一瞬


私は、他人に迷惑をかけて生きることしかできていない。

一度イギリスの学院に入学し、そこで同じチームとなってくれた三人には私が抜ける事により迷惑をかけ。
移動した日本の学院でも、勉強不足のために人と話すたびに迷惑をかけ。
チームになってくれた彼らの時間を、私の私情の為に割いて迷惑をかけ。
戦闘では、自分の心の弱さによって足を引っ張る事も多々あり迷惑をかけ。
――母親には、言葉では言い切れないほどの迷惑しかかけていなかった。

あの時から、私は何も変わっていない。あの人が助けてくれた、あの日から変わろうとしても、結局誰かに迷惑をかけるだけの日々。
そんな私が、あの人に会いたいなど、きっと、最大の迷惑だろう。本来なら、こんな周りに迷惑をかけるなら、もう何もしないでいたほうがいいのかもしれない。

ああ、でも。
もしかしたら、もうすぐ、諦めかけていた願いが、あと少しで叶うかもしれない。優しく、強く、こんな私の背中を押してくれる友人達のおかげで、もしかしたら。

あの人にあったら、何を言えばいいのだろう。あの人は、私の事を覚えているのだろうか。
覚えていなければ、突然「ありがとう」なんて言うのは迷惑だろうか。
でも、今までただ一言、そのお礼の一言だけを言いたかった。
それだけだったから、もし、本当にあえるとなった時のことなんて考えていなかった。

なんて言おう、どういう顔をして話そう。
あの人は、どんな風に、どんな声で答えてくれるのだろう。

不安と期待と、幸せな気持ちが募っていく。




「目星が付いたぁ!?」
『うん、確信じゃないけれどフィオナちゃんが言っていた人に店長は心当たりある人がいるらしいよ。ああでも確定じゃないから、流石に名前とかの情報はまだ教えられないらしいね。まったく、情報って言うのはややこしいと思わないかい那智くん』
「お前の長ったらしいその喋り方のがややこしいと俺は思うけど、今はどうでもいい!」
『あ、酷いや』

授業は全て終わり、放課後。今日は那智の知り合いをたどって捜そう、という話になっていたところ、龍樹から電話が掛かってきた。
私やレティ、淳史には龍樹が那智になんと言っているのか分からないが、那智の表情はすごく驚いている。

那智は一言二言、と返事をし、電話をしながら器用にメモを取っていく。
私はというと、とても落ち着かない。那智が言った『目星が付いた』という言葉の意味がよく分からないから、一体どんな内容だったのだろう。

ちらり、とレティと淳史の方へと視線を送ってみる。それに気付いた淳史は、今まで見てきた中でも一番優しい笑顔を見せて私の頭を撫でてきた。

「よかったなフィオナ!!あの様子だともしかしたら見つかったかもしれねぇぞ!」
「そ、そう、なの…か……!?」
「目星が付いたと仰ってましたし、確信ではないでしょうけど可能性は高いですわね」
「……!」

ああ、ああ。そうか、『目星が付いた』というのは、いいことの意味なんだ。
もうそれだけで涙が出てきそうになってくる。もしかしたら、もう二度と会えないんじゃないかと思っていた。私が集めた情報自体が、あの人ではないんじゃないかと思っていた。でも、やっと、たどり着くかもしれない。

ドクドクと心臓が高鳴る。今まで生きてきた中で、一番心臓がうるさいかもしれない。
電話が終わったのか、那智が耳からケータイを離した。どうだった、と淳史が声をかけるが何故かそれに反応はなし……だけど、那智は勢いよく私の腕を掴んだ。

「いくぞフィオナ!!」
「え、ど、ど、どこ、に…」
「討伐団本部!!フィオナの言ってる人かもしれない奴が今日は本部の方に顔出してたらしいんだよ!そんで龍樹のとこの店長が話し通してくれたみてぇで、同伴つきなら本部でその人探す許可くれた!同伴は俺の知り合いの郁さんって人に頼んだから、いけるぞ!!」

那智は興奮気味の口調で、私が聞き取るには難しい早さで話したから正直なんて言ったのかほんの少ししか分からない。
でも、これはきっと悪いことじゃない。悪いことどころか、きっといいことが起っているんだ。いつも悪い方向にしか考えられない私ですら、分かる。

ぐんっと那智に腕を引っ張られてそのまま駆ける。後ろからはレティと淳史も走って着いてきてくれていた。

腕を引っ張られて走る……のは、正直、昔のことを思い出して苦手、な、はずなのに。
今はそんなこと、考えていなかった。ただただ、那智の引っ張ってくれる方向へと足を進めた。前へ、進むべきだと。今此処で戸惑ってしまったら、今までしてきたことが全て意味をなさなくなってしまう。
私が迷惑をかけた人々にも、その迷惑が何も意味をなさなく本当にただの迷惑で終わってしまう。

それだけは、分かった。だから、本当にただただ走った。

会いたいと願う人の元へと向かうのは、これが二回目。
だけど、あの時とは、違う。



学院から一番近い駅は現在放課後だからか、帰りの学院生がすごく多い。その雑踏を掻き分けて、私達は車両に乗り込んだ。

「っ、か、駆け込み、セーフ…!」
「な、なんで、電車なんですの…!私が、車ぐらい、出しました、のに……っ!」
「……あっ、」
「今気付きましたわね!?」

学院から駅まで全力で走ってきたので、私たち四人は全員息を荒くして必死に息を吸っていた。
それだけでも周りの乗客が「どうしたんだ」と言いたげな目で見ているが、那智とレティの言い合いによりその視線はより一層強いものとなっていた。

「ふ、二人とも……その、も、もう少し…」

声をかけてみるが、自分も息が切れているので二人には聞こえていないようだった。どうしよう、と敦史に目を向けてみると、いつもより少し控えめに二人の頭を叩いて制裁した。
普段なら一言二言いうレティと那智だが、今日は電車だからか二人とも少しすねた様子で落ち着いた。

ガタゴトと動くこの乗り物は、私にはどうも乗り馴れない。生まれてこのかた、確か日本に来たときに、学院に向かうときに乗ったときぐらいだ。
すぐに揺れる床は、どうも気持ちが不安になる。

那智と敦史の話を聞いていると、討伐団本部は少し先で、乗り換えというものもしないと行けないらしい。
よくわからない、という顔をしていたのか私の方を見た那智は「とりあえず外の景色でも眺めておけよ」と、窓の方を見る事を促した。
やることもなく、ただ電車に揺られる事しかできないので、言われた通り窓を眺める事にした。

ゴトン、と電車が揺れる。

過ぎていく景色。窓の外の道には、人通りがほとんどない。
敦史曰く、今電車で過ぎている少し先の場所で、魔物が発生したらしいからじゃないか、とのことだった。

また、ゴトン、と揺れる。
その揺れとともに、過ぎていく景色の中で人がいるのを見た。

その、一瞬だけ見えた姿に、心臓が大きく揺れた。
思わず、床に、崩れ落ちる。

「フィオナ!?」
「……っあ…」
「どうしたんですのフィオナ!?」

頭の上で那智達の声がする。知らない人の声も、聞こえる。

何でもない、とは、言えなかった。ぼろぼろとこぼれ落ちる涙をこらえる事なんてできなかった。

一瞬だった。ほんの、数秒もない時間。
もしかしたら、見間違いかもしれない。幼い頃の、たった一回だけ。記憶の中での人。だから、本当にそうだと言い切れるわけがない。
でも、何故だろう。

あの一瞬だけでも、そうだと思う何かが、私の中にあった。


震える口で、私は、心配する人達に告げた。

「あの人が、いた……っ」



あと、少し

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