友人


体の震えが止まらない。
涙の溢れ出る勢いが収まらない。
心臓の高鳴りが、どんどん早くなっていく。

あの人がいた。本当に、あの人なんだろうか。どこに向かっていたのだろうか。そんなこと、私が知ってもいい事なんだろうか。私のことを、覚えているのだろうか。何年も前なのに、覚えている訳がない。

会いたい。私なんかが、会っていいわけない。

頭の中の思考に、喜びと当たり前のことが巡る。巡りすぎて、考える事をやめたくなるぐらいだ。

揺れる地面が、がたん、と止まった。それと同時に、床に崩れ落ちていた私の腕がぐんと引っ張られ、立ち上がり、足が前に出る。

「レティ、敦史!お前らは先に行って郁さんに説明しといてくれ!!」
「な、那智……!?」
「フィオナ、降りるぞ!!」

レティの引き止める声を背に、那智に腕を引かれて箱型の乗り物を飛び出した。私の体が外に出た瞬間、真後ろにある扉が閉まり、風を起こしながらそれは過ぎ去っていった。
那智に再び引かれながら、駆ける。未だに私の視界ははっきりしていないから、足下が不安になる。那智の考えがわからなくて、不安になる。

駅から飛び出すと、那智は走るのをやめ、私の腕を離して抱えていたいつものスケートボードを地面に置き、それに片足を乗せた。
そして、私に向かって手をさしのべた。

「乗れ、フィオナ!」

言われたまま、その手を掴もうとした。けれど、はっと気づき、私は伸ばした手を自分の胸元まで戻した。
那智はきっと、自分の能力を使って先ほど見かけた、あの人かもしれない人の元へと私を連れて行こうとしてくれたんだろう。彼が力を全力で使ったときのスピードは、もう何度も目にしてきた。本人はまだまだだと言っていたが、それは驚くほど早いスピードを出せる。
でも、何よりいつも使っているのは広い場所で、ここは狭い町中。細かく力をコントロールもしなければいけないし、あの人かもしれない人がいたところまでどのくらいかかるかも分からない。ここは知らない場所だし、道に迷うかもしれない。長時間力を維持して使うのは、体に負担がかかってしまう。

本人かどうかすら確信が持てない。それはずっとそうだけど、そんなことに能力まで使って貰うなんて、私なんかの為になんて、絶対にしてはいけない。

那智の手は行き場を無くし、表情は何か言いたげな、そしてもどかしそうな顔をしていた。
そんな表情をさせてしまったことにも申し訳なくなり、ぎゅっと、自分で自分の手を握りしめる。

「な、那智……その、いい……。み、間違い……かも、しれない、し……。もし、間違い……だったら、那智に、…負担、が……かかってしまう、だろうし……。こ、れ以上……那智に、迷惑を……、か、かけられない……から……。あの…」
「っ、こんっのっ、馬鹿野郎!!」

那智の怒鳴る声。そして、ごんっという鈍い音が響く。その音と同時に頭に衝撃が走り視界がちかちかと揺れた。
一瞬、何が起ったのか分からなかった。ただ、それは、響いた音は少し聞き慣れた音だった。痛む頭を抑えて、那智をみる。それは、いつもなら那智とレティが淳史にされていることだった。

何故、私は那智に殴られたのか。どうして那智が私を殴るまで怒っているのか分からない。私は少し震えた声で「那智……?」と声を掛けると、透き通るような那智の瞳が私の姿を写した。

私を睨み付ける那智の目は、真剣だった。怒りと共に、真剣に私を見ていた。

「ふざけんな!なんでお前はいつもそうなんだよ!!誰に迷惑がとか負担がとか、そういうことばっかりいいやがって!!」
「じ……事実…だから……その…私、なんか……に…」
「ああもううるせぇな!!そのなんかにっつーのも止めろっていってんだろ!!」
「し、しかし………」
「だぁっから!!」

ぐっと胸ぐらを掴まれ、那智との距離が一気に近くなる。その真剣な瞳が私だけを捉えている。正面からこんなに、誰かに私を見ていてもらったことはなくて、言い表せないような不安と混乱と、胸に何か込み上げるような物が溢れてくる。

「俺や淳史とレティぐらいには迷惑かけてもいいんだよ!」
「ど、どうして……いい…なんて…」
「どうしても何もお前は!俺達の大切な仲間で−−−友達だろ!!」

那智の叫びにどくん、と胸が動く。あの人を見つけた時のような、だけど、何かが違う音がする。私の中で何かが崩れて行った。がらがらと、幼いあの日のように私の中の何かが壊れていく。
あの日のよう……なのだろうか。本当に、あの虚しく崩れていくものと同じなのだろうか。

頬を何かが伝うのが分かった。さきほどまで流していて、やっと収まってきたはずのそれが再びあふれ出てくる。それに驚いたような那智は、掴んでいた私の服を離した。
私は、ぼろぼろこぼれ落ちて止まることを知らないそれを、顔を覆って必死に抑える。どうして、こんなにも溢れてくるんだろう。いや、どうしてなんて……言わなくても、分かっているはずだ。

「なち……い、いい…のか…私…が…ゆ、ゆう…じん……で…っ」
「……いいも何も…今までずっと俺はお前のこと友達だと思ってたっつの。…これからもな」
「……あ…っ…あぁ……!」

優しい那智の声が、私の中の何かをさらに壊していく。がらがらと崩れていくその音は、ずっと恐怖でしかなかったのに、今この時のその音は心地よくて、暖かくて。
ああ、そうか、この音は……この、壊れた物は……。

私の中の、人との、壁が、壊れた音だ。

その壊れた壁の先には暖かくて、優しくて、強くて、気高くて……私を、何も持っていない、一度私の世界から役立たずと言われた、こんな私を……そんなことは関係ないと言ってくれる人達が、いる。
こんな時、なんて言えばいいのだろう。ごめんなさい?それは、いつも言っている。私なんかでいいのか?それは、いつも怒られている。申し訳ない?それは、もう怒られた後だ。
何を言えばいいのか分からない。だけど、震える唇は、喉は、既に言葉を出す準備は整っていた。

「…あ……あり、がとう……那智……!!」
「…おう」

ああ、そうか、この言葉は、この時に、こういう気持ちに、使うのか。

那智は私の頭を一撫でした後もう一度私の目の前に手を差し出してきた。その手を、私は何も迷うことなく握り、スケートボードに足を乗せた。

友人が一言、「行くぞ!」と叫んだ瞬間、まるで風になったようだった。


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