた陸に絶句した。
陸を直視できなくて、鼻をおさえて天井を見上げた。二人だけの空間で二人して何してんだって話だけど、今のは陸の不意打ちか悪い。そう責任転嫁してから一息ついて、逆に開き直る。
「いや、だとすると俺の一番お前だから、やっぱり無理して酒もタバコもする必要ねえよ。マジナンバーワンだから」
割りとマジなトーンで返せば、ふはっと陸が吹き出して笑った。馬鹿だなって言うかと思えば、振り返った陸は、意外にも困り顔で。
「だったら、俺のために健康体になって長生きしてよ」
タバコの箱に触れていた指先を、陸が上からぎゅうっと握った。有無を言わさない破壊力に、頷くしか出来なかったのは当然だろう。
その時交わした約束のキスはカラメル味がほろ苦く、こういう味も悪くはないなと、俺も単純に陸越しのプリンに夢中になって貪ってしまった。
おわり
辛党と甘党。
小話 102:2018/10/19
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