潔く目を閉じて、数秒後。再び目を開けたそこは真っ暗で、小さい輝きがたくさん散りばめられていて、ふわふわと重力を無視している、謎空間だった。まるで宇宙のようなそこは、今まで何度も来たことのある見慣れた空間だ。
水面に浮かぶように力無く身体を空気に漂わせて、暗闇の中へゆっくり視線を巡らせる。と、目的の人物はすぐその視界に映った。
「バーン」
「ああ、よく来たな。南雲」
バーンは好戦的に眉を吊り上げ余裕そうに微笑みながら、いつものように足先で黒いサッカーボールを弄んでいた。稲妻を形作った黒目と頬に入った亀裂を除けば顔も体格も声も何もかも俺とそっくりで、見ていてちょっと気持ちが悪い。しかし何故か名前だけは南雲晴矢ではなくバーンと名乗るそいつは、俺が父さんからエイリア石を受け取ったあの日からずっとここにいるのである。
……ああそうだ。そういえば、あの時からずっと、一緒だったんだな。
「エイリア計画は、駄目になったぜ」
小さく息を吐いた後にそう一言呟けば、ぴくり、とバーンの肩が微かに揺れた。ゆらゆらとボールを揺らしていた脚を止め、静かにこちらへと視線を向けてくる。
「結局俺達は父さんの望みを叶えることも、父さんを救うことも出来なかった。ただ馬鹿みてえに誰かさんの掌で踊ってただけだった、っつー訳だ。………俺も、お前も、これで終わりだ」
隠してもどうしようもない事だから、遠慮はゼロで力強く言い放った。
今後どうなるのかは検討もつかないが、今までのように好き勝手にサッカーが出来なくなることは確かだろう。文字通りお先真っ暗、って訳だ。
「いや、違うな」
そこまで考えたところで予想外にもバーンの声に遮られ、思わず目を見開く。
バーンはこちらには目もくれないで、ただサッカーボールに視線を落としながら淡々と言葉を並べ始めた。
「確かに俺は終わりだが、南雲は終わりじゃない。お前さ、グランにも雷門にも勝てないままここで終わるつもりか?」
「……ッ、それは、そうだけどよ……。でもエイリアが無くなっちまったら、」
「馬鹿かお前は。別に宇宙人の真似事なんかしなくたってサッカー出来んだろ?俺が現れる前は、ずっとそうしてたんだから」
いつもとは少し雰囲気の異なるバーンに気圧されてしまって、困惑を隠せない。なんなんだよ。いつもはそんなこと、言わないくせに。
こちらが責め立てられているような気分になるヤツの口振りが気に食わなくて、何か言い返そうと口を開きかけた、その時。ぐさり、と。稲妻の黒目が、鋭く俺を射抜いた。
「南雲。お前はこれから俺の分も、サッカーしてくれよな」
その言葉を聞いて、俺は思わず眉根を寄せる。脳内を支配する、疑問符。
「……、バーン?」
「ほらよ」
意図を汲み取れない発言に困惑しながらもとりあえず名前を呼べば、何故かバーンが今まで足下に携えていたサッカーボールを蹴り渡された。突然の行動で驚いたが、反射的にボールを胸で受け止め落ちたところを足で押さえ付けることに成功する。い、いったいなんなんだ。
「おいバーン、なにす……」
そう言いながら顔をあげた、刹那。
俺がボールに気をとられている隙に一気に距離を詰めたのだろうか。バーンの楽しげで、それでいて悲しそうな目をした顔が、目の前に、迫っていて。あ、と思った時には、柔らかい感触が唇に伝わっていた。
距離が近すぎてバーンの輪郭が、ぼやける。……いや、違う。これは、距離のせいじゃ、ない。
「じゃあな。もう二度と会うことも無いだろうよ」
その、言葉と。初めて見たバーンの泣き笑いのような表情を視界に捉えた瞬間。俺は唐突に全てを理解、して。
「……ッ、バーン!!!」
絶叫に近い声音でそう叫んで、逃がすまいとバーンに向かって腕を伸ばす。けれど、必死に伸ばしたその手がそいつに届く前に、宇宙空間は、崩壊した。ガラガラ、ガラリ。暗転。
ハッハッ、と浅い呼吸を繰り返しながら、俺は呆然と手を伸ばした先にある夜空を見つめていた。先程とは異なって大きな月が浮かんでいるため、樹海の夜とは言えどとても明るい。遠くから鈴虫の声が耳を刺激してくる。頭が回らずにそのまましばらく固まっていると、ゆっくりと脳が現状を理解し始めた。
そう、だ。俺はいつものように「眠る」ことでバーンに会いに行って、エイリアが無くなったことを告げたんだ。そして、そして………?
そこまで考えてふと、握り締めていた方の手に違和感を感じる。慌てて確かめてみると、そこには原型も分からぬほど粉々に砕け散ったエイリア石が、握られて、いて。その無残な姿を目に留めた瞬間、俺は夢のように霞んでいた先程のことを全部、はっきりと、思い出した。悲しそうな目元。無理に笑みを形作った唇。不確かにぼやけた輪郭。あと一歩で届かなかった、俺の手。
かたかたと小刻みに震える指でほとんど無意識にエイリア石の成れの果てに触れてみる、と。ざらり、確かに、優しい感触が、した。
「……ばっかじゃ、ねえの」
黙っていると不安に押し潰されそうで無理矢理に声を出してみるものの、無様に震えてしまっていて滑稽なだけだった。ああ、馬鹿だ。馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。お前も、俺も、大馬鹿、だ。
「ちっくしょう……」
もうどうしようもないことは理解できた。どうにかしたいと思っている自分も、理解できた。初めから決まり切っていたことだったのに。どうやら思っていたよりも、覚悟が足りなかった、らしい。
俺はエイリア石の亡骸を握り締めてそれに額を寄せ、死んだ宇宙人を想って少し、泣いた。
朽ちてゆく夜も共にあれ(さよなら、いつだって共に居た戦友)
120316
------------------
吉瀬さん主催企画さよなら提出作品。