白い、天井が目に映る。
夢、いつもの、あの日の夢なのだろうか。真っ白の天井が見えると言うことは、あの日の、あの人に助けられて、目が覚めた時の病院だろうか。
でも、それにしてはなんだかはっきりと夢ということが分かっているのが不思議だ。そもそも、夢だと分かるのはあまりなくて、不思議な気分だ。それに、何より外が暗い。あの日は、目が覚めた時は確か、昼頃だった気がする。

「やぁ、お目覚めのようだね眠り姫!」

突然、窓の外から声が聞こえた。意識がそちらに向く。窓の外にある木の枝に、誰か座ってこちらを見ている。みたこともない、男性だ。片手に本を持って、もう片方の手には、羽根がついたペンを持っていて、本に何かをさらさらと書き込んでいる。
誰だろう、私の夢に、あの日に、こんな人がいたことはない。それに、あの病院の、私が寝ていた部屋から、木なんて見えていただろうか。

まだぼんやりとする意識で、体を起こす。どうやら、私の体は意志の通りに動いてくれるようだ。

「あ、貴方…は……」
「おおっと、あまり動いたり大声を出したりしちゃあいけないね眠り姫。キミを守っている騎士達が目を覚ましたりなんかしたら、血気盛んな彼等はワタシとキミが話すことを許してくれなさそうだ」

楽しげに言葉を並べる男性は、少し悪戯をするような表情で、ペンを持ちながら指を口に当ててしぃっ、と言った。
眠り姫、騎士達、なんのことかさっぱり分からない。そんな表情をしていたら、男性は口元に当てていた指をつい、と私の方へ…いや、私に、指を指した方向を見てみろと言うように動かした。
その指の指示に従って、視線を男性から、ベッドの端に目を向ける。

「あ……」

そこには、床に座り込んでベッドに寄りかかりながら寝ている淳史と、ベッドに上半身を預けて腕を枕にして寝ているレティと、レティと同じような体勢で那智の姿があった。
全員、腕や顔のあちこちにガーゼや包帯が巻かれている。

那智達が、いる。あの戦いが終わった姿で、寝ている。これは、夢じゃなかったんだ。現実、だ。違和感が、すとん、と落ちてなくなった。
3人の眠っている姿を見て、ほっと、胸をなで下ろす、あの魔物を倒したあと、私は、意識がなくなった。どうなったか、覚えていない。だから、みんなが無事かなんて確認できなかった。今なんて、目が覚めてもまたあの日の夢を見ているんじゃないかと思うぐらいだったのに。
あの日、と頭に1人の姿がよぎるが、少し首を振ってその姿がハッキリとする前に頭から離れさせる。私はまだ、弱いから、やっぱりちゃんと決別するのは、当分先のかもしれない。

「まだまだ夢現のようだね眠り姫。何年も眠りについていたようだから当然かな?」
「あの……その、貴方は、誰で…眠り姫、というのは、私のことなのでしょう、か」

那智達を起こさないように、なるべく小さな声で男性に声をかける。
木の枝に足を組みながら座っている男性は、私のその問いににんまりとした笑顔を浮かべた。笑顔を向けられたので、私も、頑張って笑顔というか笑みを返してみる。彼が誰か分からないというのと、まだ笑顔を返すということに慣れていないから、少し、頬を上げるのがぎこちないというのが、自分でもよくわかった。

「うん、順に眠り姫の質問に答えてしんぜようか。1つ目はワタシの事だね、ワタシはしがないただの絵本作家さ。副業でキミ達姫や騎士達の目指している物をやっている程度には全く売れていないね。
2つ目はキミの事かな。眠り姫というのはもちろんキミのことに決まっているじゃないか。あのイギリスの郊外の日から今日までずっと眠っていたのだから眠り姫と呼ぶ他ないと思ってね!」

男性は…作家の人はパタン、と本を閉じてまた私に笑いかけた。だけど、私はそれに同じように笑い返すことは出来ずに、硬直する。
イギリスの、郊外の、あの日。
それだけで、何のことか分かる。あの日、あの人に出会った、私の世界が変わった日の事だ。

どうして、この人が、知らないこの男性が、その日を知っているのだろう。眠っていたというのは、どういうことだろう。不思議な言い回しに、初めて出会った人にあの日のことを言われたことに、頭が混乱する。思考が追いつかない。
駄目だ、それでは駄目だ。いつまでも、混乱してるだけでは、変わらない。先ほどしたように、また頭を振って、混乱を飛ばして、一度深呼吸をして、…那智達3人の姿を見て、気持ちが落ち着いてくる。
よし、大丈夫。……まだ、1人ではきっと完全に落ち着かないだろうけど、話さなくても、彼等の姿が見えれば、まだ、落ち着ける。

もう一度息を吸い込んで、作家の人を見る。彼は再び本を開いていて、そこに何かまた描き込んでいたけれど、目が合うと何やら嬉しそうな、満足そうな顔をしていた。
ひとまず、私の呼び方のことより、どうしてこの人があの日を知っているのか、聞こう。
意を決して口を開こうとしたときに、作家の人は手のひらをこちらに向けて、行動を停止するようにジェスチャーしてきた。思わず、出かけていた言葉がぐっと喉の奥に戻る。

「おっと、申し訳ないけれど物語はもう終盤かな。第三者はフィナーレには参加せずに客席から眺めて、感動の嵐と共に拍手を送るのが一番だからね。
眠り姫、目が覚める前よりも色々と見える物が違って大変だろうけどそこそこに頑張りたまえよ!ああ、あと狼に襲われてもばあさんと信じ続けそうな赤頭巾と、継母すらも蹴り飛ばしそうな気の強いシンデレラによろしくと伝えておいてくれ!」

一気に言葉を並べて、私の耳には入るものの理解がそこまで追いついていない間に、彼は「さらば!」と言って木の枝から飛び降りた。その姿を追いたかったけれど、私が今ベッドから飛び出せば眠っている3人が目を覚ましてしまうと思い、動くのを諦めた。
少し、呆然とする。赤頭巾と、シンデレラというのは聞こえたけれどそれよりも前に言っていた言葉が、理解できない。フィナーレというのだけ、分かった。演劇の終わり、という言葉なのは分かるが、でも、どういう意図で使っているのかは分からない。
私はもっと、日本語と、日本独特の言い回しのようなものも、勉強しないといけないな、と少しため息がこぼれる。

目が覚めてから、落ち着かないことが降りかかってきて、今やっと落ち着ける。
そういえば、あの人はどうしたのだろうか。あの魔物は倒したけれど、他の魔物や、あの病院はどうなったのだろうか。そもそも此処はどこの病院なんだろうか。それと、やっぱり気になるのはあの人は一体何だったんだろうか。
冷静になってきて、色々考え込む。思考がぐるぐると、私を支配しようとしたが、少し深呼吸をして、落ち着かせる。
私が分からないことは、今悩むより、3人が起きたときに聞けばいいんだ。あまり、私が悩み込んでも、誰も笑ってくれないから。

私も、彼等と一緒にもう少し眠ろうか。そう思って少し意識が薄れていきそうになってきたその時に、部屋の扉を叩く音がして意識が戻ってくる。
大きな声ではい、と答えるわけにも行かず、どうしたものかと少しまごついていたら扉が開いてそこから2人の女性が入ってきた。

赤い服を着た女性と、澄んだ水色の服を着た女性。その2人を見て、ふと先ほどの作家の人が言っていた「赤頭巾」と「シンデレラ」を思い浮かべた。
赤い女性が、私が起き上がっているのを見てぱぁっと明るい表情を浮かべた。

「よかった、目が覚めたんだぁ」

ととと、と駆け寄ってくる赤い女性の腕には折りたたまれた毛布があった。私ににっこりと笑いかけてから、その毛布を3人の背中や膝の上にかけてくれる。

「みんなさっきまで貴女が目を覚ますまで起きているってずっと言ってたんだけどね。慣れない大きな魔物との戦闘に疲れちゃってたみたいだし、寝ちゃったから毛布持ってきたんだ」

ふわりと3人に毛布を掛け終わると、小さな声で説明してくれる。
そうだったのか、と思いつつも、3人が起きていると言っている姿はなんだかすぐに目に浮かんで、すこしおかしかった。小さく、ありがとうと呟いて、一番側で寝ている那智の手をそっと撫でた。
目が覚めたら、もう一度、ちゃんとお礼を言おう。

「意識が随分とはっきりしているみたいだけど、少し前に目が覚めたのかな?」
「あ、はい……。先ほどまで、そこの木の枝に座っていた、作家だという男性と…話していて…」
「は!?作家!?」

ずっと黙っていた水色の女性が大きな声を上げて反応した。眠っている3人が少し唸ると、赤色の女性が静かに、と落ち着くようになだめると小さくごめん、と謝ってくれた。
3人が起きる様子もない姿を見て、水色の女性は少しほっと胸をなで下ろした。

「貴女その作家と何話していたの?いえ、何話された?」
「何…と、言われましても……私のことを、眠り姫…と呼んで、少し、難しい言い回しをしていて…正直私にはあまり理解出来なくて……。あと、赤頭巾とシンデレラによろしくと…」
「ああ…あいつだわ…。全く本当自分勝手に行動するんだから、ていうかちゃんとご飯食べたのかしら今日会った時も昼ご飯食べ忘れたとか言っていたし……」

水色の女性は、額に手を添えてずっとぶつぶつとつぶやき始めた。どうやら彼とこの人達は知り合いのようで、赤頭巾とシンデレラ、というのはこの人達のことで間違いないようだった。
しかしずっと1人で呟いている水色の女性…シンデレラ、と呼んでいいのだろうか、彼女はあの作家の人のことで頭がいっぱいになっているようで、あの、と声をかけても気付いてくれない。

「もう愛羅、典人さんのことは後にするとしてとりあえずこの子に話しなきゃ」
「え、ああ、そうね、それが先ね。とりあえず貴女が話していたっていう作家がシンデレラって言っていたなら私のことよ。赤頭巾ならその子のことね。それでその作家は私達のチームメイトの檜作典人って言って……まあ、あの作家のことは置いといて」

シンデレラ…愛羅さん、はカツカツとヒールをならして私の方に向かってきた。
そして頬を両手で挟まれてぐっと顔を上に向かされる。い、一体何が起こっているんだろうか。
愛羅さんがまじまじと私の顔を観察していたが、数秒するとその目つきはとてもきつくなりきっと睨まれる。

「貴女ちゃんとご飯食べてるの!?細い、細すぎよ!血色も悪いし、食べていたとしても栄養のあるもの取っていないでしょ!こんな状態で全力で能力使ったらすぐに倒れるに決まってるじゃない何考えているのよ!戦うって言っても私達は生物兵器とかじゃなくて体力の限界がある人間なんだからね!?またあの時みたいに栄養失調で倒れても知らないわよ!?」
「え、あ、あの、え………っ。………ま、また……?」

とても早口で、勢いよく色々と言われて理解が追いつかない。追いつかないけれど、私からしても「また」と言いたくなる言葉が聞こえてきた。
栄養失調で倒れる、というのは、私があの日倒れた時以来……経験していない。なのに、この人はどうして、あの作家の…典人さんという人も、私のあの日のことを知っているのだろうか。
私が、「また」という言葉を復唱して、シンデレラと呼ばれた女性は、私の頬を挟んでいた手の力が緩み、少し眉間に皺を寄せた。

「え、ちょっとまって、貴女私のこと覚えてないの?嘘でしょ?私あの時貴女とかなり話したわよ?確かに結構前の事だしイギリスだったけど覚えてるわよね、ね?」
「い、いえ、その……あの……」

今度は肩をがっちりと掴まれて、少し揺さぶられる。その表情は必死の物で、覚えているという言葉以外を許してくれなさそうだった。
だけど、本当に申し訳ないけれど、私には覚えが………。

ない、と思おうとしたその時に、ふと、頭に過ぎる物があった。

確か、あの時、あの病院で、私のことを看てくれていた、看護婦の人が、同じような水色の髪をしていて、同じような早口で、栄養失調がとか、きちんと食べているかとか、寝ているかとか、聞いてきていた、気が……。

ぼんやりとしていたその姿が、目の前にいるこの人と重なる。

「あ、あの時、の……看護婦の…方……ですか…?」
「か、看護婦…?……いえ、そうよね、貴女あの時結構錯乱していたものね、そうよね、地元の看護婦だって思っていてもしょうがないわよね、そうよね。だから私のこと覚えていなかったのよね、うんそうだわ」

うんうん、と頷いて、何か納得してくれたようだった。それに、あの時のあの看護婦の人で間違ってはいないようだった。少し、ほっとする。
確かに、この人が言ったとおり、私はあの時あの病院にいる看護婦だと思って疑っていなかった。だから、まさかこんなところで出会うなんて思ってもいなかった……けれど、あちらが覚えていたのに、私が忘れていたのは、なんだか申し訳ない。
流石にこれは謝らないと行けないと思って、すみませんと口に出すと、いいのよ、と少し落ち着いた感じで返事をしてくれた。肩に置かれていた手も、すっと離されて、少し咳払いをした。

「あの時もしたけれど、改めて自己紹介するわね。私は真壁愛羅、討伐団の救護班よ」
「私は赤羽やよい、愛羅ちゃんと一緒で救護班しているよ〜」
「あ、えっと…フィオナ、です……」

愛羅さんと、やよいさん。頭の中できちんと繰り返して覚える。もう、忘れないようにしなければ。
救護班、という言葉で玲央さんが思い浮かぶ。あの人は自分は救護班じゃないけれど救護に向かっていると言っていたけれど、この人達は救護をする正式な人なんだろう。

「…まあ、色々言いたいことや説明したい事があるけれど私達は一先ずここを出るわ。私達よりももっと貴女と話したくて、貴女も話したい人がいるみたいだしね。二度目なんだから手紙なんかじゃなくてちゃんと口で話しなさいよ、この子達も話しをするまで帰らないように何度もお願いしていたし」
「二度も助けてもらえるなんて、なんだか典人さんみたいになっちゃうけど物語の運命みたいだね」

二度目、手紙、私が、話したい人。助けてもらった。
それだけで、誰か、分かる。
2人の言葉に、どくんと心臓が揺れる。でも、大丈夫、大丈夫だ。あの時、私はあの人に1つ、言いたいことは言えたんだから、大丈夫。目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。落ち着いて、いける。
私のその様子を見て、2人は何も言わずに部屋をでた。一瞬、部屋が静かになる。
那智達3人は、まだ起きる様子はない。彼等の寝息と、私の呼吸と、心臓の音だけが部屋に響く。

ガチャリ、と扉が開いた。

迷わず、その扉の先を見る。褐色の肌に、白い髪で、目は……ずっと、見えなかった目は、赤、あの戦いの那智の炎を思い出すような綺麗な赤色を、していた。少しずつ近づいてくる姿に視界がぼやけてしまいそうになる。
やっと、しっかりと、あの人のことをみれるのに、涙なんかで、見れなくなるなんて、駄目だ。こぼれ落ちそうになる涙をぐっとこらえて、唇を震わせた。

「ずっと……っ、…ずっと、貴方を…捜して、いました……」
「……彼等から、話はある程度聞いていた」

あの人の視線の先には、那智達の姿が。
私が眠っている間に、話してくれたんだろう。きっと、私のために、この人を引き留めてくれていたんだろう。先ほど愛羅さんが何度もお願いしていたと言っていたから、きっと、そうなんだろう。

笑って、お礼を、言わないと。私が、今まで生きてこれたのは、貴方の言葉が合ったから、私の世界は、貴方が助けてくれたから、もう一度作られたから、貴方を捜したから、友人達と出会えたことを、伝えないと、言わないと。
ああ、でも、声がでない、涙があふれてきそうで、何も言えない。どうしよう、でも、頑張って言わないと、この友人達が支えてくれたから、ここまでこれたのに、大切なことに気づけたのに、言わないと、何も、意味が無い。さっきよりも、さらに唇が震える。

「…あ、あの……っ」

「ん…やべ!寝ちまって……フィオナ!?目が覚め、なんで泣いてっ!?」
「このお馬鹿!少しぐらい空気を読んだらどうですの!?」
「いって!?何すんだよレティ!!」

突然の声に、驚いて、目を見開く。
ずっと寝ていた那智が、目を覚まして、私の方をみて、目を覚ましていたことと、泣いていたことに驚いたのは分かった。それは、分かったけれど、それに続くようにレティが起きて、那智の頬をつねっている。
思ってもいなかった事に、呆然としてしまっていると淳史が頭をかきながら「あー…」と唸っている。淳史も起きていたことに驚いて、交互に3人のことを何度も何度も見てしまう。

「本当流石に今のはないぜ那智、フィオナがこんなに頑張ってたのによ」
「はああ!?何だよ何で俺が責められて……うわ!?いたのかあんた!?」
「だから空気を読んだらどうですのと言ったんですのよ!折角フィオナが彼と、やっと再会出来たというのに貴方が台無しにしたんですのよ!」
「流石に目が覚めていきなりそんな判断出来る分けねぇだろ!フィオナのこと心配してんのに狸寝入りなんか出来るかよ!!」
「自分の非を認めて口答えはおやめになったらどうですの!臨機応変になりなさい!!」
「てめぇら病院内でも喧嘩すんな!」

いつもの風景が、目の前で起こっている。緊張していた心臓も、震えていた唇も、ぼやけていた視界も、いつもと変わらない3人を見て、何もかもが落ち着いて、思わず、笑ってしまう。
そのまま、あの人の顔を、自然とみることができた。無表情だけれど、なんだか少し、笑ってくれているような気がする。

「…いい仲間を持ったのだな」
「…っ、はい……貴方が、私に…生きる道を、教えてくれた…ので、出会えました。貴方のお陰です。


………ありがとう、ございます」

言えた。

ずっと、言いたかった。この一言が。貴方に、伝えたかった。
謝罪でも、泣いてる姿でも、困らせる表情でもなく、笑って、ずっとずっと言いたかった、数文字の、たった一言。

ああ、でも、今までだったらこれで、十分だと、もう、何も思い残すことはないと思っていただろうけれど、そんなこと、全然、思わない。

伝えたかった一言の先は、何も、考えていなかった。でも、私の唇は、そのまま、言葉を出すことを続ける。

「…私はフィオナと、申します。……貴方の名前を聞いても、…いいですか…?」
「…テオドールだ」

テオドール、さん。
口に出して、名前を呼ぶ。ずっと、あの人と呼んでいた方の名前を、呼ぶ。

ああ、嬉しくて、やっぱり、涙があふれそうだ。まずは、泣き虫なのを、直さないといけないなぁ。
あふれでそうな涙をこらえて、もう一度、テオドールさん、と名前呼ぶ。返事はない、けれど、こちらを見ている。あまり、話さない人なんだと分かってきてきて、ああ、なんというか、もう、色々と私では言い表せない感情があふれてくる。

「私は……あの時言ったように、前に、進んで生きます…、生きる道を、みつけます」
「そうか…後悔する道は選ぶなよ」
「…はい、大丈夫、です。…友人達が、いますから」

そういって、那智達を見る。
言い合いをやめて、私の話を聞いていてくれていた様子の那智達は、少し、照れくさそうに笑ってくれた。
だから、私も、笑い返す。

それを見て、あの人は、テオドールさんは、何も言わずに、私に背を向けて、部屋を去って行った。引き留めようとはもう、思わない。

今までの私の生きる道になってくださって、本当に、ありがとうございました。

貴方の背を追いかけて、母親の亡霊を見続ける私の道は、もう、終わりました。


これからは、友人達と、那智と、レティと、淳史と、一緒に、生きる道を、歩き続けます。

転んでも、手をさしのべてくれる彼等と共に。


フィオナ編 END

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