演習前日


学院が所有している、北側にある森。学院の事務の一つである「学生課」から許可をもらえば、学院生であれば誰でも自由に使用ができる、特訓等のための場所。
明日は実践演習というのもあって、森を使用して特訓や調整をしている学院生が多くいるようで、耳を澄ませばあちこちから能力を使って木を攻撃しているような音や、銃声が聞こえてくる。

かくいう俺達チーム五十嵐も、対抗戦の後に森に来て明日の演習に向けて最終調整をしているんだが………。

「っだーー!くっそぜんっぜん当たらねぇ!!」

現状、調整どころの話じゃないレベルで俺の調子が最悪だ。
レティが緑の能力で作り出した弓矢で俺を狙い、俺がそれをいくつ落とせるかの、レティと俺がいつもウォーミングアップ代わりにしている特訓。いつもなら6割から7割は落としているのに、今日に限っては半分以上落としていないし避けきれずに次々当たっていく。
矢の先は貫くようなものじゃなく、綿で覆っているレティ特製の特訓用の矢だから当たっても身体に問題はないんだが、俺が落とし切れていないという問題が発生する。

俺が叫んだことにより、矢を打っていたレティが弓をおろし、眉間に皺をよせながらつかつかと俺の方へ早歩きで迫ってきた。

「ちょっと那智、ふざけていらっしゃいますの!真剣にしないのであればフィオナと交代してもらいますわよ!」
「うっせぇ俺がお前との特訓でふざけたことあるかよ!真剣にしてるっつの!」
「そんな言い訳通用すると思って!?いつもより集中できていないことぐらい、いつも特訓している私に見抜かれていないと思っているのでしたら心外ですわ!」
「お前等仲良く喧嘩すんな!」

お互いつかみかかる寸前で淳史の声によってぐっととどまる。
淳史と一緒に特訓していたフィオナが心配そうに、少し遠目から俺達を見ているのが俺の目に入った時、レティがフィオナの名前を呼んでそのままフィオナの元へ行ってしまった。
それを横目に、淳史は俺の方にやってきてため息交じりで「何やってんだよ」と声をかけてきた。

「…ちょっと調子が悪いだけだ」
「能力の方じゃねぇよ。明日演習なのに何レティと喧嘩してんだって話だ。明日は戦闘にまだ慣れていない一年目と合同だってのに、こっちがチームワーク取れずに後輩を引っ張っていけるわけないだろ。つかお前対抗戦のオーダーのことだって結局謝ってないな」
「ぐ……っ」

淳史に正論を言われてぐうの音も出ない。もちろんオーダーのことだって謝っていないのも図星。タイミングがなかったというか、出雲に瞬殺されたことばかり考えていてすっかり忘れていたというか……。
流石にちょっと俺が悪かったかなと、ちらりとレティとフィオナの方を見てみたら丁度レティと目があったが、つーんと顔を背けられて余計にかちんとくる。何もいってないだろ!

「あー、ったく。レティには俺からフォローいれといてやるからお前はちょっと冷静になれよ」
「いてっ」

淳史に軽く頭を小突かれたと思ったら、目の前には握りしめた拳が残っている。なんか握ってんのかなと思って手をだしてみたら、淳史の手から小銭がジャラジャラと出てきて俺の手のひらに落ちていく。
冷静になるついでにこれで俺達の飲み物もついでに買ってきてくれよ、という淳史についでにパシリに使うんじゃねぇよ、と軽口を叩きながら小銭をパーカーのポケットに仕舞う。

「お使い頼んだからなリーダー」
「うっせ、こういう時だけリーダー呼びすんじゃねぇよ」

森の入り口である学院の北門近くに自販機があったから、そこでなんか買ってくると淳史に伝えてフィオナとレティが居る方向とは逆の方へ歩く。


冷静になれ、と淳史にいわれて確かに今日の自分はいつも以上に勝手なことしてたな、とは反省する。
ゴールデンウィークに入る前の、4月での対抗戦でもそこまで成績はよくなかったことや、後輩が入ってくることに焦って、連休中には一応は自分なりに特訓はしていたからこそ、今日の対抗戦は気合いが入っていたのに、あのざまだ。

学院に入ってまだ一年、もう一年だ。去年は戦闘するということになれるのに必死で、一瞬で一年が過ぎ去っていった気がする。そう考えるとこの一年だって、気がついたら終っていたなんてあり得なくもない。
自分の実力は正直平均並だ、そこまで目立つような能力でもないし、戦い方でもない。いやスケートボードに乗ってる奴はあまりみないけど。
最近どうも、自分が強くなれる道が中々見えない。壁にぶつかっている気分だし、実際ぶつかってるんだろうなと思う。
そこであの瞬殺された対抗戦と、出雲のコメントだ。

「っあーーー!冷静になれってどうすりゃいいんだよ!」
「おうおう!そんなもんこうすりゃいいんだよ!」
「は?うわ!」

聞いたことのある声に顔を上げたら、正面から水をぶっかけられた。もうそりゃぐっしょりと。それをみてかけた本人がケラケラ笑う声と、正面からいっちゃったねと少し哀れむような声が聞こえてくる。
濡れて顔面にへばりつく髪をかき上げて、その水をかけてきた犯人を睨み付ける。ペットボトルの口をこっちにむけて、にやにやと楽しそうな笑みを浮かべている、女。

「たぁーちぃばーなぁ〜?いきなり何しやがる!!うわしかも匂いあっめぇ!ジュースかけたなお前!!」
「はっはー!冷静になりたいと言っていたのはお前だ那智!そう通常ならここで能力でだした水をぶっかけてやるのもまあよかったかもしれないが?そんなありきたりは面白くないなつまらないな!?そして俺はこの手の中にある無色の香り付き飲料を咄嗟にかけてやったのだ!安心しろ桃色の香りでとてもフルーティーになったぜ!これでスイーツ系女子にももってもてだな!」
「嬉かねぇよ!」

俺に水をぶっかけてきた女―――橘友香は、小柄な身体にシックなセーラー服、黒に近い青い髪は毛先にかけて水色になるグラデーションとなっていて、それをツインテールにし、ピンクのリボンを結び目につけているなんとも「可愛らしい女子」の格好をしているこいつは、その見た目からは全く、これっぽっちも想像できないような口調で、こっちが口を挟む暇もない早口で言いたいことだけを言いまくり、親指をぐっと立ててドヤ顔をする。
三年目の、チームリミットのリーダーであるこいつは俺の先輩にあたるチーム海と仲がよく、歳は一つ上だが時折交流がある友人の一人だ。…友人の一人なんだが、昼間話題に出していた三年目は変な奴が多いと思う要員の一人でもある。ほんと見た目と中身がちぐはぐすぎてどうなってんだこいつ。

服の裾で顔を拭いていたら、もう一人からすっとハンカチを差し出されてそれを受け取る。

「悪いなイチカ」
「どういたしまして」
「しかしお前もこんな面白人間代表みたいなのとよく一緒にいれるな」
「友香は一緒にいて飽きないからね」
「おうおうおう!俺とイチカの仲を愚弄するきかなっちゃんよ!おーん!?」
「してねぇよ!なっちゃん言うな!」
「面白人間代表なんて褒めたってこの桃の香りただよう無色飲料水のの残りはやらねぇぞ〜〜!!」
「話が前後してんじゃねぇよ!褒めてねぇしいらねぇし!!」

ストレートの青髪に、白いリボンをカチューシャのようにしている女―――橘の友人であり、て俺と同じく二年目のチーム宗像に所属していて同い年のイチカは、夕介と幼なじみらしく、夕介と一緒にいたときにあいつがイチカに話しかけて知り合った。
橘とも友人というのを知った時は、人数が結構居る学院でも案外狭いもんだなと思ったな。
基本女は名字で呼んでいるが、イチカに関しては名字がないらしく、そのままイチカと呼んでいる。まあフィオナもないしな、名字。

あまり人を寄せ付けないような少しつり目気味の目つきの見た目とは裏腹に、案外人懐っこく明るい性格は橘みたいなぶっとんだ性格の奴とも付き合いがいいようで、頻繁に二人でいるところを見かける。
二人とも俺と同じく明日の演習のために森に特訓に来ていたようで、今は自販機の前でチームメイトを待っているらしい。

「このハンカチ洗って返すな」
「気にしなくて良いのに。ところでどうしたの那智くん」
「どうしたって…」
「冷静になりたいみたいだったから」
「あー…」

少し心配そうな目でじっとみてくるイチカ。あんだけでかい声で言っておいて「なんでもねぇ」と言えるわけもなく、頬をかきながらかいつまんでここ最近伸び悩んでることと、出雲に言われたことと…それが原因でレティと軽く喧嘩していることを二人に説明した。
出雲の名前が出た時に、橘はあーっと察したような声をあげて再び親指をぐっと立ててきた。

「相手が悪かったな!」
「うるせぇ!どうせまだまだ実力がねぇよ!」
「いやー、別に那智が弱いっつーかなぁ、だって鈴佳だろ。視線云々はもう慣れと経験と戦闘センスの一つだから付け焼き刃でどうにかなるもんじゃねぇし、そもそもあいつとまともに戦いたけりゃ二手目も最低極めておかねぇと無理無理」
「二手目…?」
「お?聞きたいか??俺の指導を受けたいか?同じスピード特攻型戦闘スタイルの先輩としてアドバイスをやってやろうか?」

嬉しそうに、楽しそうに言ってくる橘にいらねぇよ!と返したいところだ。というかすげぇ腹立つ。顔が特に腹立つし何故か反復横跳びみたいなステップ踏んで全力で俺を煽ってきやがるからもうその手の中にあるペットボトルを奪って同じように水掛けてやろうかとか思うレベルだ。
が、現状誰かからアドバイスは欲しい。しかも橘が言ったとおり、こいつの戦闘スタイルは俺と同じくスピード重視の特攻型だし、三年目の先輩にあたるし、何度か戦っているのを見たことはあるが、こう見えて橘がかなり強い方なのはよく分かる。というか、対抗戦で見かけたとき負けたところを見たことがない気もする。

プライドやら煽られているいらだちやらをぐっっっと、いつもレティと口喧嘩している時以上に堪える。

「……お、おねがい…します…!」
「ものっすごい絞り出したお願いしますだな!まあいい素直な奴は好きだぜ!あと個人的にお前はなんかこう主人公的あれを感じるからヒーロー好きとしてはお前を応援してやる!!は、なるほど!さしずめ今の俺はヒーローの特訓成長回の立ち会い人ってところだな!」

その例えすげえわかるって言いてぇ!!!
こんなところで話が分かりそうな奴に出会うとか思ってなかったし、まさかそんな例えが来ると思っていなかったからすげえ面を喰らわされる。……が!だが!橘のことだここで俺もヒーローものが好きだなんて暴露したら絶対、確実に!話が脱線するのは目にみえている!
……今度、何か機会があったときにさりげなく話題を出してみるか。暇なときに、時間があって橘のテンションに合わせる体力が残ってる時に。

「と、まあこれと言って特別なことを言うわけじゃねぇけどな。二手目というか、攻撃する第二撃、第三撃がまだまだ甘いってだけの話だ。一撃目を磨いてるからはもう一年経ってんだ、強くなりてぇならあんま言い訳にはなんねぇよ。戦う時、初手ばっか考えててその後は割と考えがおろそかだろ那智」
「………まあ、否定はできねぇな…」
「次の一手を隠せ、視線で追うなっつーのはつまるところ動きを洗練しろってだけの話だ。初手しか磨いてなけりゃ次こうする、って考えながら行動してんだからそりゃどこかしらにそれを教える隙が出来るだろ。
ちなみに鈴佳は目をつぶってもお前に同じように勝ってると思うぜ。その時は『息づかいで私に教えたからだ』って言うだろうけどな」
「………」
「まあ目をつぶった流れは俺が言われただけだし前半も一年目の頃俺が鈴佳に土下座して教えてもらった内容だけどな!!」
「受け売りかよ!!!」

真面目に聞いていたのに一気に力が抜けて突っ込まざるを得ない。横で話を聞いていたイチカもこのコントみたいなテンポに思わず肩をふるわせている。

「とまあ今日俺から言えるのはこれだけだ!ぶっちゃけいきなり新しいことしろだのいつもやってるのと変えろだのいうと失敗しかねぇからな!明日に支障がでない程度に気にしとけ!!」
「くっそ、正論かまされてるのが本気で腹立つ顔してやがるこいつ!」
「はっはっはー!それがこの俺だ!しかし聞きたくなるだろうお前はそういう奴だ那智!まあ実践で経験積むのが一番だからな、明日頑張れよ!!ついでに第二撃はやるなら超個人的に!俺的に!いつもと違う感じの攻撃パターンをおすすめする!那智よ水色の能力以外出してみろ!いける!!」
「いけるか!そんな簡単に別の能力使えたら苦労してねぇよ!」
「そこをやってみせろよヒーローっぽいしさ!」
「お前ほんっっと、橘のそういうとこほんっっと!なんか言葉に言い表せないところがすげえあれ!!」
「あれって何さ。語彙力なくなってるよ那智くん」

落ち着いて落ち着いて、といさめるイチカの声を聞いて少し深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
橘のヒーローっぽいって言いたいところはすげえわかる。今までの戦い方じゃ倒せない敵が出た時に特訓して新しく身についた技は、いままでとはまた違ったものだった、なんて定番中の定番だ。それに憧れているところがある俺を、ヒーローとかいう文字まで混ぜてピンポイントでつくやつがいると思うか!いやおもわねぇ!

実はそういうのが好きなのバレてんじゃねぇの、と思って橘を改めてみるが、特に何も言わずに親指をまた立てるだけだった。
それが決めポーズのヒーローもいたことを思い出して、もしかしてこいつはそれが好きなのかなとかちょっと親近感は沸くが、ドヤ顔はいらっとするからやめてほしい。


本来目的だった俺や淳史達の飲み物としてスポーツドリンクを四本買う。
そのまま小銭を入れてアドバイスと、ハンカチの礼に二人に飲み物を一本ずつ奢ることにした。元々は淳史の小銭だし、あとで返さないといけないな。

「そういえば、この話はレティちゃんにもいったのかな?」

イチカがボタンを押して、自販機の取り出し口に購入した飲み物が落ちてくる。それを俺が取り出しているときにイチカから聞かれたが、あー…と返答がつまる。

「いや……負けたことは言ったけど、悩んでたことは言って…ねぇな…」
「レティちゃんが怒ってる理由はそこじゃないかなとイチカさんは思うんだけど」
「あー……まあ、言われてみりゃ十中八九そうだろうな…」
「どうするんだい?」
「そりゃ説明する。イチカもレティのこと言ってくれてありがとな」

飲み物を渡しながら礼を言うと、渡したことと礼の両方に対しての意味だと思われる「どういたしまして」がイチカから返ってきた。
元々レティと喧嘩して、それが原因で淳史に冷静になれって言われたんだからどっちかっていうとこっちが本題だったよな。
また自分の戦闘のことで頭いっぱいになりかけてたし聞いてくれたイチカにはハンカチ返す時またなんか礼しないとなぁ。

スポーツドリンク四本抱えて、お互い明日頑張ろうな、と声をかけて二人の元を後にする。



「お、那智戻ったか。ちょっと遅かったな」
「おう、ただいま。橘とイチカにあって話してたんだ」
「なるほど橘に会ったのなら遅くなるな…。ところで、ご令嬢がお待ちだぜ」
「だろうなぁ…」

淳史にスポーツドリンクと二人にも奢ったからあとで金は返すと説明しながらおつりの小銭を渡して、レティとフィオナに声を掛ける。
俺が戻ってきたことに気がついたレティは、一目散にこっちに向かってくる。あー、絶対怒鳴られるんだろうなぁ……と覚悟を決めた。

のに、レティは俺の前につくやいなや、深々とお辞儀をしてきて流石の俺も動揺する。

「えっと……レティ…?」
「強く当たりすぎて申し訳ありませんでしたわ、那智。私、言っていませんでしたけどゴールデンウィーク中に少し両親と話をしたり、明日の演習のことを考えたりしていたのを含めていつもより気が立っていたところがありましたの。それで思わず強く言いすぎたり態度に出したりして、反省していますわ」
「いや、謝るのは俺の方だっつの顔あげろレティ!俺だってその、最近勝ててねぇし戦闘上手くいかないからやりたいやつとやるために勝手にオーダー決めたり、負けていらいらしながら集中せず特訓して悪かったって!」
「那智が何か悩んでいたのが少し分かっていた上で強く当たりすぎていたからこそ、配慮が足りずにいたことを謝っているんですの」
「こっちだってレティや淳史達に話してなかったのが悪かったって言ってんだよ!」

それをいうなら、と顔を上げてまだ反論しようとするレティと目があって、思わずちょっと笑った。謝りあいながら何また言い合いになりかけてんだよ俺ら。
それがレティにも伝わったのか、口に手をあててクスクスと笑っている。

「まあそこはお互い様ってことでいいだろ」
「な、仲直り……した…のか、二人とも…?」
「淳史の言うとおりですわね。フィオナも、心配かけて申し訳ございませんわ。それで那智、もちろんその悩んでいたことは今話してくださいますわね?」
「言われなくても言うっつーの。フィオナも淳史も聞いてくれ」

自分が伸び悩んでいたことを含め、出雲の言葉や橘のアドバイスの話をする。イチカがレティと俺のことも気にしていたことも言うと、レティが後で一緒に礼をしにいくと言って聞かなかった。

話したあと、満足のいくまで特訓を続けていたら気がつけば空はすでに夕暮れになっていた。明日もあるし、切り上げてお互い帰路につく。
このとき、今朝頼まれていた買い物をすっかり忘れていて家についたら散々母さんに小言を言われて予定以上に疲れて明日の連絡も特に確認できず爆睡したのは、流石に予想外だった。

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