休憩


地響きとともに低く、体にのしかかるようなうなり声。それの発生源は、俺たちのすぐ側だった。
討伐団員の男越しに見えたその姿は、ライオンよりも一回りほど大きな身体で、牙をむきだしにして、獲物を狙う目をした魔物だった。興奮して逆立っている毛には、ばちりばちりと音を鳴らしながら電撃をまとっていて、電気を扱える魔物だということが一目で分かる。

魔物の存在を理解した瞬間、今まで押さえつけられて圧迫されていた身体が瞬時に軽くなる。押し返していた刀も、俺の手の中から引き抜かれていた。
俺を押さえていた男は、既に現れた魔物の目の前まで移動していて、魔物に斬りかかっていた。その動きは、俺には程遠い『強い奴』の動きだった。

「那智…!その、すまない……!」
「なんでフィオナが謝るんだよ……いってっ!」
「て、手は…背中、も…無事なのか……!?」

討伐団の男の動きに見入っていたところで、フィオナが俺に駆け寄ってきた。それと同時に、叩きつけられた時の痛みや刀を押し返した時の痛みが一気に襲ってくる。
大丈夫だから気にすんな、とフィオナに返して立ち上がるが、正直めちゃくちゃ痛い。手のひらなんてぱっくり切れて、血が流れ出ている。日本刀をつかんで押し返すなんて馬鹿なことはもう二度としねぇ。

そんなやりとりをしていたら、討伐団員の男が魔物と距離を置いたのか、俺達二人の前にバックステップを踏みながら戻ってきた。

「チ…ッ、切れ味の悪い…」

そう呟いて、眼力だけで殺せそうな目で俺の方を睨んできた。
その殺気に圧倒されながらも、男の刀へ目をやると、それには酸化が始まって少し薄黒くなっている血がついていた。
あんな状態だと、刃物が駄目になるのは扱っていない俺でも分かる。そしてその原因は多分、というか確実に俺だ。あれ、俺の血だ。

べっとりとついた血のせいで切れ味が悪くなっているからか、男が魔物に与えたダメージはそれほどないようで、寧ろ興奮材料となっていた。
魔物を取り巻く電気がさらに激しくなり、肌にはぴりぴりとした痛みが常に走っている。

「雑魚の分際でバチバチと鬱陶しい、失せろ」

男が刀を鞘に仕舞い、流れるような動きで懐から何かを取り出した。武器を入れ替えた瞬間を狙ったのか、魔物が電気を纏いながらこっちに飛びかかってくる。
魔物の牙が男に襲いかかろうとしたその時、銃声が響き渡った。

男が懐から取り出し、構えていた銃から飛び出したものが、魔物を貫いていた。
それは小さな銃弾なんかじゃなくて、鋭い氷の槍のようなものだった。

魔物の動きが止まり、その巨体は地面に倒れ込んだ。
辺りの電気も収まり、魔物が動く様子はもう一切ない。

「すげぇ……」

思わず、感嘆の声がこぼれる。
そんな俺の声に反応するように、男は振り返り……今度は、俺の頭に銃を突きつけてきた。
今地面に横たわっている魔物と同じ風になるような気がして、思わず、息が止まった。

「はいはいはい、そこの殺気立ってるイケメン兄ちゃんちょーっとストーップ!」

この場に似合わない、ひょうきんな声が緊張した空気をぶっ壊した。その声の主は、いつの間にいたのか、男が構えている銃を掴み押さえていた。
突然現れたひょうきんな声の主……金髪の男に、俺とフィオナは呆気にとられていた。

「なんだお前、このゴミ共の知り合いか」
「いやー別に知り合いでも何でもあらへんけど。流石に同僚が無防備な子供相手に銃突きつけとったで〜、なんて本部に報告すんのめんどくさいやん?」
「お前の都合なんか知るか、その手を退けろ」
「自分も報告されて始末書かくのめんどくさいと思うけど、それでもええなら離したんで」
「………」

関西弁で、軽い口調とは裏腹に、その言葉の威圧感は向けられていない俺にも感じるものだった。
討伐団員の男は、少し無言になった後に銃をおろして懐に仕舞った。
男は眉間に皺を寄せながら、明らかに「この状況は不満で仕方がない」と言わんばかりに舌打ちをしてから俺達に背を向けて、魔物がやってきた方向へと足を進めた。

「あ、ちょっと待て!」
「やめときやめとき。なんや事情があるやろうけど、あーんな凶器が意思もって歩いてます〜みたいな物騒な奴相手にしとったら何個命あっても足らんわ」

男を引き留めようと思わず駆けだしたが、金髪の男に腕を捕まれて静止される。
やっとフィオナの探してる奴の手がかりを知ってそうな奴だったのに……!と、思わず金髪の男を睨むが、フィオナにも危ないから追わないでほしいと頼まれたら流石に従うしかなかった。

「そんで?可愛らしいお嬢ちゃん達はこんな所で何してんねん。あっちにある廃墟の病院から魔物出てるから一般人は避難命令でてるはずやで」
「嬢ちゃん……達?」
「お嬢ちゃん達女の子二人」

俺とフィオナを指さしながら、金髪の男は「他に誰がいんねん」と、きょとんとした表情を返してきた。
これは、もしかして、もしかしなくても、女の子二人とまで言っているこいつは間違いない。

「あのな!!俺は男だ!!嬢ちゃんじゃねえ!!」
「……………はぁ!?なんや自分男なん!?うわーいややわ、それやったら最初っから男ですって言えや!男ってわかっとったらあんな物騒な奴から助けてへんわ!損した気分〜」
「お前が勝手に勘違いしただけだろ!!ざけんな!!……いっって!」

女に間違われた上に損した気分なんて言われて、俺がキレないわけがく金髪野郎に大声で怒鳴っていたら、怪我した場所に響いたのか身体全身に激痛が走る。立っているのに耐えられなくて、思わずしゃがみ込んだ。
背中は打撲で痛むし、手のひらは未だに少しずつ血が流れてきてやばいし、その上女に間違われるとか最悪すぎる……!

「那智…!だい、じょうぶか……那智……!」
「なんや自分怪我人かいな、さっきの魔物にやられたんか?」
「……さっきの男にやられたんだよ」
「あー……そりゃまた難儀やなぁ。坊主、怪我の場所だし」

金髪の男が片膝を立てて座り込み、しゃがみ込んだ俺と視線を合わせてくる。
女と間違えて助けたことが損したとか言ったくせに何言ってんだ、と思ったがそんな不満は痛みによって掻き消され、渋々と刀で切れた手のひらをみせる。
金髪ばかりに目がいっていたから気がつかなかったけど、こいつの目ってよく見たら両方青色に見えて片方だけ少し濃いめの…藍色っぽい色をしていることに気がついた。

「うっわ、ぱっくりいってんなぁ。これ日本刀でやられたやろ、斬られたんか?」
「……刀つきつけられたから思わず握って押し返した」
「アホちゃうん自分!?アホやろ!絶対アホや!!」
「うっせぇ!!こちとら色々必死だったんだよ!!」

流石にあの行動は俺でも馬鹿だとは思うが、なりふり構ってられなかったのは確かなんだよちくしょう!
呆れた顔でアホだアホだと繰り返す金髪野郎にいらっとする。けど、そういいつつも手のひらを包帯で巻き始めるからなんとも言えない。

「こんだけきっれーにぱっくりいってるし、この包帯巻いとったら逆に綺麗に皮膚くっつくやろ。日本刀が切れ味抜群でよかったなぁ坊主」
「それよかったのか…。つか、その包帯巻いてたらってどういうことだよ」
「ああ、緑の能力で出した薬草の汁しみこませてる包帯やからなこれ。俺は救助班としてこっち来たから他にも色々あんで」

俺の手のひらに、手慣れた手つきで包帯を巻き終わり「これでよし」と言って包帯が外れないように結んだ。
薬草がしみこんであるらしい包帯に包まれている俺の手のひらは、傷口が脈打っていて少しむずかゆい。

他にも怪我をしたところがないか言われて、背中を打ったと返したらそっちにも何か貼ると言って背中を向けるように指示された。
ぺたぺたと背中に何か湿布のようなものを貼られつつ、その怪我の様子をみて呆れたようなため息が聞こえた。

「で、最初の質問に戻るけどなーんで坊主と嬢ちゃんはこんなところにおんねん。しかもこんな怪我までして魔物も目の当たりにしとる癖にあんま動じてへんとこみると、自分ら一般人ちゃうやろ」
「それは……」
「な、那智…私が、説明……する」

だから、少し休んでいてくれ、というフィオナに頷き、たどたどしく説明を始めたフィオナを見守った。




***




「なるほど、人捜しなぁ」

フィオナからの説明が終わり、俺の手当も説明中に終わっていた。死んでいる魔物が横にいたら落ち着かないだろうということで、今は少し移動したところにあったバス停のベンチに座って話をしている。
金髪の男は、フィオナ話を聞いて少し頭を抱えて唸っている。

「……あんな、今回の討伐は自分らが考えてるよりも結構でかいもんやねん。俺は別に救護担当ちゃうのに救助班としてかり出されてるんは、今討伐に出てる団員のやつらの殆どと連絡が取れへん状況やからや。学院の実技試験なんかとは比にならんようなのが出てくんねんで。探してるやつはおらんかもしれへんのに、それ分かっててこんな危ないとこいくつもりなんか?」

今までの軽い口調から一変して、男の声のトーンは少し低く、この先が本気で危ないことを伝えようとしていた。
確かに、さっき出てきた魔物は実技試験に出てくる魔物とは桁違いの強さだったし、それを倒すあの男の実力も俺とは比べものにならないぐらい強いのも分かる。

でも、ここまできて引き下がることはできない。

「行くつったら行く。フィオナの探してる奴は絶対に見つけ出す」
「…あ〜〜、もうその真っ直ぐな目やめーや!追い返すに追い返せれへんやろ!」

俺の返答にがしがしと頭をかいて、少し悩んだ末によし!と吹っ切れたようにいって男は立ち上がった。

「しゃーないから俺が一緒に行動したるわ。その方が安全やろ」
「い、いいん…ですか……!」
「えーのえーの、どうせ自分らみたいなん追い返しても諦めへんやろ。それにこんな話聞いといて知らんとこで魔物に襲われて死んどったら目覚め悪いしな」

冗談でも縁起でもないことを言われて笑うに笑えない。けど、可能性はゼロではない話だ。
フィオナの実力はずば抜けているといっても、手負いの俺がいる上に学院生の俺達じゃどこまで戦闘できるか底が知れている。本物の討伐団員が一緒に行動してくれるなんて願ったり叶ったりだ。

「せや、自己紹介がまだやったな。俺は玲央や。今回の討伐内容の詳しい話は道中でしたるけど堅っ苦しいことは置いといて、よろしくやで」

へらり、と金髪の男……玲央は笑った。
少しアクシデントがあったけど思わぬ所で休憩を挟んで俺の体力も回復して、向かう場所もわかり、心強い味方が出来て……これは、いい方向に向かっていると思っても、誰もとがめないだろ。

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