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少女は青と邂逅する


 突然部屋に現れた見知らぬ少年。少女は男の言いつけ通り手元にある防犯ブザーのピンを抜こうとして、寸での所で突如現れたその少年に腕を取られてしまった。
 オレがいない部屋に現れるヤツは信用に値しない。オマエを拐かす悪人だと男によってこんこんと言い聞かされている少女は、恐怖からかがたがたと体を震わせる。
 男は少女の万一を考え防犯ブザーという、目に見えて分かりやすい感知システムを用意した。ひとたびピンを抜けばけたたましい警告音と共に、ジャガーが現れるという代物。男は少女のもとに帰ってくるまで、ジャガーが時間稼ぎをしてくれるのだ。
 どうしよう、とじわりと滲んでゆく視界。何も力を持たない少女は、男から授けられたものでしか身を守れないというのに。


「テスカトリポカ……っ」


 少女は庇護を受ける神様の名を呼ぶ。それを聞き届けた金髪の麗しき少年は満足そうに口端を上げた。


「俺を知ってるんじゃねえか。まあ、当然か」

「――え?」


 その言葉にぱちくりと目を瞬いた少女の目から、真珠のような涙が零れ落ちる。少年はそれを目で追いかけた後、まるでいつものことだと言わんばかりに、その軌跡を舌で辿った。


「ひゃっ!」

「しょっぱいなコレ……。さて。この姿では初めてだな。自己紹介といこうか。俺はテスカトリポカ。青いテスカトリポカ」

「青……!?」

「今、黒のはミクトランパにいてな。俺が駆り出されたってワケだ。で、おまえは何をやったんだ?」

「……言いつけを破ったから、お仕置きだって」

「へえ! 案外度胸あるじゃねえか」

「おやつもらっただけなのに……ひどい……」

「おやつごときでアイツがそうするとは思えねえな。どうせあれだろ。拐かされたんだろ。横からかっさらわれるなんざ、アイツがめちゃくちゃ嫌いそうなことだ」

「…………」

「無言は肯定と取るぜ」


 すこし不貞腐れた表情を浮かべる少女に、テスカトリポカに対する態度としてはなってない、と少年は考えるも黒がそれを許しているのならば、青も同様に受け入れる他ない。
 確かに少女は男の言いつけを破った。甘いものを分け与えようと言われ、嬉々として男の傍を離れようとしたのだ。何度も言い聞かせている男ではあったが、少女の食欲は旺盛で、尚且つこの食堂で作られる食事は非常に美味しい。それ故に男の言いつけが頭からすぽんと抜け落ちてしまい、目を爛々と輝かせてついていってしまう。
 学習能力がないといえばそうだが、少女としては多少なりとも男に反抗したいという意識があるのだろう。少女も年頃の乙女だ。ずっと構われ続けていれば嫌気が差すというもの。たまに反発している姿を見せているが、テスカトリポカを知っている皆からしては冷や汗ものだ。まあ心配は無用のもので、男は少女に銃口を向ける事はないのだが。

 しばらく不機嫌なままでいた少女だがとあることに気づき、少年にぐいっと顔を近づける。突然の距離の詰め方に少年は驚くが、どさくさに紛れ少女の髪を撫でるように触れた。


「青のテスカトリポカってことは、もしかして私をこの部屋から出せる!?」

「は? あ〜……。これは今は無理だな」

「そっか……」

「外に出て何がしたいんだよ」


 黒の居ぬ間にやりたいことなど、青にとっては興味しかない。悪戯だろうか、逢引だろうかと胸をときめかせていると少女は恥ずかしそうに口を開いた。


「その、今日のおやつ食べたかったなって……」

「は――――ははははは! 全然懲りてねえな! むしろ黒が可哀想になってきたぜ!!」


 腹を抱えて笑う少年を少女は不思議そうに見つめている。そんなに自分は面白い発言をしただろうか、と少しだけ不安になった。
 あー笑った、と目尻に浮かんだ涙を拭った少年は腕を組んで何かを考え出す。


「この空間は黒が作り出したモンだ。俺がそれを解除しちまえば黒に感づかれる。つまりは筒抜けってことだ」

「それは……」

「マズいだろ? ま、次来るときまでには何とかしてやるよ。他でもないなまえの頼みだ」

「え、あれ、名前……!」

「言っただろう。俺はテスカトリポカだと」

「じゃあ私は何て呼べばいいかな……。青って確か、ウィツィロポチトリ、だっけ」

「ココじゃそれは紛らわしいから、恐竜王でいいぞ」

「恐竜王……?」

「ああ。おまえが前に過ごしていたミクトランでは、そう名乗っていた」

「わかった。その、恐竜王はテスカトリポカが戻ってくるまでは一緒に居てくれるの……?」

「一応俺はおまえの監視要員だし。つっても、黒になんでもかんでも報告するつもりはねえがな」

「! 嬉しい」


 頬を染めて微笑む少女に少年の心臓がどくんと跳ねた。
 ああ、まずいな。呑まれそうになる。黒がご執心ではあるが、たかがそれだけだと高を括っていたのに。こんなつまらない女を、赤子のような女を見初めるなんて変わった趣味をしやがると嗤っていたというのに。青としては黒が戦士でもない、ましてや異界の女を囲うなど、本気で冗談だと考えていた。
 しかし、生憎あのミクトランで幾重にも魔術防壁を張り巡らせ囲っていた事実を鑑みれば、とんでもないほどに男は少女に肩入れしてしまっていたのだ。
 一番ろくでもない黒に見初められて可哀想だと、異物故にテスカトリポカに見初められてしまった少女のことなんて、青自身は何とも思っていなかったはずなのに。
 ――黒の考える事は相変わらずわからん、と首を捻っていたはずなのに。

 黒の感情に引っ張られているのか、それとも、青自身に芽吹いた感情なのか。見定めなければ、と少女の隣に座りその小さな手に己の手のひらを重ねた。触れ合った温もりに二人とも少し頬を染めるが、その温もりを遠ざけることなど二人ともできるはずがなかった。


「私、恐竜王の事知りたいな。……教えてくれる?」

「悪くねえ判断だ。いいぜ、俺を教えてやろう」


 テスカトリポカを知っているのに、青自身を知ろうとしてくれる。それは少年にとっては甘い熱をもたらされたようなもの。満足そうに笑みを浮かべた少年は、さて何を話そうかと知恵を巡らせる。
 おそらく黒はミクトランの話をそうしていないだろう。血生臭い話題は避けているはずだ。
 ――あの黒が! と失笑しそうになるがそれは慌てて飲み込んだ。


「ミクトランにはディノスって恐竜がいてな。俺はそれに乗って遊んでいたわけだ。まあいろいろあってそのディノスの王になって、恐竜王って名乗るようになったワケだが」

「恐竜って本当にいたの!? 私、結局一度も外に出られなくて……。一度テスカトリポカに恐竜がいるっていう話はされたことはあったんだけど、半信半疑だったの」

「ちなみにアイツらは言葉を喋れてな。黒ももう少しおまえに融通を利かせてやったら、会えてたかもしれねえのに」

「そうかもしれないけど……。でも、外は危ないって。万一を考えたら出せないって。私はやっぱり異物だから怪我一つとっても大事になりかねないから、テスカトリポカも随分と気を遣ってくれていたみたいで」

「気を遣ってたっつーよりも囲ってたの方が正しいだろ」


 少年は男の在り様に呆れたようにため息をつく。確かに黒の言い分は的を射ている。戦争を行っている土地で、平和ボケした少女が無事でいられるはずもない。
 けれどそれが理由で黒に隠された結果、青の自分が少女に会えなかったという事実は少年の心を少しばかりささくれ立させたようだ。
 この苛立ちはきちんと黒にお返ししようと決めつつ、黒に見初められて大変だっただろうと口にすれば、意味が分からないと言わんばかりの表情を浮かべて少女は少年を見つめる。


「おいおい、正気か? アイツは人の意見を聞かねえ、傲慢で争いが大好きな黒だぜ?」

「う〜ん。そう、かもしれないけど……。私にとっては一番大好きで、大切な人だよ。居場所を作ってくれて、私を元の世界に帰してくれたもん」


 その微笑みはとても美しく、少年はぽかんとただ只管見惚れることしかできなかった。
 しばらくの間少女に囚われてしまった少年だったが、黒が戻ってくるという連絡が入りはっと意識を取り戻す。思わず舌打ちをして、少女の顎をぐいっと掴みじっと近距離で少女の瞳を見つめた。


「恐竜王……?」

「そろそろここに黒の野郎が戻ってくる」

「本当!?」

「――嬉しそうだな」

「うん! その……私、初めて青のテスカトリポカに会えて嬉しかった。また、会える……?」

「ん〜…………」

「ご、ごめんなさい。迷惑だった、よね」

「謝んな。悪い、冗談だよ。なまえが望むなら、な」


 ニカっと笑った少年はちゅっとリップ音を立てて少女の唇を塞ぐ。突然のことに目を見開いて驚いている少女に対し、どの表情も可愛いなんて反則だろー!と快活に笑いながら姿を消した次の瞬間、男が現れた。


「おう、なまえ。どうだ、楽しかったか?」

「テ、テスカトリポカ……!」

「顔が真っ赤だ。……まさか、青に手を出されたのか」

「キ、キス、されちゃった……!」

「そうか。なら――オレで上書きしてやらねえとな」


 あわあわと未だ現実に起こったことを受け止められていない少女を、慮る様子を見せる事もなく男は深く少女に口づけをする。青の唇の感触を上書きし、黒で染めなければならない。
 しかし、同じテスカトリポカに対しても独占欲ってモンは働くんだなと知見を得た男は、青をここに呼び寄せる事は控えるべきかと思案する。

 ――しかしこれを機に青が黒に対し少女に会わせろと口煩く喚いた結果、しばしば少女と手を繋いで食堂に現れる恐竜王が見られるようになった、らしい。


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