少女は男の膝の上で午睡する
※立香ちゃんに誰とは特定させていませんが、好きな人がいます※
テスカトリポカに用事があって二人がいちゃついているタイミングでないことを祈りつつ、部屋のドアをノックする。するとすぐに入れという返事があって、おっかなびっくりドアを開けて入室した。
「おじゃましまーす……」
恐る恐る二人の愛の巣に踏み入れば、テスカトリポカの膝の上で気持ちよさそうにすやすやとなまえちゃんが眠っている。そのなまえちゃんを見下ろすテスカトリポカの表情はとっても優しくて、邪魔をするのも悪いと用事を済ませてさっさと立ち去らないとという気持ちに駆られる。
先日テスカトリポカに与えられたヒントが特異点攻略に役立ったので、報告もかねてレポートを渡したいだけなのだ。居座るつもりは全くない。なかったというのに、何故かテスカトリポカに引き留められてしまった。
「まあ待て。急ぐ旅でもないだろう? 座れよ」
「え、でも……いいの?」
「しばらくは起きん。昨日無理をさせたからな。というワケでオレの暇つぶしに付き合ってくれや」
「そういうことなら……」
深く寝入っているのは見て取れたし、どのくらいで起きるかの想定もテスカトリポカならしていそうだしね。それにしても一体何を話すつもりなのだろうと少しばかり緊張していると、けらけらと愉快そうに笑ってとんでもないことを言い出した。
「さて、恋バナとやらをしようじゃねえか」
「こっ!?」
危ない危ない。驚きのあまり大声を出すところだった。もし私が原因でなまえちゃんが起きてしまうようなことがあれば、私の存在など軽くひねりつぶされてしまうだろう。
けれどそれだけ衝撃的だったのだ。あのアステカの神であるテスカトリポカから、恋バナという単語を聞くことになるなんて……!ぱちぱちと目を瞬かせつつ、テスカトリポカの真意を確かめようと彼を見つめれば、呆れたようにため息をつかれてしまった。
「おいおい。女子高生ってのは恋バナを好むものだろうが。それにお嬢にもいるんだろう? イイ人が」
「なっ、なんで!」
「見てりゃわかる。このオレを誰だと思っているんだ? だが、その行く末には興味ねえ。安心しな。オレは人の恋路に首を突っ込む趣味はねえんだ。今はこんなにも可愛い恋人がいるからな」
何もかもバレてるなんて気分は良くないけれど、テスカトリポカはむやみやたらに言いふらすようなタイプではないのでとりあえずは安心しておく。それにしても私そんなにわかりやすいのかな。隠し通せていると思っていたんだけど……。ああ、でも知っているだけで心に留めてくれている人たちが多いのかもしれない。
それにしてもテスカトリポカって奥さんが4人いたんじゃなかったっけ、とつっこもうとしたけれど、藪蛇になりそうなので黙っておく。そもそもなまえちゃんを愛しているのは確かだし……。アルキャスがそう言っていたもん、それは真実に他ならない。
まあテスカトリポカは私の愛だの恋だのには興味ないだろうし……。彼が私に求めているのは生き様。戦士としての在り方だ。全てを平等に公平に見据え、自身は戦の神であるその存在は非情な面も多いのだ。
優しい手つきでなまえちゃんの頭を撫でているテスカトリポカは、未だに別人なんじゃない?と疑ってしまうほどには。
「にしても人間ってのは面白いよな。こんなにも厄介な感情を良しとするんだから」
「厄介……かぁ」
「そうだ。何もかも合理的じゃねえだろ? 感情に右往左往し、相手の行動に一喜一憂し、与えたら与えた分だけの愛情が返ってくるわけでもなく。こんなの厄介以外の何物でもないと思うがね」
「そういう視点で考えたことがなかったからなんとも……。ただ、それが良いって言う人もいるよね。駆け引きが楽しいって」
「駆け引き、ねぇ……。否定はしないが、効率が悪すぎる。なまえに対してもやったこともねえしな」
「なまえちゃんには有効じゃないでしょ……。結構な天然だし伝わらなさそう」
「まあな。素直に愛を告げれば、恥ずかしそうに嬉しそうに笑ってくれるんだ。可愛くてたまらねえよ」
そう言うテスカトリポカもかなり幸せそうで何よりだ。こんなにも穏やかな表情を浮かべているのも珍しい。まあ、なまえちゃんがいるからだと思うけど……。本当になまえちゃんのことが好きでたまらないんだろうな〜。
テスカトリポカ相手に取り繕ったって無駄なので、私は思う存分本音を吐露することに決めた。こういう話をできるのってもしかするとテスカトリポカしかいないかも……?テスカトリポカはなまえちゃんという恋人がいるし、私を詮索してこない。その辺り、配慮されていることは流石に気が付いた。他の国の神様と違って、常識……というよりも、真面目さが際立っている。
「お嬢にも駆け引きは似合わんな。卑怯な真似も好まねえし。――で、告白しないのか」
「しないよ! というか行く末には興味ないんじゃなかったの? そもそもまだ戦いは続くし、現状に満足しているから」
彼の言う通り駆け引きは私にとって難しい。性格的に無理だ。ありのままの自分を好きになってほしい、という傲慢さまでは持ち合わせていないけれど私の周囲にいるのは一騎当千の英雄たち。一般人の私からすれば雲上人ばかりだ。
いろいろな経験を経てみんなと仲良くできていると思うんだけど……。やっぱり好きな人には同じ態度でいたくないというか。特別視してしまうというか。良くないってことはわかっているんだけどね。
「欲ってモンがねえのかよ、オマエさんは。今に満足なんて言葉で言い聞かせているようじゃあ世話ねえな。お嬢は人の痛みに弱い。なるべく誰も傷つかないような道程を模索している。いや、それを否定したいワケじゃあない。今のオレはそのあり方を肯定しているからな。――告白することにより立ち位置が変わることを恐れているんだろう? 現状維持ほどつまらん。攻め込めばいいだろうに」
「そうできたらよかったんだろうけど……。私、意外と欲深いんだよ? カルデアのマスターではなくて、藤丸立香を認めてほしくなっちゃうから」
「それの何が悪い。そもそも人間は欲深い生き物だ。向こうは生贄を捧げろなんて無理難題を言うヤツでもないだろ? それともなんだ、自信がないのか。この混沌極まるカルデアのマスターであるオマエが? それこそとんだお笑い草だ」
「わあ〜キツいこと言うね。テスカトリポカも」
「そもそもお嬢から見て、オレがなまえを特別視していることは一目瞭然だろう? だが、それを誰もが否定しない。まあさせる気もねえが」
「そりゃそうでしょ。テスカトリポカに意見する時は命をかけなきゃいけないし」
「ふん。当然だ。それがルールだからな。ま、だからオマエが誰かを特別扱いしたとしても問題は……まあそこそこにあるだろうが、何とかできるだろう? オレは手伝うこともしないが、邪魔をすることもしない。優しく見守っていてやるよ」
にやにやと笑いながらそう告げるテスカトリポカに、私は苦笑いを浮かべる事しかできない。確かに彼は私の手伝いも邪魔もしないのだろう。本当にただ見守るだけなのだろう。ただ一つの娯楽として。それに関して悪いとは思わないし、むしろひっかきまわされでもしたら大変なことになるのは一目瞭然だ。ましてやなまえちゃんがもし万一それに巻き込まれでもしたら阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
告白、かあ……。本当に考えてすらいなかった。傍に居られるだけでいいと、そう思っていた。思い込んでいた。今の現状に恋心は相応しくないと閉じ込めていたのだ。それをまさかテスカトリポカの手によって詳らかにさせられるとは思いもよらなかったなあ……。
「ん…………」
どうしたものか、としばし考え込んでいたらなまえちゃんが身動ぎし始めた。起きたのかな、とテスカトリポカと二人でその様子を見守っていたのだが、私がいるとは思っていないなまえちゃんが二人きりではいつもそうなんだろうな、と甘えたな姿を見せる。
「起きたのか、なまえ」
「ちゅうしてくれたら起きる……」
こういうギャップというのか、ツンなところもあるけれど、二人きりではデレが多いというそういう可愛らしい姿を見せた方がやっぱりいいのかな。
それにしてもテスカトリポカの声も表情も普段の数倍優しさに溢れていて、本気で好きなんだなあということがありありと伝わってくる。それこそ最初は戯れで遊んでいるのかと勘違いしちゃっていたけれど、今では違うときちんと認識しているよ。
でもそれに関してはテスカトリポカも悪い。だって平気で部屋に軟禁するし、反抗を抑えつけもしていた。まあなまえちゃんは特別なので、命を奪われることはないんだけど……。神へ意見するならば命を捧げろと明言している彼だからこそ、この特別待遇はなまえちゃんを大切にしているという証左に他ならない。
「ははは、可愛い。愛しているぜ、なまえ」
「……おはよう、テスカトリポカ」
「おはようさん、なまえ」
もちろんテスカトリポカがなまえちゃんのお願いを拒絶するはずもなく、言われるがままキスをしている。ゆっくりと起き上がったなまえちゃんは、ぎゅうっとテスカトリポカに抱き着いた。人前だとこんなにも甘えている姿を見ないから、やっぱり二人きりの時限定なんだろうなあ。
くすくす笑ってなまえちゃんは何度かテスカトリポカにキスをするんだけど、ちらりと私に視線を飛ばしたテスカトリポカは残念そうになまえちゃんの口を大きな手で覆い隠した。
「な、なんで……? ちゅう、いや……?」
「あん? 大好きだが? ただ、今は客が来ていてな。二人きりじゃなくてもいいなら、存分にキスしてくれよ」
「え…………?」
ぎぎぎ、とまるでロボットみたいな動きで、なまえちゃんがこちらを振り返る。
「おはよーなまえちゃん」
「り、立香ちゃん!?」
ひらひらと手を振って挨拶をすれば、ぼっと火が付いたように彼女の顔が赤くなった。テスカトリポカの膝の上から退こうとして、まあそれを許す彼ではないのでむしろぎゅうっと抱きすくめられているんだけど。それに見せつけるように頬ずりまでしている……。
これはもうお邪魔だ!と、テスカトリポカとの問答から逃げるように私はソファから立ち上がった。
「なまえちゃんも起きたし戻るね〜」
「あ、ま、待って、立香ちゃん!」
「ん?」
なまえちゃんからの引き留めに、少しばかりテスカトリポカが苛立ったのがわかる。まずいと思いつつも、にこにこと笑っているなまえちゃんに毒気が抜かれてしまったのか、テスカトリポカからの強い視線は和らぐ。……突き刺さっている事には変わりないんだけど!
「この夏、楽しかった?」
「――! うん、とっても楽しかった!!」
「よかったぁ! みんな立香ちゃんのこと気にしてたから……。まだもう少しバカンスは残ってるんだよね?」
「うん、残ってるよ! ありがとう、なまえちゃん」
こういう普通の気遣いが、どうしてこんなにも嬉しいのか。すっと肩の力が抜け、自然と笑みが零れ落ちる。鈴鹿御前を筆頭に気遣ってくれているのはなんとなーく分かっていたけれど、改めて伝えられるとその実感が深まるというものだ。
「お嬢、受け取れ」
「わっ! ……鍵?」
「出店の傍に小屋があっただろう? そこの鍵だ。中身は好きに使え」
「ボートとか水鉄砲とか、他にもいろいろあったよ〜!」
「そういうことだ。オレたちは十分遊んだからな」
「ありがとう! 折角だし使わせてもらうね!!」
これは特異点解決の褒美なのだろうか。テスカトリポカの暇をつぶしたことへの褒美なのか。……う〜ん、なまえちゃんが私のことを気にしていたから、というのもあるか。いずれにせよ好意は本当に嬉しいので、落とさないようにぎゅっと鍵を握りしめる。
この夏を思う存分満喫するぞ〜!と、海に向かう道中で発見したアルキャスとオベロンの手を引っ張り、砂浜めがけて私は駆けだすのだ。