〇〇日


「ジュドさんは不在なのかい?」

二月も半ば、とある日曜日。
空はお世辞でもいい天気ですね、なんて話題には出来そうにもない程薄暗く、青空は分厚い灰色の雲に隠れている。
天気予報では夕方から雨とされていたからか、ジュドの家を訪れた美樹の鞄には折りたたみ傘が顔を出していた。

「はい!おじさま、今日はお出かけしていて多分明日まで帰ってこないです!」
「なんだい、折角来たのにタイミング悪いねぇ」

小さくため息をつく美樹に、立ち話もなんですし、と言って家の中へ招き入れるガーネ。
その言葉に甘えて美樹は家に上がると、キリがリビングでソファに寝転びながら携帯型のゲームをしていた。

「あれ、いらっしゃい美樹。どしたの」
「お邪魔するよキリ。どうしたもこうしたも、ジュドさんに用があったんだけどねぇ」

そう言いながら自分の鞄の中を漁る美樹。
普段は荷物は必要最低限にしか持たない彼女が鞄を持ち歩いていることに興味津々なのか、ガーネがそれをのぞき込んでいた。
ガサリ、と音を立てて出てきたのは紙袋で、さらにその中の物を取り出すと綺麗に包装された小さな箱が現れた。可愛らしく、赤いリボンも結ばれている。

「今日のことちょっとした知り合いに聞いてね、普段討伐に行く時にジュドさん世話になっているからこれをプレゼントしたかったのさ」

さきほどまで輝かせていたガーネの瞳が、美樹の意図を察した瞬間少し曇った。
普段、どんなことがあっても表情を曇らせるなんてことは早々あり得ない彼女の反応に、美樹は怪訝に感じ眉をひそめながらガーネに呼びかける。

「あ…っ、えっと、じゃあそれは明日ガーネがおじさまにしっかり渡しておきますね!ええっと…プレゼントではなく、美樹さんからの日頃の感謝の気持ちとして!そうバレンタインのようなもので!」
「あぁ…渡してくれるのは助かるけど、プレゼントじゃなくってどういう意味だいガーネ?」

「今日のプレゼントだと受け取らないからだよ」

今までゲームをしていたキリが、ガーネの対応に見かねたからか手を動かすのを中断させて美樹の質問に答えた。

「あのおっさん、誕生日は誰からも祝われる気ないよ。俺とガーネからもね」
「…美樹さんは知らなかったですよね。ガーネ達も言うことをすっかり忘れてましたし、おじさまの誕生日を知っていると思ってなかったです。ごめんなさい」
「ガーネが謝る必要はないさ。ところで、その理由は教えてもらえるのかい?」

申し訳なさそうにしているガーネの頭を撫でながら、ぼうっと天井を見上げるキリに問いかける。
キリの手にあるゲームには「GAMEOVER」の文字が真っ暗な画面の中に光っていた。

「今日はおっさんのチームメイトの命日だからだよ」






薄暗い雲が広がる空。時刻は昼過ぎになるが、まるでもうすぐ暗闇に染まるのかと思うほどあたりは不気味なほど薄暗かった。
そんな不気味さをさらに増幅させるような墓地という場所に、一人、男……ジュドが正装を身に包んで佇んでいる。足元には、白色のビニール袋が置いてあった。
2つの墓の間に立ち、その墓を見つめ動く様子はなかったが、人が近づく気配を感じ顔をあげた。

「…よぉ、今年は早いな暁彦」
「今日は学院が休みだからな」

近づいてきていた人は、ジュドと同じように正装を着ている暁彦だった。相変わらず左側の袖には何も通しておらず、風が吹けばそれが揺らめく。
逆に、いつもとは違ってむき出しにされていた開かない左目には黒い眼帯を付けていた。その大きさは頬の傷を覆うほどで、暁彦の顔の左側はほとんど隠されている。

「…ぶっ、はははは!お前その格好年々ヤクザ感増してねぇか!カチコミにでも行くのかよ!」
「うるせぇ言ってろ。お前は普段から少しはそういった真面目な格好できねぇのか」
「わぁ怖い、昔は泣き虫臆病びびりの三拍子だったくせによぉ〜」
「タバコも酒もいけるようになるまで数年かかったガキが何言ってやがる」

ケラケラと笑うジュドのせいか、薄暗く少し重かった空気は一変して墓場には少し場違いのような明るさに変わっていく。
ひとしきり笑うことに満足したようなジュドが、後ろポケットからタバコを取り出し、一本暁彦に差し出した。受け取り、口にくわえるとどこからともなくボッと火が灯り、点火される。
それがジュドの能力であることを知っている暁彦は特に驚いた様子もなく、タバコを吸い始める。隣に立っているジュドも同じように自分の能力で火を付け、ふかしている。

あたりが白い煙で立ち込めだし、タバコ独特の匂いが充満する。

「で、そろそろ今年の年度も終わるわけだがどうだった?」
「ああ…今年はそうだな、例年より妙な事件が結構あったな。生徒が外で魔物に巻き込まれることも多かったしな」
「そういや俺もそれの1つに遭遇したな。フィオナちゃんだっけか、あれはいい女に育つ」
「頼むから生徒を変な目で見るなよ」

暁彦がジュドに向ける目が、不審者を見るような目つきに変わるが、それを全く気にした様子もなくケラケラと笑うだけだった。

「ああ、そういや清白の息子が入学していたぞ」
「清白……あー、あの、行方不明になってる野郎な。で、実力はどうだ」
「まだまだ青いが親子だな、同じようないい目をしている。チームメイトとの組み合わせもよかったのか伸びるのが早い。ただ…」
「なんだぁ?性格にでも問題があるのか」
「いや、壊滅的に馬鹿だな。曰く、へそで紅茶を沸かすらしい」
「……ハイセンスだな」

その息子とやらが15歳と知ったジュドは、流石にやばいんじゃないかと、自宅に残してきているガーネと重ね合わせながら見たこともない少年の心配をしている。

「そろそろ卒業しそうなやつらはどうだ?そっちのが俺に関係あるのよね」
「ああ……。そうだな、前に血の気の多い奴ばかりだと言った年があっただろう。そいつらがそろそろ卒業し始める時期だ」
「う、わーお……おっさんには刺激強すぎそ〜…」
「俺には教師として最低限しか関われない奴らばかりだったからな、あとは頼んだぞ」
「まて、頼むな。お前の話を聞く限り今までの中でダントツやばいのだろ」
「ダントツだな」
「うえぇ」

震え上がるジュドに、暁彦がくつくつと喉を鳴らして笑った。
補足するように、大体のやつは支えてくれるいい奴を見つけているみたいだから安心しろと付け加えると、ジュドはほっと安堵の息を漏らした。

「あの連中は貴族だ金持ちだ家の事情だなんだと多いからな、抱えている物もまた変わってくるだろう」
「貴族か……その辺で何かまたあったりしたのか?」
「基本何か問題が起こってばかりだな。ああ…いや、問題以外にもあったな、確か天道だったか。結構前に、年の割に妙に落ち着いた双子が入学した話しただろ」
「ああ、六年ぐらい前の話だな」
「その片割れが前より雰囲気が変わったな、俺のような教師が知らないところで何かあったんだろ。……何かを超えて成長するのはいいが、特に関わることも出来ずに終わられると六年もみてきた教師としてはもの悲しい物があるな」
「おーおー、すっかり教師が板についてきたな暁彦」
「20年もやってりゃマシにはなるもんだ」

二人のタバコの長さももう随分と短くなっている。灰と化した先端は、少し強い風が吹くとタバコの先から離れ、あたりを舞った。

「教師といやぁ……天ノ川のやつが戻ってきた騒動もあったな」
「そりゃあ…随分と穏やかじゃねぇ話題だな」
「……これは、こんなところでする話題じゃねぇな。また機会があれば話す」
「しっかし、妙な事件が結構あったどころじゃねーだろ今年の学院。なんだぁ?呪いでもかけられたか?」
「俺が聞きたいぐらいだ。来年度はもう少しまともじゃないと身がもたん」

大きくため息を吐きながら、暁彦はその場にしゃがみ込んだ。
片手に手を持っていることもあるせいか、その見た目はヤクザそのもののようだった。子供が見れば一秒もしないうちに泣くだろうな、と思いつつジュドも同じようにしゃがみ込む。

「俺の話はそろそろいいだろジュド。お前の方はどうなんだ」
「んーあー、わりぃな。こっちはこの二年間身内に構ってばかりいたから正直あまり話題ねーのよ」
「まあ、仕方ないだろう。しかしそろそろ子離れしろよおっさん」
「暁彦ちゃんにおっさんなんぞ言われる筋合いないですぅ〜。まあ、あいつらも甘える相手が見つかったみてぇだしおっさんはお役御免ってことで四月からはいつも通りしてやんよ」
「ああ、俺が教師として関わりきれなかった分を、お前が戦場で見てやってくれ」

ジュドは足元にずっと置いて放置していたビニール袋の中を漁ると、銀色の缶が四つ顔を覗かせた。
片手で二本取り、それを暁彦に渡しながらあいているもう片方の手で残りの缶を取り出す。

「はー、しかし、本当に可愛い可愛い後輩共のためになってんのかねぇ。俺やお前がしてること」
「さぁな、為になってると思う思わないは向こうの問題だ。ジュド、お前ももう辞めたきゃ辞めていいんだからな」
「まさか、俺がやってることは二人分の夢なんで死ぬまで続けますぅ〜。暁彦だって教師が肌に合わないならそろそろ辞めちまえよ」
「そっくりそのまま返してやる」

お互い、一本の缶を墓に備え、もう一本は同時に蓋を開けて一気に喉へと流し込んだ。
缶から口を離し、一息つく。

「駒子の姉さん、あんたの夢しっかり次いでひよっこ達と毎日楽しく過ごしてますよ。羨ましいでしょ。討伐団になるやつなんざ良くも悪くもまともじゃない奴ばかりだ、死にたくなる後悔だって山ほどあるぐらい飽きない毎日だな」
「桜子さん、教師になってもう20年になりました。同僚は殆ど教え子で奇妙なもんですよ。教師って案外関われる範囲が狭くて、時々投げ出したくなってしまいますけどそれでもこの立場でやれる範囲で必死に頑張ってますよ」

小さく、語る二人。
その声は今までの会話とは違い、少しの物音で掻き消されてしまいそうなほどの声量だった。
ぽつり、と墓に小さく染みが出来る。それはぽつり、ぽつりと増えていき、瞬く間に染みから小さな水たまりへと変わっていった。

「……降ってきたな、帰るか。今年も泊るだろう、ジュド」
「ああ…土砂降りになる前に帰らないとな」

立ち上がり、その場を去る二人。
水たまりは、墓だけに出来ていた。空は曇天のままだが、雨雲というわけではなかった。



「……ああ、言い忘れていた。誕生日おめでとうジュド。プレゼントは家にあるが今年もタオルでいいか」
「いつものようにその場で使ってやるよ。お前の誕生祝いも今日タオルで返してやる」

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