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02


 一人の食事はこんなにも味気ないものだっただろうか、と少女はとうもろこしで作られた団子を食しつつため息をつく。きちんと食事を用意してくれているだけ、ありがたいことだというのに。こうやって何も知らない世界に来ても、きちんと保護されているこの身は本当に恵まれている事は分かっている。
 それでも生きていくうえで必要なものを与えられるという行為に無自覚ながらも当然慣れている少女は、分不相応にも更なる望みを抱いてしまったのだ。
 男は忙しいと言いながらも、よく少女のもとを訪れてくれた。喋るのが好きだと聞いてからは、話題がないながらも男に話しかけるようになった。それを無下にすることなく対応してくれたという事実は、少女にとってどんなに心強かっただろうか。
 少しおっかない雰囲気を持つ人にこうも気を許そうとしている自分に気が付いて、少女は少しだけ恐ろしくなった。けれど、異世界に来て神様と知り合っているという自分が面白くて、稀有な体験をしているという優越感を捨て去ることができるはずもなく。
 そもそも平々凡々な女子高生である少女は、ある種の自己顕示欲というものに溺れそうになっていたほど。
 もちろんそれを男が許すはずもなく、早々に出た杭は打ちつけられて少女は部屋から出るという選択肢を二度と取ることはなかった。

 はあ、と幾度目にもなるため息をついて少女は男の帰りを健気に待つ。何をしようにも男の許可が必要な現状で、勝手をするわけにはいかない。
 体調を崩したときの心細さを思い出して、大丈夫なのかな……と心配を積もらせるばかり。デイビットからも便りもあれきりで、渡された食料はまだ残っているため不安はないけれど、むしろその量が多いことに恐怖を覚えていた。
 あれがなくなるまでテスカトリポカが戻ってこないのではないか、と。

 ごちそうさま、と手を合わせて今日は何をして時間を潰そうかなあと考えつつ、夜になるまでぼうっとしていると、がちゃりと少女の部屋の扉が開く。


「テスカトリポカ!!」

「おっと、どうした」


 ノックもなしに入ってくる人物など、少女の知る中では男しかいない。慌てて男のもとに走り寄って飛びつくように少女は抱き着いた。
 もしかしたら二度と会えないのかもしれないとまで思っていた男が、元気な様子で現れたのだ。ほっとした少女はぼろぼろと泣きながら男に縋る。


「よかった……よかった……!!」

「デイビットから体調を崩していると聞かなかったか? なぜ泣く必要がある」

「だ、だって、いつ帰ってくるか分からなかったし……! それに、神様が体調を崩すなんてとんでもないことじゃ……!」

「あん? オレが神なのは間違いないが、この依り代は人間だぜ。言ってなかったか」

「えっ、聞いてないよ……!? 本当にもう平気なの? 痛い所とか、苦しい所とか……」

「ない。オレを誰だと思っているんだ?」


 泣いている少女を仕方なしに慰めようと思ったらその感情はすぐに驚きに変わり、ころころと変わる女だと男は嘆息した。
 デイビットからは信頼を得ているから大した心配もなく、それは当然だとして怒りを覚える事はないが……過大なそれはむしろ不敬だと感じてしまう。しかし、この少女はこの世界においては赤ん坊のような存在。同じ人間だと告げればあの反応になっても仕方がないか、とそっと頭を撫でる。


「もう大丈夫ならよかった……。ごめんなさい、ずっと一人だったから不安だったの」

「あ〜まあなんだ、約束を破ったことは謝罪しよう。詫びに……そら、砂糖菓子だ」

「え! 甘いものは貴重って言ってたのにいいの? って、これ、髑髏!?」

「約束を守れたイイ子には褒美が必要だろう? それと、アステカと髑髏は切っても切り離せない縁がある。死者の日を知らないか? 現代メキシコではこれを供え死者を迎え入れる文化がある。似たようなものをオマエは知っているだろう」

「お盆みたいなものかな……? 海外にもいろいろな文化があるんだね」


 ぱちぱちと目を瞬かせて、少女は手のひらにのったカラフルな髑髏を眺める。この反応を見るに、少女の生まれ育った日本ではメジャーではない文化らしい。聖杯から仕入れている知識からしても、日本は宗教然り文化も多種多様なものを取り入れており、かなりの柔軟さを持ち入れている民族。
 それを当たり前だと思っているところさえ、あまりの純粋無垢さに汚したくなる。
 にやにやと男は機嫌良さそうに少女を見下ろしているが、その姿を見て少女も嬉しそうに笑って、元気そうで安心した、と告げた。男の体調不良は文字通り完治しており平静なのだと実感できたから。

 ――はてさて、この体の内にあるはずの内蔵がいくつか失せていると告げたら、どんなに可愛く泣いてくれるかねえ。

 清々しいまでに新たな愉悦を見いだしつつも、男にしがみついたまま甘味を食す少女が……まあ、それなりに気に入ったので、しばらくはこのままでいてやるか、と少女を眺めることにする。
 少女は神様だからと遠慮をしていた部分があり、それは畏敬の念だろうと男も承知していた。
 しかし一度人間だと知ってしまえば不思議なもので、少女の中では幸か不幸か男が身近な存在になってしまったのだ。触れることも畏れていたのに、今では男を逃がさないといわんばかりにその腕にしがみついている。
 男から貢がれた砂糖菓子に何が込められているのかも知らずに、少女はひとつひとつ大切に体に取り入れた。


「その、しばらくは……ここにいる?」

「そうだな。デイビットとの予定もあるが、しばらくは傍にいてやるよ」


 ただの人間が神の魔力を食して正気を保てるのか、お手並み拝見といこうじゃないか。
 少しは男にとっての楽しみがなければ、わざわざ保護した価値がなくなるというもの。もちろん預かっているスマートフォンも楽しく解析して量産してやろうと目論んではいるが、もっと愉快なことになるのは当然目の前にいる少女だ。

 神と崇め縋り付いてくる俗物となり果てるなら切り捨てるだけだ。あの胸に秘めた激情を、元の世界へ帰りたいという欲望を抱いたまま、果たしてオマエは進めるか?


「本当!? なら、一緒にご飯食べてほしいです……」

「はははは! 本当に赤ん坊だなあ! いいぜ、一緒に食べてやるよ。オマエが望む“家族”のように、なぁ?」

「ありがとう、テスカトリポカ!」

「あのなあ……そう警戒心がないのもどうなんだってテスカトリポカ思うワケ」

「え! したって無駄なのに!?」


 一瞬の静寂。
 まさか、神であるという理由でこの“テスカトリポカ”を警戒していないのか?という傲慢な事実に、男は腹を抱えて笑う。


「いや、ニッポンでは神様に意地悪されないのかよ」

「する神様もいるけど……基本的には優しい神様の方が多いんじゃないかなあ? そんなに詳しくはないけど……」

「ふうん、それは面白そうだ。無事帰れたら案内してくれや」

「もちろん! いいところだよ、日本」

「へえ、そうかい。……はー笑った笑った。本当にオマエさんは見ていて飽きないねえ、なまえ」

「あ、今……!」

「夜も深い。良い子は寝る時間だ」


 煙草に火を灯した男は煙を吐き出して少女を包み込んだ。力なくもたれ掛かった少女の体を抱き上げて、そうっとベッドに横たわらせる。
 無知は罪深いと男は思っているが、これも一興か。このテスカトリポカに対する少女の態度は、本来なら咎められるべきものかもしれない。しかし男は全てを許した。


「せいぜいこの俺を楽しませてくれよ? なまえ」


 男は少女の華奢な体を指先でなぞりながら、美しき心臓の在りかに印をつけるかのように、その真白い肌に唇を寄せるのだ。


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