憂さ晴らし


本日行われる対抗戦の振り分けが書いてあるプリントを手にとって、鈴佳は自分の名字を探す。色白の指先で紙の上をなぞり、一行ずつ丁寧に下へ下ろして行く。その指がぴたり、と目的の文字の上で止まった。そのまま、横に移動して隣にあるチームの名前を確認した。
印刷されている文字を目にして、鈴佳の眉間にシワが寄った。そして、一つため息。

「あのチームか……」

指先にある文字は、「チーム自由」。




「…で、オーダーはどうしたの?」

指定されたフィールドに向かっている途中、千里がペットボトルの水を喉に通しながら鈴佳に尋ねる。それに反応した鈴佳は、短く「ああ」と呟いてから呼びにとっておいた自分達のオーダー表を取り出した。

「凪、かごめと千里、私だな」
「あら、アタシと千里なの?久々に千里がいるんだし、凪と千里かと思ったわ」
「今日の相手は組み方も何もかも予測不明なチームだ。ただし全員戦闘力はある。だから凪個人の方が卒業試験の特訓になるだろう。
………まあ、相手によっては一分持てばいい方だがな」

実際凪の勝敗率と言えば、個人戦はほんの数割もない。そう考えると、チーム自由のメンバーに個人戦で勝てるのはほぼほぼ不可能に近くなる。何故なら、チーム自由は対抗戦で戦った場合ほぼ全勝しかもぎ取っていないチームなのだから。
ただし、「戦った場合」のみであるが。

戦闘云々より、それ以前に問題があるチーム。今日はその問題がくるのだろうかと鈴佳は小さく頭を悩ませた。
唸らせながら歩き続けていたら、ぐっと引き止められて鈴佳は驚き目を見開いた。目の前には野外フィールド用の柵。いつのまにか目的地へと辿り着いていたのだ。
誰が引き止めたのだろう、と思い振り向けば鈴佳の服を引っ張っている凪の姿が。引っ張っていた手を離したら、凪はメモ帳を取り出しさらさらと文字を書き出した。

『出雲さん。相手のチーム、一人しかいないみたいですよ』
「……ああ、そうだな。お前の友人の……野坂栄は今日来ていなかったか?」
「………」

ふるふると首を横に振る凪。つまり、野坂栄は今日学院には来ていたが対抗戦には来ていない。ということだ。
これがこのチームの問題。まとめる人間がいないのか全員が揃うことはあまりないし、そもそも出てこない。寧ろ今日一人でもいた方がマシなのだろうか。ただ、今相手側にいるその一人も中々問題だ。

「……葵だけ、か…」

その人物の名前をポツリと鈴佳はポツリと呟いた。

「あら、サフィードも来ていないのかしら。今日昼寝しているのは見かけたのに」
「サボりなんていただけないわね」
「もうっ、千里が言えたことじゃないでしょう!」
「私のはサボりじゃなくて研究に夢中になってるだ・け」

ウインクしていう千里に、かごめは再びもうっと頬を膨らませた。それを横目にしながら、鈴佳はもう一人の……葵と基本一緒に行動している恵もいない事に少し考えた。
……が、彼女もかなりのサボり癖がある。悩まなくてもただ今日は気が乗らなかったとか言っていそうだ。

「まあ、今いない人達を考えても仕方ない。凪、殺されはしないだろうが死なない程度に奮闘してこい」

鈴佳の言葉に、凪はえっと言いたげな表情を浮かべた。しかし、それ以上は鈴佳から言われることはなく、早くフィールドに入れと催促されるので、言われたままフィールドに入る。
フィールド内には既に葵が腕を組み仁王立ちをして待ち構えていた。しかも眉間に皺を寄せて、あからさまにどこか不機嫌なオーラを醸し出している。そんな葵に少し怯えながらも、凪は自分の対戦相手に一礼をした。葵はぴくりとも動こうとはしない。


「対抗戦、チーム出雲vsチーム自由。
第一回戦、佐倉凪vs八神葵。試合かい−」
「………え、」

審判が言い終わるかどうか、そんなタイミングで思わず凪は普段出さない声を出した。

凪の目に映っている世界が、弧を描く。

「……が―――!」

だぁんっ!!と大きく地面に物がたたき付けられる音。それと同時に背中一面に大きな衝撃を喰らった凪は、その衝撃の波に押されるまま意識を手放した。
葵に胸ぐらを掴まれた状態で地面に抑え付けられ、しかも目を回している凪。これはもう確実に戦闘不能の状態だ。試合開始と言ったばかりの審判は少し戸惑いながら、一回戦試合終了という声を上げた。

「……雑魚は引っ込んでろ」

そう吐き捨てた葵は、目を回した状態の凪の胸ぐらを掴んだまま片手で軽々と持ち上げる。そして、40m先の鈴佳達に向かって思いっきり凪を投げた。
一直線に飛んできた凪を鈴佳が重い衝撃と共に受け止めた。少し歯を食いしばった後に柵を背もたれに凪を下ろした。そして、気を失っている自分の最弱なチームメイトの頬に平手打を一発お見舞いする。

「………!!」
「勝てとは言わなかったが、一秒で負けて良いとは言っていないぞ凪。いくら葵が相手だろうと酷すぎるな。特訓のやり直しだ」

目が醒めた途端のこの言われよう。叩かれた頬を抑え、背中に重い痛みを覚えている凪は情けない顔をしてこくりと首を頷かせた。

「はい、痛み止め」
「……!『ありがとう、水無月さん』」

千里は錠剤と、先ほど飲んでいた水入りのペットボトルを凪に差し出す。他の人間ならここで千里の作った変な薬ではないかと疑うところだか、凪にそんな風に疑った様子は一切無く錠剤と水を喉に通した。
実際彼は声を出せないので「つまらない」という理由からあまり被害が来ていないだけだが。

「鈴佳、アナタのお友達結構野蛮ねェ…」
「……結構どころではないな。私の知る限り戦闘に関しての容赦なさでは葵は群を抜いている。正直、二人には戦いにくい相手だと思うが……」
「ね、今からエスケープしていい?」
「ふざけるな千里」

千里の頼みはずばっと切られてしまった。どうやら凪に対しての扱いを見て、葵と戦うのは嫌になってきたらしい。それはかごめもほぼ同じ気持ちだった。
そもそも、この二人はあまり戦闘向けの性格をしていない。相手が研究対象や宝石を出す魔物ならば二人のやる気は起きただろうが、生憎と今の相手は人間。
何が楽しくて、あんな凶暴な人と戦わなければいけないのだろうか……。二人は同じことを思いつつ、渋々フィールドの中に入った。まだ指定された休憩の時間は終わっていないが、フィールドの中央に立っている葵が「早く来い」と言わんばかりにチーム出雲を睨み付けているのだ。

「は〜あ……こんな子と当たるなら今日はもう少し研究していたらよかったわ…」
「いつもそんなことばっかりしているからツケが回ってきたのよ。研究熱心なのはいいけれど、もう少し他のことも頑張りなさいよ。もうっ」
「夜のことなら頑張れるわよ?」
「そういう話はアタシにしなくていーの!」

そんな掛け合いをしながら、二人は先ほどから微動だにしない葵の前に立つ。先ほどの凪があまりにもつまらなかったのか、眉間のシワや不機嫌なオーラが増していた。


「それでは、二回戦開始!!」

審判の声と一緒に、先制攻撃と言わんばかりに千里が葵の足下に向かって何かを投げた。ぱりんっとガラスが割れた音が鳴ると同時に、不気味な色をした煙が葵を包む。
煙の中で葵が咳き込むのを確認して、千里は腕を組み余裕の表情を浮かべた。

「新作の対人間用の毒薬よ。鍛え上げられた大の男でも数時間は苦しむ物だけど―」
「千里!!」

研究者の性なのか、薬の解説を始めた。しかし、その言葉はかごめの荒げた声によってかき消された。自慢の薬の解説を中断されたことに、少し拗ねた表情を見せた千里。だが、立ちこめる煙の中から一直線に向かってくる人を見て目を見開いた。

不気味な色をした煙を纏わせ、片足を軸に回転し、勢いに乗った葵の脚が千里の腹に直撃した。
ガードもまともに出来ていなかった千里は、後ろへと体を飛ばされ、柵に激突した。ぐったりと力が抜け、動く様子のない千里を見て審判は再び試合終了!と声を出した。

「……生憎、この程度の毒なんざ効かねぇんだよ」
「ちょっとアナタ!!」
「ああ?」

怒りの表情をあらわにしているかごめが葵に詰め寄り、ぐっと胸ぐらを掴んだ。それに対して葵はあからさまに嫌悪している。

「いくら対抗戦だからって、女の子のお腹蹴るなんてどういう神経してんのよ!!」
「っせーなカマ野郎が。戦闘だっつーのにあの女がべらべら話出すから癪に障っただけだろうが。悪いか」
「悪いか、ですって……!?」
「止めろかごめ!」

凛っとした声が響く。その声の主の方にかごめの意識が向く。その時に葵は胸ぐらを掴んでいるかごめの手をばしりと勢いよく払った。かなり強く払ったのか、かごめは手を押さえて強く葵を睨む。
再びかごめが葵の胸ぐらを掴みそうな勢いの時、彼の肩に色白の手がぽんっと乗った。

「止めろと言っているだろう、かごめ」
「……っ鈴佳…」
「お前は戻れ。凪と千里の介抱を頼む」
「……分かったわよ」

少し不満が残っている様子だったが、鈴佳の指示に従ってかごめは自分のチームメイトの元へ走った。一度だけ振り返って葵を睨み付けたが、その睨み付けられた本人は何食わぬ顔をしていた。
かごめがフィールド外に出たのを確認した鈴佳はふぅ、とため息をついた。

「今日は一段と戦い方が荒々しいな」
「あぁ、だろうな。今日は憂さ晴らしに来ただけだ」
「…………相変わらず、対抗戦に出る理由が不純だな」
「はっ、屑みたいな奴らと何度も戦う気になるわけねぇだろ」
「……そうか」

鈴佳からはそれ以上の発言はなかった。言葉の代わりに、腰から下げていた日本刀を美しい動作で鞘から引き抜き、構える。
強く鋭い瞳が、葵をとらえた。その目を見て、ずっと不機嫌な表情だった葵が愉しげな笑みを浮かべた。

「やっぱりお前ぐらいの奴じゃねぇと張り合いがねぇな」
「そう思われているなら、光栄だな」

交わされる言葉。緊張した空気がフィールド内に張り詰められている。


「それでは、三回戦試合開始!!」









「―――そこまで!試合終了!!」

審判の声が響く。

葵と鈴佳は、お互いに肩で息をしていた。フィールド内は修正にかなり時間が掛かるほどボロボロに。

結果は、タイムアップによる引き分け。
その結果に満足いかなかったのか葵は大きく舌打ちをして審判を睨み付けた。審判は討伐団からのバイトの人間であるようだが、葵の迫力に少しだけたじろぐ。不満をそのまま審判に向かって爆発させような表情だったからだ。

鈴佳は全敗にならなかった事に安堵して、深くため息をつきながら刀を鞘へしまう。

「審判。二名負傷し一名負傷者に付いている。だから礼は私達だけでいいだろうか」

こくりと審判が頷いた。それを確認して葵と鈴佳は頭を下げる。
そして言葉を交わす間もなくすたすたと葵はフィールドから去っていった。

「……憂さ晴らしのために、か」

試合前に葵がいった言葉を、鈴佳が呟いた。その言葉は、空に溶けて消えた。



彼女の戦う理由

(友人といっても、何の為にこの学院に来ているのか私は知らないな)

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