行動


「随分といい表情するようになってるじゃないかい!」

数分間、ガーネさんと座りながら、那智達やガーネさんの好きな人の話をしていた。そこに、先ほどガーネさんが美樹さんという名前だと教えてくれた女性が戻ってきた。美樹さんは私の顔をのぞき込んで、うんうんと満足げに頷いている。

「本当ガーネは人を元気づけるの上手だねぇ!」
「笑顔ならガーネにお任せくださいです!」

そうかい、と笑ってから、私とガーネさんの頭をくしゃくしゃと撫でる美樹さん。那智や、淳史が落ち着かせようとしてくれるときに、時々頭を撫でてくれたり、さっきのガーネさんのような撫でられ方もレティがしてくれたり、そういうことはあるけれど、こんな風に大きく撫でられることなんかなくて、少しくすぐったい。

「さて、向こうの道は行き止まりだったけど特に魔物もいなくて問題なかったね。あとはジュドさんとキリの帰りを待つかね!」
「呼んだ?」
「わぁあ!?キリくんいつの間にいたんですか!ガーネびっくりですよ!!」
「さっき」

暗闇の中から、気配もなくふらっと現れた男性に私もガーネさんと同じように驚く。キリさん、という名前も先ほどガーネさんが教えてくれたし、話の中で何度もでてきた。
ふ、とそこに今までとは別の匂いが漂ってきたことに気がついた。独特で、鼻につくこの匂いは日本にきてからあまりかいでいなかったけれど、スラム街に住んでいた頃は時折かいだことがある香り。
煙草の香り、だ。

「キリく〜ん、もうね、さっさと進むのやめてほしーな?おっさんは労るべきだって」
「じゃあ禿げれば」
「キリくんが今日も北極並の冷たさでおっさんしょげちゃう」

みたことのない、煙草の煙を纏った男性がキリさんの後ろから現れた。年は、私なんかよりも随分と上だと思う。あまり関わることが少なそうな年齢の男性だったが、おそらく、教師の櫻井先生と同じ……ぐらいじゃないかと、思う。
男性は煙草を加えながらこちらに近づいてくる。美樹さんと顔を合わせると少し気の緩んだような顔で、ただいまぁと言っていた。
多分、この人が、ガーネさんが言っていた「おじさま」なのではないかな、と重いながらじっと見ていると、男性は私と目があった。

そして、少し驚いた顔をしている。

「……なんで学院生のお嬢さんがこんなところにいるんだ?」
「えっ」
「え!?フィオナさん学院生だったんです!?」

何も話していない、何も行動していない。ただ、私は目があっただけ。それなのに、どうして学院生だと分かられたんだろう。
男性の発言に、美樹さんもキリさんもガーネさんも、みんな驚いている。私のことを、団員だと思っていたんだろう。こんなところに、団員以外がくるはずもないから。
どうしよう、誤魔化す……なんて、そんな器用なこと、私にはできない。

「す、みません。私は、確かに学院生です。…だます、つもりはなくて…」
「あーごめんごめんおっさんそんなびびらせるつもりじゃなかったからそんな悲しい顔しないでほしいなお嬢さん。つかお前等このお嬢さんが学院生っての分からなかったのかよ〜。まだまだヒヨッコ共め、おっさんが教えてきたことはなんだったのよ」

ぷんぷん、と口にだしていう男性にキリさんと美樹さんは口を揃えて「うわぁ」と声を上げた。ガーネさんは……ガーネさんは、全力で私の頭を撫でてくれている。
いや、あの、ガーネさんは、なんで頭を。わしゃわしゃわしゃと音を立てながら撫でられて、流石に困惑する。ガーネさんの考えは、前向きというのは分かったけれど、今は何を考えているのかよく分からない。

「フィオナさん学生だったんですね!本当に怖かったですよね!大丈夫ですガーネがしっかりフィオナさんを守りますからね!!」
「いや、あの、えっと、」
「なんだいガーネ、本当に随分と仲良くなっているじゃないかい」
「フィオナさんは今ではもうガーネの妹のような方です!」

そ、そうなの、か。いつの間に、そんなことに……?
ガーネさんの言葉にさらに困惑していたが、男性の「おーい」という声にはっとする。煙草をもったその男性は、私をみてにっこりというか、自信満々な表情を見せてきた。

「ちなみになんでおっさんが分かったかというと、目をみてこう、勘でだ!」
「おっさん誰も聞いてないから黙って」
「美樹ちゃ〜んキリくんが今日も冷たい〜」
「まあ確かに聞いないからねぇ!」
「誰も慰めてくれないおっさんつらい!」

よよよ、と言うように両手で顔を覆う男性に、私はどうしたらいいのだろうか。
おろおろと行き場のない手が空中をさまよっていたら、ガーネさんが私の手を掴んだ。そして「おじさまのこれはいつものことです無視しましょう!」と凄くいい笑顔で言われて、思わず反射的にはい、と返事をするしかなかった。
まだ名前も知らない男性は、私のそれを聞いて崩れ落ちるように地面に伏して若者が冷たいと嘆いている。なんだかとても申し訳ない。申し訳ないのだが他の3人はそれをみて笑っているというか、気にしていないというか、そのせいでどうしたらいいのかわからない。

「と、まあおっさんが可愛らしく場を和ませたところで」
「おっさんが、なんて?」
「キリくんそれ聞き返すのやめてほしいな。学院生のお嬢さん、今日はまたどうしてこんな場所に来たのかおじさんに話してごらん」

地面に伏していた体を起こし、座り込んでいる私と同じ視線になるように男性も膝を立てて座った。
その言葉は、責めるような声色ではなく、優しく、迷子の子供に、どこから来たのか尋ねるような雰囲気だった。それでも、その瞳は、逃がすことを許さないように強く真っ直ぐと私を見ていた。
ぐっ、と息を飲む。

「……人を、探しに。私にとって、とても、大切な人…なんです。名前も知らない、一度しか、会ったことのない、人……です。…その人が、ここに、いるはず、だから……私は、ここに、います」
「………」
「だけど、討伐の邪魔は、……しません。…会いたいだけで、ここに、飛び込んで、来ました。色んな人の……ご迷惑に、なっている、のは、分かってます。…だから、今は、あの人に会うよりも、…討伐の邪魔をしないように、して、ここの、魔物を…倒して、から、探します……」

もしかしたら、日本に来てから一番長く1人で喋ったかもしれない。
ガーネさんと話していて、思ったこと。自分のしたいことと、するべきことは、別だ。迷惑じゃない、とか迷惑をかけていい、とか言ってくれる人もいた。だけど、私があの人に会いたいっていうだけでこの場にいるのは、少なくとも、迷惑がかかる人はたくさんいて、私も、よくないと思う。
だから、今だけは、あの人に会いたいとか、探したいとか、置いておく。
まずは、魔物を倒す、手伝いを。それからでも、あの人がこの場にいるだろうということは変わりないから、探すのは遅くない、はず。

どうしてここにいるか、という質問に、私が答えられると思うことは言えた。私を真っ直ぐ見てくる男性の目を、じっと私も見つめ返す。

「うん、よしじゃあ一緒に行こうかお嬢さん」
「え、いいん、ですか」

少なくとも、反対の言葉や、何か、否定するような言葉がくると思っていたのにあっさりと、答えられる。私はそれに拍子抜け、という感じだった。
男性はにこりと笑い、頷いた。

「これがいいのよ。さっきまではガーネちゃんか美樹ちゃんに頼んでお家に帰そうと思ってたけどね。そんな真剣に見つめられちゃったら、おっさんお嬢さんに惚れちゃってね。側を離れるの嫌になっちゃった」
「おじさまろりこんというものだったのですか!?フィオナさんの身はガーネが守ります!!」
「おっさん今かっこつけてるからガーネちゃんは黙ってほしかったなぁ〜」

私をかばうように抱きつくガーネさんに少し驚いたが、こういうやりとりが彼らの日常なんだろう。少し、慣れてきて、笑みがこぼれる。
わざとらしく落ち込んでいた男性は立ち上がり、私達のやりとりを黙ってみていたキリさんと美樹さんの顔を交互に見た。

「と、言うわけでこのお嬢さんつれていこうとおっさんは思っているんだけどどうかな2人とも」
「ジュドさんがそういうならあたしは反対しないよ。何より花があっていいしねぇ。キリはどうだい?」
「………」

キリさんは、じっと私を見てきた。ガーネさんや、美樹さんと違って、少し冷たさがあるその表情。何を考えているのか、私には全く分からない。最初から、あまり私に関わろうとしていなかったし、あまり、いい印象を持たれていないのかもしれない。
なんて言われるのか、ぐっと身構える。

「……いいんじゃない、別に。さっきなら追い返してたけど、今ならまだ覚悟あるみたいだし」

その言葉に、ほっと胸をなで下ろす。よかった、ついて行くことに、反対する人がいないということは、少し……いや、かなり意外だったけれど、私は、出会う人に恵まれたようだった。
安堵している私だったが、それを気にせずキリさんは「それに」ともう一言付け加えてきた。

「この子、”死”の怖さを知っている目だと思う」




***




「電気に集まる性質の魔物、ねえ」
「そ、それでこの先が発電機の設置場所ってなわけなのよ」

私とガーネさんが座っていた通路から移動を始め、目的地は男性……ジュドさんが調べた発電機がある場所らしい。
そこに、この病院に居座っている魔物達の、おそらくボスだと思われる魔物がいるようだった。見つけたのはいいものの、他にも複数魔物がいて、流石に1人では不利だと判断したジュドさんはガーネさん達を呼ぼうとした。その時にキリさんが呼び戻しに来たということだった。
どうやらここの魔物達は、電気を体に蓄えることが出来る……おそらく、黄色の宝石を持つ魔物達が、まだ予備の電力が生きているこの病院に発生したんだと思われる…らしい。
その電力を蓄える際に少し発電機が作動しているから、この病院のところどころの電気がついているんじゃないか、とジュドさんは言った。
色々と説明してくれるが、自分の日本語の理解力のなさと、まだ魔物の生態についてそれほど詳しくないので、分かっていないことはたくさんありそうだけれど、自分の中で理解出来た内容をかみ砕いて整理していく。

「おっさんが魔物を見つけたとき、丁度男2人組とも出会ってね。戦力は多い方が超したことないってなわけでそこと一緒に戦うことになってるからよろしくね」
「構わないよ、どこの誰だい?名前は聞いたのかい?」
「いや〜、おっさんの知り合いじゃなかったし知らないなぁ。しかも片方はまー、まだ話が通じたからよかったものの、もう片方がね〜。もうぴりぴりっとしてて、若造らしい殺気でててね〜。年配には厳しい殺気だったから、とっとと話つけてこっちきたから名乗るのも忘れちゃった」

思い出したくない、と言いたげに肩を下げてため息をつくジュドさん。それは災難だったねぇ、と美樹さんが慰めている中、少し、思い当たるところがあった。
ぴりぴりとした殺気の、男性。思い出すのは、道中に出会ったあの男性。もしかしたら、彼かもしれない。あの男性は、私が探しているあの人の特徴を那智が言ったときに反応していた。もしかしたら、知り合いなのかもしれない。少し、怖い人だと思ったけれど、もう一度会いたい。会って、あの人を知っているのか聞きたい。
………それに、なぜだろう。道中で会った時から思っていたけれど、私は、あの男性をしっている気がする。どこか、何かで引っかかる。それも、確かめたい。

「……って作戦だって向こうにも伝えてあるからね。フィオナちゃん?おーい、ふぃーおなーちゃ〜ん」
「え、あ、な、なんでしょう、か?」
「フィオナちゃんまでおっさん無視しちゃうの?おっさん悲しみ背負って泣いちゃうよ?」

泣いちゃう、といいつつ顔を覆ってもう泣き始めているジュドさんに慌てて謝るが、ガーネさん曰く鳴き真似らしい。えっ、と声を出してみたらジュドさんに「フィオナちゃんが変なツボ買わされたりおじさん心配になってきたよ」ととても心配そうな顔をされた。なぜ、私がツボを買う話になっているんだろう。

それは置いといて、と話を戻してもらった。

ここにいる魔物は、電気を好んでいる。作戦というのは、その性質を使って、黄色の能力を使い魔物達の気を誘導させて、不意を突いて一気に倒すというシンプルな物だった。
先ほどジュドさんが出会った男性達には、すでに隠れていてもらい、私達の誰かが誘導させて合図を送ればその2人と、誘導していない人達で攻撃する。ということらしい。

「つまり黄の能力を持っているあたしが誘導係ってことだね」
「ま、そういうことになるね。あの2人はどっちも黄色持ってなかったし、この中だと美樹ちゃんしかいないしねぇ」
「美樹さん、誘導頑張ってくださいね!」
「ちゃんと倒すね」

「……あのっ」

美樹さんが誘導する、ということで話が盛り上がってる中、頑張って声を張り上げてこちらに注目してもらう。
4人は一斉に、私の方をみた。注目されるのにはなれていない、けれど、自分がしたことだ。唇が少し震える。

「その誘導係……私に、やらせてください」

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