雨が止むのを待って帰ろうか、それとも濡れるのは覚悟で走って帰ろうか……と、果たしてどちらがいいのか雨雲レーダーを確認しようとスマホを取り出す。
今日は授業のコマ数も少なくて早めに帰れる日だったのについてない。小さくため息をつきながら確認した雨雲は、どうやらまだまだどこかにいく気配を見せないものだった。それどころか、ますます雨足が強くなるという予報に肩を落とす。
う〜ん……仕方がない。学内のカフェで時間を潰すか、と踵を返したところで手に持っていたスマホがぶるぶると震え出した。これは電話だ……と誰からだろう?と表示された名前を見て私は大慌てで受話ボタンを押す。
「晋作さん、どうされましたか?」
『確かこの曜日ってもう授業終わってたよね?』
「……? はい、終わってます」
何かあったのか、と心配して電話に出れば、聞こえてきた声はいつもと変わらないもので私はほっと胸を撫で下ろした。授業の有無なんて気にしてどうしたんだろう……?と首を傾げつつ返事をすれば、嬉しそうに彼は私の名前を呼ぶ。
『ね、外見てよ』
「外……? えっ!?」
彼の言葉に引きずられるように外を見れば、電話の主が小さく手を振りながらこちらを見ていて、突然のことに声を上げてしまった。彼が大学まで来るなんて……!と慌ててそちらに向かえばお疲れ様、と優しく微笑んでくれる。
どきっ、と心臓が高鳴り頬が熱くなる様を見られたくなくて俯き加減でお礼を伝えれば、それが気に入らなかった彼にぐいっと顎を掴まれて無理やり目線を合わされてしまった。
「ほら、折角僕が迎えに来たんだから、顔を見せてくれよ」
「す、すみません……。あの、でもどうして……?」
「ん?ああ、この間傘を僕に貸してくれたろ? で、今日の天気予報は雨だし傘を持ってない君を迎えに来たってわけ。駐車場に車置いてるから、家まで送るぞ」
「いいんですか?助かります。ありがとうございます」
願ってもない彼の言葉に一も二もなく私は頷く。さらっと彼は私の持っていたバッグを手に取り、傘を広げて私に入るよう告げてきた。てっきりもう一本私が貸した傘を渡されるものだと思っていたから、どぎまぎしながら彼の隣にお邪魔する。
あ、相合傘だ……!まさかこの年になってすることになるとは、とまたまた頬が熱くなるのがわかって恥ずかしい。彼もそれに気づいたのか、くす、と小さく笑みを零した。また揶揄われてしまう!と、私は慌てて彼に声をかける。
「あの、お仕事は良かったんですか?」
「今日は特に予定もなかったからね。社員は基本的にリモートだから、僕も出社しなくていいし。というわけで、デートするかい?」
「どういうわけですか……!?」
「えー。僕と出かけたくない?」
「出かけたくないとは言ってません! その……。私もこの後予定はないので付き合ってあげてもいいですよ」
「ハハハ、ありがと。本当に君は可愛いねぇ」
ちらり、と仰ぎ見た彼の表情は本当に楽しそうに笑っていて、気分を害した様子はなさそうで安心した。本当はもっと素直に彼の言葉を受け入れたい気持ちはあるのだが、どうしても恥ずかしさが勝ってしまってあんな風につっけんどんな言い方をしてしまう。けれど大人な彼は、そんな私も大らかに受け入れてくれて、甘やかしてくれるのだ。
……ずるい、なあ。いつになったら私は彼に追いつけるのだろう。
彼の婚約者だからと言って胡座をかくつもりは毛頭ない。彼に相応しい女性になれるよう日々努力を重ねているつもりだ。けれど、それでもやっぱり何かが足りないと常々考えてしまう。
「今日は僕が君を独り占めできるなんて、本当に最高だね」
大学から駐車場まではそう離れていないので、あっという間についてしまった。もう少し相合傘したかったなあ……なんて、考えてしまった自分が恥ずかしい。
がちゃりと助手席の扉を開けて私をエスコートしてくれた彼にきゅん、とまた心臓が跳ねた。そういえば大き目の傘だったとはいえ二人入れば肩くらいは濡れそうなものなのに、私は全然濡れていないことに今更気が付く。
しかも、バッグを持ってくださったのにそれに対するお礼もまだ言ってなかった!!
「その、バッグもありがとうございました」
「気にしないでよ。そういうのは男の仕事ってね。さて、まずはどこに行こうかな……」
真剣な表情を浮かべてハンドルを握る彼に、本日何度目になるかもわからないくらいにときめいてしまう。本当にずるい人。彼はきっと婚約者だからこんなにも私に優しくしてくれるのだろう。私はこんなにもあなたを慕っているというのに。この想いは一体どこに吐き出せばいいのだろうか。
あなたとならどこへでも、というまるで告白じみた言葉をぐっと飲み込んで、私は心臓を落ち着かせるようにそっと深呼吸を繰り返した。