誘導


ぱちり、電気が走る。
自身が立っている細い通路の先にある、巨大な機械が規則正しく並ぶ、大部屋へ向かって、ぱちり、ぱちりと電気の塊が、青白い色を纏いながら走って行く。
通路と部屋の間には、扉がある。その物陰に隠れながら、中の様子を確認しつつ、電気の球を操る。

ぱちり。その音と共に、私の頭の中で先ほど言われた約束が浮かぶ。
1つ、攻撃しないこと。あくまで誘導、倒すことは討伐団の人達に任せること。
1つ、無理にしないこと。誘導するのは、数が多いからであって全滅させるためではない。通路と繋がっている扉のの手前に茶色の能力で作った即席の落とし穴。そこに何匹か落とせばそれでいい。電気や落とし穴に気を取られているところを、叩く。

1つ、死なないこと。

どれもとてもシンプルだ。それで、どれも、大切だ。
電気の球を細かく動かして、十数匹いる魔物の前でわざとらしくぱちぱちと音を鳴らす。美樹さんが言っていた。電気は釣り針についている餌、動かす私は、釣り人だと。
いかに警戒心がなく、簡単に捕らえれそうで、それなのに捕らえることが出来ないもどかしさで相手を誘えと。

能力で出した物を、細かく動かすのは昔から得意だった。だけど、こんな風に、まるで自分の意思を乗せたように動かすのは、初めてだ。
落ち着け、落ち着けば、大丈夫。今ここに立っているのは、私だけ。だけど物陰に隠れて、ガーネさん達が待機している。私と一緒に居れば、気配が集中してばれるかもしれないから、ということだ。

戦うよりも、こちらの方が向いている。いや、あの人達の中で私が出来るぎりぎりのことは、これしかない。未熟者が私事で入り込み、大きな迷惑をかけた。だから、せめて精一杯役に立つように。私の出来ることを、する。

ぱちりぱちりと煽るような電気に、何匹か反応しゆっくりと近づいてくる。
その中で、一際大きい……おそらく、この中で一番強い魔物も、反応した。少し不思議そうに、だけど知性がそこまでないのか、好奇心が旺盛なのか、得体の知れない何かであるのに疑っている様子はなく、近づいてくる。
動かしている電気の玉を、一匹の魔物が鋭い爪のついた前足で押し潰すように捕らえようとするが、ぎりぎりでそれをかわす。そして少しだけこちらに近づけて、また煽るようにぱちぱちと音を鳴らす。
何度も、何度もそれを繰り返す。心臓の音が、早くなる。ぱちぱちという音がまるで自分の心臓と同じ早さで鳴っているような気がしてきた。

あと数十メートル、あと数歩、あと、少し。

細く頼りない糸の上で、命綱もなく、綱渡りをしているような気分。電気を動かす、その一点だけに集中する。あと、一歩動いてくれれば。
息をするのも忘れていたその時、するり、と何かが足に触れた。

「……っ!?」

ばちん、と集中の糸は切れる。驚いて、身体中に力が入った。思わず、足元に向かって、大きな電撃を放ってしまった。ばちりばちりんと自分でも耳が痛くなる音と共に、電撃で廊下が一気に明るくなる。
足元にいたのは、小さな、ネズミ、だ。

魔物じゃなかった、その一瞬の安堵と引き替えに、言い表すことが出来ないような後悔と恐怖が襲ってくる。

ガラガラと何かが崩れる音がした。先ほどまで誘導していた魔物達が、何匹か落とし穴に落ちたのだろうか。
その崩れる音とは別に、もっと近くで、また別の物が崩れる音がする。狭い廊下と、部屋を隔てていた扉とそれを支える壁によって狭かった視界は、一気に広がった。

「――――あ……」

足が、くすむ。動けない。思考に体が、追いつかない。
獲物を捕らえ、逃がさない獣の瞳が、私だけをみている。喉を唸らせながら、牙をむいて、こちらを見ている。

私は、ただ立ち尽くした。

ああ、何も、何も変わっていない。あの時から、何一つ。結局、私は動けないままなんだ。
鋭い爪が、一直線に私に向かってくる。誰かが、私の名前を叫んだ気がした。その声さえも、誰の声か判断なんて出来ない。
約束、守れなかった。あの人に、何も伝えることができなかった。那智達に、笑ってもらえなかった。

お母さん……やっぱり、貴女の言った通り、私は、役立たずでした。

「……ごめんなさい…っ」

やっと動いたのは、唇だけ。
小さく、声が漏れる。もう、それは、誰にも届くことは、ない――。




「フィオナァ!!」

炎が、走る。
いつも、何度も何度も、呼んでくれていた声が、痛みよりも先に、届く。
視界を覆っていたその魔物の巨体は、走ってきた炎が衝突し、大きく燃え上がりながら後ろへと後退した。
炎の熱さに、痛みに、もがき苦しみながら上げるその悲鳴が、部屋を埋め尽くし全てを震え上げる。

それに怯えることもなく、たじろぐこともなく、炎の塊は、私の前で、まだ、煌々とあたりと照らしながら、熱く、力強く、燃えている。
その炎が、少しずつ消えていく。宙に浮いていたそれは、消えると同時に、ゆっくりと地面に近づいていく。
赤く、燃え上がるその中から、その熱さとは対照的な、澄んだ水色が、姿を現す。

「…な…ち……」
「無事かフィオナ!」

彼は、背を向けたままだった。何度も、何度も見てきたその背中は、いつも以上に、大きくて、強くて、曲がらない意志が、あった。
いつものスケートボードに乗って、姿勢を低くして、戦闘の態勢。その視線の先には、完全に殺意を那智に向けている、魔物の姿。

ぶわり、風が舞う。
那智を中心に、風が舞い上がる。当たりに散らばった瓦礫が、その風によって宙を舞う。小さな竜巻そのものが、私の目の前で、どんどんと出来上がっていく。
風と共に、ちり、と燃える音がする。那智の足元から、どんどんと、赤く燃えさかる炎が広がっていく。

「俺の仲間に手を出したこと――」

炎は、那智を中心に出来上がっていく竜巻を、後を追うように巻き上がってく。熱い。ここが薄暗く、肌寒い地下だというのが嘘のように、熱が一帯を締める。
先ほどよりも、熱く、強く、燃えさかる炎の塊が、私の前に出来上がる。

「――後悔させてやる!」

那智が叫ぶと、真っ直ぐに、魔物に向かっていった。何の恐れもなく、恐怖もなく、ただ、一直線に、あの魔物へと。
よく、見てみたら、魔物へ向かっていたのは那智だけじゃない。もう、部屋のあちこちで戦闘が始まっている。それは、そうだ。誘導して、何匹かは落とし穴に落としている。ただ、私のせいで、予定を狂わせただけで、討伐はもう始まっている。

私も、私も少しでも加勢しなければ。那智が、救ってくれた。その那智は、新しい赤の能力を使いこなして、戦っているのに、私が眺めているだけなんて、駄目だ。
攻撃しないこと、と約束していた。でもそれは、誘導するまでの間であって、誘導が終われば、私も微力ながらも加勢すると伝えてある。だから、大丈夫、私も。

ふらつく足を、前にだす。心臓がまだうるさい。先ほどの恐怖が、まだ身体に染みついていて、しっかりと動けない。このままだと足手まといだ。でも、私だって、役立たずでも、明日も生きると、決めたから。
だから、前へ、進まないと。

足元の瓦礫に、足が引っかかる。ぐらり、と身体のバランスが崩れていく。

ああ、やっぱり、私は、大事なときに、何も出来ないんだ。あの時も、転んで、母親を死なせてしまった。今も、こうやって、地面に倒れ込むことしか、出来ない。


「大丈夫か?」

地面につく、その寸前。腕を引かれ、身体の体重が前から後ろへと移動する。
身体の制御が追いつかない私は、そのまま後ろに倒れ込みそうになるが、誰かがそれを、受け止めた。

どくん、と心臓が揺れる。

さっきまでの緊張や、恐怖とはまた違う、何かが私の中を巡る。どくん、どくんと、折角立っていられているのに、崩れ落ちてしまいそうなぐらいだ。
そうだ、あの時も、私は、転びそうになっていた。それで、あの人が支えてくれて、私は地面に伏すことなく、助けられた。
あの時も、同じように、大丈夫かと、声をかけられていた。幼い記憶、たった一度だけ、理解出来なかった言葉で言われた、あの声。

あの声と、重なる。

腕を掴んでいた手が、離れる。支え無しでも、私は立っていられている。あの時は、ずっと抱えられていたのに。
私を心配する、声が聞こえる。誘導、見事だったと、褒められる。もう、無事だと、安堵させる言葉が、聞こえる。

振り向いていいのだろうか、この声の主の顔を、私はみていいのだろうか。心臓が、高鳴る。でも、見ないと、振り向かないと、私は、一体何のために、ここまで来たんだ。

ゆっくりと、身体を、後ろに向ける。

「―――あ…っ」

目の前に居る男性の姿は、あの人と、重なった。

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