10



千葉は死にたがりだった。
家庭環境が複雑で、そのせいで虐められた幼少期。それがトラウマで上手く出来ない人付き合い。友達もいるけど本音を言えない上辺だけの関係で、付け加え母親からのトラウマで女性が苦手とした同性愛者で、現状にも未来にも希望も夢もないらしい。
けれど彼はいわゆるメンヘラだったり、自殺未遂したり、狂言を起こしたりとかはない。
普通に勉強が出来て、明るくてムードメーカーでリーダーシップもあって、かっこいい。彼はどちらかと言えば皆に好かれている部類だ。

「死ぬ日を決めているから、毎日それが楽しみで生きてる」

そう言ったとき、まるでそれが唯一の希望であるかのように明るく笑っていたのが印象的だった。

「俺は千葉君が死んだら、悲しいけど」
「そ?」
「うん・・・死んだら悲しい」
「最初はそう思うけど、一ヶ月後はケロッとしてるもんだよ」

まるで経験を、そうなった人を、間近で見たような彼の言い方に、少し薄暗いものを感じた。

彼がなぜ、ひとけのない屋上で俺にそれをはなしてくれたのか。
それは今しがた、彼が俺にずっと好きだったと告白してきたからだ。
高一の入学式の時、俺がずっとうつ向いていた千葉に「大丈夫?保健室いく?っつってもまだどこが保健室か解んないね」って、式をほっぽり出して校舎の中をうろうろしてたのがキッカケらしい。あの時の千葉は体調が悪いんじゃなくて、親に高校進学すら反対されて、晴れ晴れとした入学式の中、すでに自分だけ真っ暗な闇にいるようで周りに対し疎外感があったそうだ。
そこに俺が踏み込んで、何度も振り返り話を聞いて、そんな俺がいるなら高校生活だけはちゃんと終えようと思ったと。
そして返事をするより先に、千葉は答えを知っているように自傷気味に笑い、如何に自分が最低な人間なのか語り出したのだ。

「キモいと思う?いいよ、お前キモいって酷く振ってくれて」
「え?いや、キモくはないよ」
「じゃあ、どう思ったの」
「洗いざらい話してくれて、熱烈な告白だなって、ちょっとときめいた」
「はっ?」

千葉の明らかな動揺。
でも俺の本音でもある。千葉は学年で知らない人はいないくらいの人気者だ。例えそれが偶像でも、ずっと俺を好きだったなんて、ちょっと驚いたけど正直嬉しいし、あの笑顔はもっと見てみたいと思った。

それに──。

「あ、ど、同情?いいよ、変に関わるとめんどくさいよ。大丈夫、しばらくは生きてるから」
「そういうんじゃなくて」
「・・・あの、えっと、だって」
「千葉君の死ぬ予定がまだ先なら、俺は千葉君とお付き合いしたい」

そう言ったら、千葉君は顔を赤くして、幼い子供が困ったような泣きそうな、でもちょっと嬉しそうな、むず痒そうな顔をした。

「・・・ありがとぉ」

──本当の千葉は、可愛い奴なんじゃないかなぁって、俺は思った。




「瀬名」
「ちょ、ん、学校じゃ嫌だ」

お付き合いを始めると、千葉は結構甘えたな事が解った。親からの愛情に欠落してたのか、同性愛者だから恋人を作れずにいた反動からかは解らないけど、二人きりという状況になるとくっついてきたり、今みたいに突然キスしてきたりする。

「何で?誰かに見られるから?ホモって囃し立てられんの嫌?」
「あの、待って、んん」
「俺はいいよ。今更誰にどう思われて、嫌われたって」

また、全てを諦めたみたいな、顔して笑う。
俺は千葉のその顔が好きではない。

「千葉は俺が誰かに嫌なこと言われたり、されたりしてもいいの?」
俺の問いにハッとした顔をして、小さく首を横に振る。
「・・・よくない。俺はどうだっていいけど、瀬名は、ダメだ」
「うん。俺も千葉が誰かに何かされたら嫌だ。千葉のこと好きだから大事にしたいんだって解るだろ?」

呆然としたままの千葉が、ボロッと大粒の涙をこぼした。
ごめん、ごめんと謝ってくるのを背中を撫でてうんうんと聞いて宥める。

「俺も瀬名が大事」




二年が過ぎて、俺は千葉より一足早く二十歳になった。
千葉は学は必要ないからと言って卒業後は就職した。俺は進学を機に、千葉が高一から強制的に一人暮らしをさせられていたアパートから引っ張り出すように、俺の一人暮らし先に住まわせた。千葉は家賃、生活費諸々折半してくれるし、堂々と同棲といえる。千葉の高卒の時期にアパートの契約を切っていた千葉の親にも感謝こそあれど怒りもわいた。

千葉は料理も出来たし、逆に俺が作るものは何でも美味しいと笑って、たまに泣いていた。朝、いってらっしゃいと言えば嬉しそうにいってきますと言うし、おかえりと言えばはにかみながらただいまと言う。
でも日に日にイライラしてるようにも、焦ってるようにも見えた。
死ぬ日が近付いてきたんだろう。千葉の誕生日が約一ヶ月後だ。
二十歳の誕生日が、多分千葉の命日。
あの屋上の日以来、千葉も俺も自殺について話すことはない。もとより千葉は誰にも話すことなく死んでいくつもりだったと思うし、もちろん俺は千葉と生きたい。今その話をしたら、この日々が嘘で終わるような、そんな気がして口に出せずにいた。

その誕生日まで一週間となったある日、俺は千葉に押し倒された。
ベッドのスプリングが軋んで、背中に痛みが走る。それなのに、千葉の方がずっと痛そうで苦しそうな顔をしている。

「冥土の土産に瀬名の処女チョーダイ」
「やだ。だめ」
「どーして」
「俺は初体験した人と一生涯共にするって決めてんの」
「一生、涯・・・?」
「千葉、責任とれんの?とれないのにそんな事すんの?俺のこと大事って言ったよな?」

お前はどこの生娘かって感じだけど、うぐっ、と声が喉に詰まった音がした。
千葉が下唇を強く噛んで、顔を歪ませながら「でも」とか「だって」を繰り返す。
どうする?と部屋着のTシャツを胸元まで捲り上げた。瀬名が息を飲む。伸ばしてきた指先を阻止するように握ると、千葉は泣きそうな表情になる。

「なんで。なんでそんな意地悪すんの?」
「意地悪なのはどっちだよ。俺、これから一生、千葉のこと思いながら一人で生きてかなきゃなんねーの?」

俺の上にいる千葉の目をじっと見つめると、その縁がじんわりと潤んでいるのに気が付いた。

「だって、俺は、死にたいんだ。全部が嫌で、嫌なことはどんどん増えてって、いっそ俺が消えてなくなった方が楽になるって、そう思って」
うん。
「家族なんてクソみたいなもんだし、上っ面だけの人間関係も嫌で、良い奴演じながら心ん中でいっつも舌出して、人のこと馬鹿にして・・・っ、誰に迷惑かけたって、知らねぇよって、死ぬんだからどーでもいーって、思ってた」
うん。

「でもっ、」
心中で相槌をうって、かわりにずっと千葉の目を見続けている俺の首筋に千葉が顔を埋めた。

「瀬名が欲しいっ!ほんとはっ、瀬名に告った日っ、振られるはずだったんだ!男同士ありえねぇ、キモいって、振られて・・・それで未練も何もなくて、高校卒業したら、死ぬつもりだったのに・・・クソッ!瀬名と離れたくないっ!死んだあと、誰かに瀬名をとられたくないっ!でも瀬名は連れていけないっ!俺がっ、瀬名と一緒にっ、ずっと一緒に・・・っ!」

生きていたい。
声がくぐもったあとに、嗚咽が聞こえた。
そっか。俺といたかったから、高校生活は頑張ってくれたのは知ってたけど、そこから更に二年間生きてくれてたのかって事実に少し驚いて、すごく嬉しかった。
千葉の背中に手を回して、ゆっくり撫でる。

ねぇねぇ、千葉よ。

「俺の処女あげるから、千葉の童貞チョーダイ?」

俺はお前の希望になれるだろ?




「・・・俺、瀬名が死んだら、死のうかな」
「うん、そうして」

シングルベッドで汗だくで横たわる俺達。千葉は俯せになって枕に顔をうめたまま、そう言った。

「俺が死ぬ瞬間まで、責任もって千葉のことたくさん幸にしてあげる──愛してるから」

軋む体を動かして、俺は千葉の方へ向き直る。頬杖をつきながら千葉の髪を撫でると、顔だけをこっちに向けた千葉は目を大きく開いて固まった。

「俺のこと好きになってくれてありがとう。千葉と付き合って、俺も色んなことに気付けた。好きな人の為になんでもしてやりたい。幸せにしてやりたいし、笑ってて欲しい。俺きっと、千葉に告られた日にはもう、千葉に惚れてたよ。だから絶対に生かしてやるって思ってたんだ」

よいしょ、と体を起こす。

「俺のことは千葉が責任もって幸せにしてね」

言うやいなや、起き上がった千葉に抱きつかれた。
その反動で上半身が仰け反って、正直事後の腰が悲鳴を上げているがなんとか耐える。汗をかいたベタベタな肌が吸い付く感覚。でかい鼓動で体が震えている。落ち着けようと必死な息遣い。

「俺、瀬名を、幸せに、出来るかな」
「出来るよ。なろうよ、二人で」

これから先、ずっと一緒に。
ようやく顔を上げた時には涙と鼻水で綺麗な顔立ちが台無しだったけど、あの日の屋上で俺が惚れた笑顔よりも、とても美しい顔で千葉は笑った。




おわり



千葉君の過去と二人のその後→「12

小話 10:2016/10/21

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