突入


「今回のは元々でかい討伐任務でいろんな奴がいっててんけど、魔物が出現した病院内に入った途端に団員との連絡が途絶えてん」

玲央の話を聞きながら、俺達三人は足を進める。

魔物が現れたというその病院が廃墟になったのは、そこそこ大きな病院だったらしいが設置場所が街の外れにあり、交通も不便なので使用者の数も減り、さらに駅に近いところに新しく病院が出来たから、という理由。
新しく建物を建てるわけでもなく、取り壊されることなくそのまま放置された病院は廃墟に、そして今は魔物の住処になってしまった。

「病院やから、連絡とれへんのは幽霊の仕業や〜なんてアホなこというやつらもおんねんで」

ケラケラと笑う玲央は、どうやらその説は信じてないらしい。
……ちょっとだけ幽霊の仕業じゃね?とか思ったことは言わないでおこう。うん。

幽霊の話は置いといて、本当の一番大きな説は魔物の性質による電波障害とのこと。
街外れだから電波が悪いだけかもしれないが、スマホから無線機、GPSやら色々なものが使い物にならないらしく、最初に討伐に向かった人達は現時点では「消息不明」の状態になっている。

「そんで、急遽救助として動けるやつに連絡が回ってきたわけや」

電波妨害なら、それに対応できる電波を操れる黄色の能力を使える人や、もし先に行った奴らが怪我をしていた時に対処が出来る人がメインにな、と補足が付け加えられる。
玲央自体はそれの両方が出来るので急ぎでこっちに向かったところ、偶然俺達とあの討伐団員の男がいるところを見かけて、今に至るということだ。

「まさか討伐の救助に向かって、学院生拾うとはおもわんかったわー」
「す、…すまない、玲央さん……迷惑を、かけて…」
「ええよ別に、可愛らしい女の子は助けたらなあかんからな!」

まあ実際は男やったけど、と小さく呟きながら俺を見る。
それに対して勝手に間違えた玲央が悪いだの、反論なのか文句なのか学院にも団員にも性別不明者多すぎでややこしいと言われたりだのとわいわいしながら足を進める。



「ここやな」

目的地は案外遠くなく、10分も歩けばたどりついた。
廃墟と聞いていたからどれだけおんぼろなのかと思っていたけど、ホラー漫画や映画でみるような古い病院ではなく、少し年期が入っている風貌なぐらいで、ボロいというほどではなかった。

ただ、そんな病院の姿よりも俺達の目を釘付けにするものがあった。
入り口前には、さっきみたやつと似たような姿の魔物……の、死体が転がっていた。
それも、一匹二匹ではなく大量に。死んで間もないのか腐敗臭はしないけれど、血生臭い匂いで充満していた。

「誰かこっから魔物出さへんようにしとった門番役がおったみたいやけど……そいつの姿が見当たらんな」

ぽつりと玲央が呟く。

その門番をやっていた団員がどうしていないのか、怪我をして避難したのか何かあって病院の中に入ったのか、あるいは……と嫌なことが頭をよぎる。
それを振り払おうとするけれど、門番役がちゃんと機能していたらさっき道端で魔物と遭遇することなんてなかったはずだということに気がついて、その嫌なことは頭から離れることはない。
フィオナの方に目をやると、俺と同じようなことを考えていたのか、この血生臭さにやられたのかどちらかは分からないけれど、顔が真っ青になっていた。

「大丈夫か嬢ちゃんに坊主。今からでも引き返してええんやで」
「……俺はいける、フィオナは?」
「…だ、大丈夫…だ」

声色はあまり大丈夫と言えるものじゃないけれど、そこを指摘するほど無粋な考えはしていない。
大丈夫って言ってるしそもそも俺達はこういうのは「大丈夫」にならないといけないんだ。

そんな俺達の様子を見て、玲央は一つため息をついて何かを取り出した。

「どっちか手ぇだし、お守りあげるわ」

お守り、という言葉に少し何言ってんだこいつと思ったけど、この状況でふざけてるような声色ではなかった。
俺はいいから、とフィオナに手を出すように催促する。フィオナは少しおそるおそる玲央に手を差し出すと、色白の手のひらにころんと何か小さな種のような物が転がった。

「え、えっと…これは……?」
「使い方は特にない、持ってるだけでええ。俺が側におらんでも持ってるやつの身になんかあったら一度だけ発動するわ」

自発的なもんの調整は苦手やから一個ずつしか作れへんけど、と俺をみて少し申し訳なさそうに言う玲央。
俺のことは気にしなくていいと伝えると、頭をわしゃわしゃと撫でられた。絶対子供扱いしてるだろこいつ!

「よっしゃ、いくで!気ぃ引き締めや!」

玲央のその一言と共に、止めていた足を進めて病院の中に入る。広いロビーから奥に向かう通路と、両サイドにも通路と道は三つに分かれてる。
誰もいない廃墟の病院のロビーは、がらんとしていてあちらこちらに何かが暴れ回った跡と……血痕が飛び散っていた。
それに壁や柱、床のあちこちにヒビも入っていて、いつどこが崩れてもおかしくない状態だ。……だけど、なぜか電気は生きているのか、壊れていない電灯には明かりがついている。

少し奇妙で、張り詰めた空気が俺達を支配する。思わず、唾を飲み込んだ。
それが合図かのように、正面の通路奥から地を這うようなうなり声が聞こえてくる。

「玄関先といい…こんなところまでこさせて中の奴らはなにしてんねん!」

うなり声が聞こえたその瞬間、玲央が叫び何かの種を投げたかと思えば、一瞬にして通路には蔓のバリケードが出来上がって奥が見えなくなった。
戦闘体勢に入っていた俺とフィオナは、その状況に呆気にとられる。そんな俺達を無視するように、バリケードはどんどんと小さくなっていき、それと同時に魔物がもがき苦しむ声が聞こえてくる。

あっという間に、蔓のバリケードは壁ではなく、魔物を縛り上げ動きを封じる縄に変わっていた。これは倒すというより、捕獲の方に近いんじゃないか?

「戦わねぇのか?」
「なに言ってんねん、これが俺の戦闘スタイルや」

玲央は蔦の縄に縛られ、床に転がりながらも必死にもがく魔物に近づいていき、それを軽くトン、と触った。そこから、蔦から一気に毒々しい色をした花が咲き乱れ、何か粉のようなものが魔物に吹きかけられる。
粉を浴びた魔物は数秒もしないうちに、うなり声も消え失せ暴れる様子もなくなった。

「直接ぶった切ったりして倒すんだけが戦闘ちゃうで、坊主」

にひっ、と無邪気に笑う玲央の表情は俺よりも年下のようにみえるぐらいだった。……けど、横にぴくりとも動かない縛られた魔物が転がっているのを見ると、少し背筋が寒くなる。

「とりあえず救助含め人捜しが俺等の目的や。極力怪我はせぇへんように−−−」

まだ通路には行かず、ロビーで玲央の様子を眺めていた俺達の方をみて……玲央は、目を見開いた。
その表情の意味を後付けするように、荒々しい殺気が襲いかかってきた。

「……っ!」

玲央が俺達に呼びかけるか、俺が魔物の気配に気付くかどちらが速かったか分からない。
横から飛び出してきた魔物の攻撃に、反射的に俺は玲央のいる通路側へ、そしてフィオナは逆の入り口側へと飛び移った。
俺とフィオナが立っていた所に、魔物の巨体が飛び降りた。そいつはさっきの奴らよりも一周りでかいせいか、まるで地震が起きたかのように足元が揺らぐ。

「反応ええな自分ら!ノロマやったら押しつぶされとったで!!」
「そこまで弱かねぇよ!フィオナ!無事か!?」
「ぶ、無事だ……!−−−あ…っ」

パキッと無機質な嫌な音が響き、入ってきた時に見えていた、ヒビが入り脆くなっていた床が頭をよぎる。

「フィオナ!!」

巨体な魔物の衝撃に、ひび割れ脆くなった床が耐えきれるはずもなく、たった一つの小さな無機質の音だけが前触れ。
どうにかしようと思ったときには既に、魔物が遮りながらも見えていたフィオナは……落下していた。
ガラガラと大きな音を立てながら、床は穴を広げていく。急いでフィオナが落ちていった穴に駆け寄ろうとするが、目の前の魔物はそれをさせまいとつんざくような声で吠える。

「くっそ、どけ!!」
「おい坊主!?」

玲央が静止する声も聞かずに、魔物に向かっていく。

この短い距離だと、風を纏ってぶつかっても勢いが足りない。それなら……!
風を出す要領と同じように、つい先日の実践演習で開花した「赤」の能力を使って炎を身体に纏わせる。俺の出す炎の熱気に、魔物がたじろぐ。
まだ細かい使い方はわからねぇけど、風を使うように使うことなら出来る!
ずっと脇に抱えていたスケボーを床に降ろして、いつも通り上に足を乗せて、風で浮いて炎を俺ごとぶち込んでやる!
いつもやっているとおり、紋章のある足首に力を込めて風を起こす。

………いや、起こそうとした。

「な、なんで風が……!」
「アホ!!なに気ぃ散らしとんねん!!」

いつまでたっても起こすことが出来ない水色の能力に気を取られ、身体を纏う炎は消え去っていた。
玲央の言葉で、はっとした時はもう遅く、俺が攻撃しないと判断した魔物の爪が目の前まで迫っていた。

これは、流石に、やばい−−−。



「伏せなさい!!」

凜とした高い声と共に、一本の矢が魔物の振りかざしていた腕を貫ぬいた。その矢は魔物の腕を貫くだけでは飽き足らずに、「矢」の形を一瞬にして変形させ蔓に変形し、凶悪な腕に絡みつく。
突然自身の腕が貫かれ、さらに不自由にさせられた魔物は建物全体を揺らすような大きな呻き声を上げる。

「うるせぇんだ、よ!!」

低めの少しいらついたような声が聞こえると、魔物に斬りかかる男の姿。
うるせぇと言っていたのに、男が斬りかかったせいでさらに魔物は大きな声を上げるが、攻撃されていると分かるや否や俺や玲央を飛び越え傷だらけのまま通路の奥へと逃げ去っていった。

「那智!無事ですの!?」
「おい怪我はねえか那智!!」
「レティ…淳史……!」

見慣れた二人が、自身の武器を手にとって俺の元へ駆け寄ってくる。二人の姿を見て一気に安堵感が自分を占めたが、それはレティの「フィオナはどこに」という一言で一瞬で去って行った。

「フィオナはこの穴に−−!」
「坊主!まだおるで!!」

フィオナの状況を説明しようとした瞬間に、また横の通路から新たな魔物が飛びかかってきているのに玲央の言葉に気がつく。
俺を含め四人が迎撃する体勢になったが……飛びかかかってきた魔物は銃声と共に頭を空中で打ち抜かれ、打ち抜かれた勢いで俺達にぶつかることなく床に落ちた。

「皆さん無事ですか!?」
「ほらほら構えなさいお子様達!さっきのデカ物の砲口で雑魚が次々集まってくるんだから!」
「郁さん!?」
「郁に千尋!自分らやっときたんか!!」
「玲央!?那智くんと一緒にいたのですか!?」
「あんた救助と連絡回しの仕事放ってなに学院生と一緒にいるのよ!」

銃…よりももっとごつい、おそらくスナイパーライフルを構えた郁さんと、見知らぬ女が病院の入り口から入ってきた。どうやら玲央と二人は知り合いだったようでお互いに驚いている様子。
だけど、そんなことを気にしていられるのは一瞬。玲央が千尋と呼んだ女の言う通り三方向の通路からは次々と魔物が集まってきていた。
狭い通路の入り口付近にいる俺達四人は、後から入ってきた二人の元にいき、ロビーの真ん中でこの場にいる全員が集まった。

ただ俺は魔物が集まってきているから、集中しないといけねぇのにどうしても落ちていったフィオナが気になって仕方がなくて、床にあいた穴を気にしてしまう。

「……っフィオナ…!」
「安心せぇ坊主、ただ落ちただけやったら嬢ちゃんは無事や。さっき渡した種がちゃんと発動したん感じたわ」

また玲央に頭をぐしゃり、と撫でられる。やっぱ子供扱いしてんだろとは思うが、その玲央の言葉にほっと胸をおろす。

「ちょっとお待ちなさい那智!フィオナがどうなったか説明してくださらない!?」
「魔物が開けた穴にフィオナが落ちたんだよ!でも無事だからとりあえず今は戦うぞ!」

色々言いたいことがある様子のレティだったが、流石に普段の演習に出てくるような魔物とは桁違いのやつらに囲まれているせいか、ぐっと言葉をこらえていた。

はやくこの魔物達を倒して、フィオナの元にいかねぇと……!

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