信じる


人が集まってくる声が聞こえる。
通路から、聞き慣れた声が聞こえてくる。レティや、淳史や、玲央さんが、駆けつけてきてくれている。

玲央さんと、男性と、女性の声が、増援だといって、魔物達の方へと向かっていった。淳史とレティは、私と、私を支えていた男性を、交互に見ている。何度も、何度も私が言っていたあの人の特徴、そのものの人物がここにいるからだろう。
2人に声をかける。私は、無事だからと、那智と、共に戦って欲しいと。……あとから、私も、共に戦うと、伝える。

少し間をおいて、レティと淳史はうなずいて、那智の元に向かった。待っていると、レティが叫んだ。その一言に、心がぐっと高ぶる。
もう一度、あの人と重なった男性をみる。ああ、見間違いじゃない、絶対に、あの人だ。
何度も何度も、出会ったときに何を言うか、どうしようか考えていた。謝る、お礼を言う、笑う、笑ってもらう、他にも、たくさん。

でも、だけど、今は。

「………わたし……私は、ここに、……生きるために、います」

うつむいて、喋る。まだ顔を見て話すことは出来ない。あの人が、私を覚えているかも分からない。
それに、今は、みんな、戦っている。私だけが、喜びで、あふれるわけにはいかない。

「…自分を、粗末に……するような、戦いは、しません。……友人と、明日も、生きれるように、戦います。……だから、」

黙って、聞いてくれている。突然の私の言葉に、意味も分からないかもしれないし、理解出来ないかもしれないし、困惑しているかもしれない。
それでも、私は言葉を続ける。

伝えたかった、お礼以外で、ずっと、もう一つ伝えたかった言葉があった。なんて言えばいいか、ずっと分からなかった。今なら、それが、出てくる。

「だから、……見ていてください。私が、前に歩いて、…生きる、ところを」
「……お前は、」

顔を上げる、あの人の顔を見ながら、私は、笑っていれているだろうか。
自分がどんな表情を出来ているか分からない。だけど、ガーネさんの言葉を頭に浮かべながら、笑う様に、頑張ってみる。
表情も、返事も、見ずに、聞かずに、私は、あの人に背を向ける。

何度も転んだ。何度も挫けた。

その度に、声がしていた気がする。もういいと、もう息をするのも諦めて、死んだ方が楽だと。役立たずは、もう、生きるのを諦めろと、声がしていた。
だけど、その度に、起き上がらせてくれる人がいた。何度転んでも、私は、転がりながらでも、進めと言ってくれる人がいた。

私が進むことを、望んでいる人達が、いてくれる。友人達が、背を押してくれる、前へ連れて行ってくれる。共に、歩いてくれる。
それなら、生きよう。
何があっても、死んでもいいなんて思わない。私は、生きる。生きてみせる。

「……お母さん…」

ごめんなさい、私は、貴女の元には、もう、行こうと思いません。
私が行くことを、望んでいなかったかもしれない。でも、私は貴女が忘れられなかった。私の、世界の全てだった人。
だけど、それは、もう遠い思い出として、胸の奥に、貴女を仕舞い、私は、前へ進みます。

さようなら、最愛の、たった1人の家族だった人。
貴女の亡霊を、私はもう、見ることはない。


「レティ!淳史!」

2人の元へ駆ける。那智は、未だに炎を纏いながら空中で戦っている。
それをしっかりと捉えてから、2人を見る。数時間も経っていないのに、2人とは、もう随分長い間会えていなかった気がする。2人の姿を見て、あふれてきそうな涙をこらえた。

「フィオナ、もうこちらにきて大丈夫なんですの?」
「そうだ、さっきのあの人ってずっとフィオナが探していた…」
「いいんだ。今は、そんなこと言っている場合じゃない、から」

魔物を見据えて、はっきりと言うと、2人はそれ以上は何も言ってこなかった。頷き、同意してくれる。
先に、あの魔物を倒さなければいけない。もう動いている魔物は、私が最初に見た時より随分と数が減っていた。体力がありあまっているのは、おそらく一番強くて、那智が相手をしている魔物だけ、だ。
だけど、討伐団員の方々は、他の複数の魔物の相手をしている。数が減っていても、魔物の数と彼等の人数差が大きすぎる。

だから、今、全力であの魔物と戦えるのは私達だけだ。

炎を打ち込み、相手を翻弄している那智をみる。魔物は、炎に耐性があるのか、それほどダメージが通っているようには見えなかった。

「……淳史、レティ、私の指示を聞いてくれる…だろうか」

少し、声が震える。いつも自信の無かった私のこの言葉を聞いて、頷いてくれる人はいるのだろうか、と。でも、その不安を頭から必死に振り払う。
大丈夫、大丈夫だ。彼等は、私の言葉を、いつも、信じてくれていた。

「問題ありませんわ」
「俺達の中で、フィオナが一番冷静に判断してくれるからな」

何のためらいもなく、一切の間もなく、応えてくれた。笑って、私を見ていてくれる。早まっていた鼓動が、すっと、落ち着いた。
ありがとう、と呟いて、私も少し、笑ってみせる。少し、驚いた表情が返ってきたけれど、それは納得したような顔へと変わっていった。

私の指示を、待っていてくれている。私の言葉を信じてくれると、言ってくれる。
一度瞳を閉じて、ぐっと力を入れる。もう、迷わない。

「……淳史は、魔物の前足を集中して攻撃してくれ。片方だけでいい、一度でいいから足を崩して動きを止めてくれ」
「おう、分かった」
「レティは、…帯電させる植物というのは、使えるか?」
「いけますわ。さきほど、玲央という男性から使うだろうと、そういった種をいただいております」
「なら、それで矢を作って私が合図したら……私に向かって、射ってほしい」
「なっ」

驚きを隠せないレティ。そんなこと、と言う彼女の手を握り、大丈夫だ、と目を捉えて言う。
レティも、私の目を見てくる。レティの鮮やかな緑色の瞳を、こうやって真っ直ぐに見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。強く、真っ直ぐで、曲げることない瞳。那智も、淳史も、同じ瞳をしている。

「信じて、欲しい」
「……信じますわ、フィオナ。貴女ほど真っ直ぐな目をした人を、疑うなんてしませんもの」

真っ直ぐな目。レティに言われて、レティの緑の瞳に浮かぶ私の姿を見て、初めて気付く。
そうか……そうなんだ、私も、彼等と同じように、真っ直ぐに前を向けていたのか。
自分自身に気がついていなかったのは、私だけなのかもしれない。少なくともこの人達は、ずっと、私の言葉を信じてくれて、疑った事なんて一度も無かったから。

もう一度、ありがとうと言うと、淳史にくしゃりと頭を撫でられる。レティは、私から握った手を、力強く握り返してくれた。

そして、離れる。淳史は私が言ったように、魔物の前足を攻撃しに、レティは、弓矢を構えるために。
私は……。

「那智!!」

大声で、彼の名前を叫ぶ。ずっと魔物の相手をしていた彼は、私に気付きながらも、魔物を翻弄する炎の勢いを消すことなく、急降下してきた。
私は、何も言うことなく、那智の目をしっかりと見て、両手を広げた。彼なら、言葉で説明しなくても、分かってくれる気がした。

急降下してきた那智は、そのまま地面に足を付けることなく、片腕に私を抱える形で捕らえて、再び宙に戻った。
那智に支えられながら、スケートボードの隙間に足を乗せる。魔物を見下ろして、天井はすれすれの場所まで上がる。

魔物の意識は、私と那智だけにある。ずっと炎で翻弄してきた那智と、最初に電撃で意識を向けさせた私にしか、目が行っていないようだ。
だから、淳史の攻撃にあまり気付いている様子はない。魔物の近くにいる、レティにも気付いていない。

これなら、好都合だ。

「……那智、私の指示を聞いてくれるだろうか」

2人と同じように、那智にも聞く。もう、応えの心配はしていない。もちろんと、彼は一切悩む間もなく、返してくれた。
この人達に、私は応えよう。私の言葉を、信じてくれる人達に。

「……レティが矢を放った時、この手を離して私をあの魔物へ飛ばして欲しい」
「……」

少し、間が空いた。
普段の、いつもの私なら、そのまま死んでいいと思っているから、これは、うなずいてもらえないとは思っていた。
でも、今は違う、それを伝えなければ。明日も、那智とレティと淳史と、共に、生きるためにするから、と。

「那智、私は、」
「信じてるからな」
「え、」
「フィオナが、俺達を置いて死ぬようなやつじゃねぇって信じてその指示に従うからな」

疑いのない、那智の言葉。私を支えている腕に、力が入る。
ああ、やっぱり、彼は信じてくれていた。誰よりも、私のことを信じてくれていたんだ。疑っていたのは、私の方なのかもしれない。いつでも、私の言葉を信じてくれていた。今日だって、この場所にたどりつくまでの道を、私の言葉を信じて進んでくれた。
力のこもったその腕に、手をそえて強く掴む。

「大丈夫だ、……いつものように、信じてくれ、那智」
「ああ」

腕の力が、一瞬だけ強まって、ふっと力が抜ける。
それと同時に、魔物の動きが止まり、バランスを崩した。淳史が、足を崩してくれたんだ。
ぐっと、下にいるレティの方をみる。大きな声で彼女の名前を叫ぶと同時に、既に電気を帯びている矢が、まるで光を纏うように放たれる。
それと同時に、背を、押される。支えていた腕から、立っていた場所から離れ、私の身体は空中に放り出される。

私に向かって飛んできた、電気を帯びた矢を、必死の思いで手に取る。その勢いに身体が持って行かれそうになる。けれど、ぶわり、と風が私を一押しした。

矢に、さらに電撃をためる。それは電気を帯びた矢というよりは、もう、矢を中心とした電気の槍のような形になっている。
魔物が、口を大きく開けて、牙を向けて私を待ち構えている。

道中で出会ったあの男性の、氷の槍を頭に思い浮かべる。私にも、きっと出来る。
自身の背に、凍てつく寒さを感じた。あの男性ほど大きな槍は作れない、けれど、小さく、大量になら、細かくなら、私にだって出来る。
その氷の槍を、一気に魔物に飛ばす。目に、口に、槍は突き刺さる。

口を閉じ、刺さった氷の槍を振り払おうと一瞬その顔を下に向けた。
片手に持っている、電撃の槍が、大きく音を立てる。

私の足が、魔物の顔へと着地する。振り下ろされないようにしがみつき、片手に持っているその槍を、渾身の力を込めて、魔物の眉間へと、突き刺した。

大きく、悲痛を訴える叫び声が轟く。身体中から電気を放ち、その痛みを訴えている。
だけどその電気は、全て槍に吸収されていき、槍はさらに大きさを増す。振り下ろされないように、ぐっと、さらに魔物の深くへと押し込んでいく。

ばちん、と何かが切れた音がした。
その音が鳴ると共に、魔物が放っていた電気は消え去り、その大きな獣の目は、何も映していなかった。
巨体が、地面に倒れ込む。
ぐらり、私の身体も揺れる。もう、魔物にしがみついているのも限界だ。そのまま足を滑らせるように、落下していく。

だけど私の身体は、地面にたたき付けられることもなく、ふわりと風に包まれながら、誰かの腕の中に収まった。

「びっっ…くりするじゃねえかフィオナ!」
「淳史……すまない。でも、那智や淳史なら、受け止めてくれると…信じていた、から」

魔物の足元にいた淳史なら、私が落ちても、必ず受け止めてくれると、信じていた。その通りだった。嬉しくて、淳史に笑いかけると、そんな心臓に悪い信じ方はあまりするな、と軽く頭を叩かれた。

人が集まってくる声が聞こえる。魔物の声は、もう一匹も聞こえない。

ああ、凄く、安心した。疲れた。目を、開けていられない。

色んな人が、私の名前を呼んでくれている気がする。ああ、ごめんなさい、今は、返事出来ない。
少し、もう少ししたら、返事をするから。謝るんじゃなくて、笑いながら、応えるから……。


ばちん、と何かがはじけた。
そこまま、私の意識は遠のいていく。

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