聞き込み
授業が終わり、今日はチームの奴らと出かけたり修行したりとかいう予定はなかったからそのまま一直線に家に向かった。討伐団から一番近い駅で電車に乗って、少し揺られたら自分が住んでいる地域。駅から少し歩いたらもう自宅だ。
乗っていたスケートボードから降りて、それを脇に抱えて玄関を開ける。ただいまと言ったら母さんからおかえりの返事が返ってきた。俺にとってはこれは普通のことだけど、学院にいる人間の半数はこれが普通じゃねぇんだよな。なんて思いながら自分の部屋に入る。
スケボーを壁に立てかけて、ベッドに勢いよく飛び込む。少し疲れたのか、すぐに瞼が落ちそうになってきた。宿題とかあんのに寝たらやばいと思って、今日あったことを必死に頭に思い浮かべる。
そういうや今日、フィオナの様子が少し変だったからどうしたのか尋ねてみたら、夢を見たと答えられた。その夢の話は、初めて聞くフィオナの親の話だった。後半はずっと言っていた恩人の話の詳細……のようなもの。
今まで話さなかったのは、自分みたいな人間の話なんて……と相変わらずの言い分。あと、ちゃんと説明できるほど日本語が備わってなかったからだとか。
「……あー……っ」
ガシガシと頭をかく。話をしていたフィオナの顔を思い出すと、どうも居ても立っても居られない。今日もあいつは例の恩人を捜していたし。つか、そんな夢見たら捜すしかないか。
「………よし!」
ベッドに預けていた体を起こして、スケボーを再び抱えて部屋を出る。帰ってきてすぐに出掛けようとしている俺を発見した母さんはどこに行くのかと尋ねてきた。
「ちょっと近所の教会行ってくる。郁さんに聞きたいことあって」
それを聞いた母さんは「夕飯までには帰るのよ」なんて、やっぱり普通のことを言って俺を見送った。あんな話を聞いたら、なんか、母さんのその普通なことがむず痒い。
行ってきます、とだけ告げて、俺はスケボーに乗り地面を蹴った。
***
郁さんがいる教会は、俺の家からほんの少し離れた場所にある。中学の時は毎日前を通っていたかけれど、学院に行く通学路とは真逆だから入学してから行ったこと無かったな。と今更ながら思い出した。
彼が討伐団員ってことを知ったのは俺が学院に入学して、母さんが教えてくれて初めて知った。けれどあの優しそうな神父が魔物と戦っている所なんて想像出来なくて、当時は特訓して欲しいとか全く思っていなかった。卒業出来たんだし確実に俺より強いのになんでそんな風に思ったんだ俺は。今考えるともったいないことしていたな。
そんなことを思いながらスケボーを滑らせていたら、もう教会が見えてきた。当然だろうけど、あまり変わってないなと思いつつ入り口に向かう。
教会の入り口が見えてきたら、そこから誰かが出てきて俺が居る方とは反対側に向かって歩いて行った。礼拝客かな、と思ったけれどなんだかそういう雰囲気の人っぽくはなかった。
というより、何度か見かけたことがある気もする。知り合いではないけど、何度か見たことが………。
「………あ、学院の近所のラーメン屋の店員」
ひねり出した記憶と、見た目が一致できたことに思わず声が溢れた。もう数十メートルも離れているからその人には俺の声は聞こえなかったらしい。
この辺に住んでいるのか、それとも郁さんと知り合いで用事でもあったのか。…そういえば、あまり気にしたこと無かったけど対抗戦の審判にもたまに見た……気もするかもしれない。
でも流石にそんな常連でもない店の店員かどうかの確認なんてすることもなかった。
今度ラーメン屋に行ってみて俺が覚えている且つ暇そうだったら教会に行ってたか聞いてみよう。
木造の扉を開けると、ぎぃ…っと古めかしい音が鳴り響く。中には誰も居ない……が、教会の奥にある扉が勢いよく開いた。それに驚いて思わず肩が跳ねる。
「え……あ、那智くん……?」
「お、お久しぶり、です……」
扉から姿を現せたのは、この教会の神父であり俺がここに来た目的の郁さんだった。
呆然としている俺を見て、郁さんはこほんと一つ咳払いをした。それから、前に見ていたいつもと同じ柔らかい笑みになった。
「……はい、お久しぶりです。すみません驚かせてしまって……。どうかしたのですか?」
「少し聞きたいことがあって来たんですけど……」
聞きたいこと?と復唱されて、俺は返答の代わりに頷く。それを見て郁さんは少しの時間唸って、立ち話もなんだし中で話そうと提案を持ち出してくれた。それを断る理由も特にないし、座れるなら全然良いかと思い俺はそれに乗った。
郁さんは教会に繋がっている扉から、自室の方へと案内してくれた。準備している時間なんて殆ど無かったのに、すぐに紅茶とお茶菓子が出てきた。それに座った椅子は少しだけ暖かみがあった。ほんの少し前まで誰かと話していたのだろうか。
俺はもらった紅茶を一口だけ飲んで、カップを置く。
「実は、チームメイトが人を捜してるんですけど……」
「褐色の肌で、サングラスをかけた方……ですか……」
「そういう人、知り合いにいませんか?」
一通り説明をして、最後にフィオナが言っていたその恩人の特徴を告げる。今までずっと学院生を捜していたけれど、見つからない。フィオナが日本語を勉強しつつ、俺達は学院の課題や特訓をしつつ捜していたからこんなに時間が掛かってしまった。けれど、学生では一切見かけないんだ。となると、もう卒業している可能性の方が高い。だから、卒業生で討伐団員である郁さんを尋ねた。
この人なら交流関係とか広そうだし、いけるんじゃないか。少し期待が膨らむ。
……が、その期待は直ぐに砕け散った。
「すみません……。僕はあまり他のチームの方と交流がなくて…」
「な、いん…ですか……」
「お力になれなくてすみません」
ぺこり、と頭を下げられてこっちも慌てて頭を下げる。
期待をしていた分、少し落ち込むが、まだ討伐団員の人に聞きながら捜すのは始まったばかりだしと思って気を持ち直す。
郁さんが微力だけれど自分も探すのを手伝う、と言ってくれて申し訳ないけれど凄く助かるから是非、と即答した。俺達だけでは見つからないかもしれないし、討伐団にいるなら同じ討伐団の人の方が断然見つけやすいだろう。
「ありがとうございます。なんか、本当に大切な人みたいなので」
「大切な人…ですか……」
今まで柔らかい表情だった郁さんに、ふっと影が出来る。それを見て思わず「どうしました?」と聞いてしまった。表情的に、少し余計なことだったかもしれない。
郁さんは困った様に笑って、俺をみた。
「…本当に辛いのは、大切な人がどこにいるかも分かっているし、話すことが出来るのに……伝えたいことを伝えられないことだと僕は思うので……。フィオナさんが、その人に会えたら思いを伝えられることを、本当に祈っています」
「……経験談…ですか?」
思わず口に出してしまってはっとする。
流石にプライベートにつっこみすぎたか、と思ったがそんな俺のことは気にしていないように「恥ずかしながら」と、少し眉を垂れさせながら答えた。
「……那智くんは大切なものが2つあって、どちらか片方しか選べない場合どうしますか?」
「え、うーん…」
突然の質問に思わず唸る。そもそもそういう場面になったことがあまりないから、脳内には漫画のような崖に落ちかけてる友人と恋人どっちを選ぶか、のようなイメージが浮き上がる。
「……両方選べる方法を探す」
唸った結果、出来ないと言われてないならやっぱこれだなって思って口に出すと、郁さんはなんか安心したような表情をしながら「そのままの那智くんでいてくださいね」とか言われた。ちょっと子供扱いされてる気もしなくもない…!
その後数分ぐらい雑談をしてると母さんから早く帰ってこいという連絡が来たし、家に帰ることに。
郁さんは明日討伐団本部に向かうから、元チームメイトに聞いてみるということと、何かあれば連絡ください、と連絡先の書いたメモを渡してくれた。
ひとまず、今までよりは一歩前進した……んじゃないかな。多分。