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病室に着くと、母はベッドで寝ていた。私が近づくと目を覚まし、私を見た。
「あら…どうしたの?」
ふふっと母は笑って私に問いかけた。
「先生が、お母さんの容態が悪化したって聞いて…それで…」
「先生も大袈裟ね。私はほら元気よ。だから雅は心配しないで、ね?」
母は笑っている。まるで、何も無かったかのように。
「それにしても…最近雅変わったわね。昔はお金持ちと結婚するとかって言ってたのに…」
昔はたどたどしい言葉で玉の輿に乗るとか言っていたことを思い出した。
「そ、そうだっけ…」
昔も今もその夢は変わらないはずだった。それなのに…
「前より女の子らしくなったわ。まるで、恋してるみたい」
母は笑いながら私の頬に触った。見透かされてる気がして仕方ない。
「私…」
「黒沢!」
病室の扉が勢いよく開き、私と母は扉に目をやった。
「霧野君…どうしてここに…」
母は霧野君の姿を見て目を丸くしていた。そして、私も驚いた。
霧野君はツカツカと私の隣に来て頭を下げた。私はどうしていいか分からず、慌てた。
「俺、雅さんと同じクラスの霧野蘭丸と言います。」
「あの…霧野君…」
私は止めようとしたが、母はそれを制止た。母には何か考えがあるのだろう。
私は黙って話を聞くことにした。
「娘さんを俺にください!」
「…えっ?」
あまりにも衝撃的なことだったので、私は霧野君の方を見つめた。
霧野君はまだ頭を下げている。
「雅、返事をしなさい」
母の目の前で告白の返事をしろと言われても…恥ずかしくて、俯いてしまう。
それでも母は返事をしろと言う。霧野君の視線が突き刺さり、まともに顔を見ることができない。
ああ…きっと今の私の顔、茹で蛸みたいに赤くなってる。
「…わ、私も…そのっ…霧野君のこと大好き!」
言い切った。ついに言い切った。ついでに霧野君はポカーンと私を見ている。
「黒沢…」
ありがとうと霧野君は呟き、私をそっと抱きしめてくれた。
母は笑って良かったねと言った。
その日、霧野君と家に帰った。ぎこちなく握られた手を私は頼もしく思った。
「あっ!もし、霧野君がプロ入りして、私が霧野君と結婚したら玉の輿になるよね?」
「それ、逆プロポーズとして受け取っておくぜ」
霧野君は笑みを浮かべそう言った。
そんな所がかっこよくて、私は霧野君から目を離せられない。
きっと、いつまでも目を離せられない…
「じゃ、プロ入り前は彼女でプロ入り後は奥さんだな。」
「き、霧野君!」
「お前顔真っ赤だなー」
「霧野君だって真っ赤だよ!」
繋いだ手を上下に振ると、霧野君は嬉しそうに笑う。こうやって、また霧野君と話せて本当に良かったなと心から思う。
(キャプテン、あそこに霧野先輩が居ますけど…)
(あのバカップルは放っておいて、俺たちは練習するぞ。)
ピピッーとホイッスルが鳴った。
まるで私達二人の始まりの笛みたいだった。
20120117
終
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