あの夜の先に-after story-




「ん・・・・」


ふと意識が浮上する。ゆっくりと目を開けると私の顔を覗き込む彼と目が合った。それに吃驚して少し後ろに引く。


「な、何のぞき込んで・・・あれ、私いつの間に寝て・・・」

「いいだろ、なかなか見れないお前の寝顔見てたって。なかなかの間抜け面だったけど」

「け、啓介だってブサイクな顔で寝てるし!」


「誰がブサイクだ誰が」

「いたっ」



ピンと指で鼻先を弾かれる。痛いなと鼻をさすりながら、ふと辺りを見渡した。

どこかの山の上にいるようだ。




「ここは・・・?」

「さあ、どこだろうな」

「・・・・あれ?」




ふと、目線の先に見覚えのある建物が見えた。

独特な形をしたそれを見て、過去の記憶がばっとよみがえってくる。



夏の暑い日。

熱気に包まれた中、高いスキール音が響き渡る。






「ここって・・・」

「覚えてたか?」


「そりゃもちろん・・・・」

「外、出ようぜ」





そういって彼はさっさと車から降りていった。私も続くように少し身なりと整えて彼の開けてくれたドアから降りて外に出る。

びゅっと吹き抜ける風はあの日の記憶と違い冷たくて、肌に刺さるように吹き抜けた。

思わず身震いしたところで彼がジャケットを肩にかけてくれる。




「やっぱ山の上は寒いな」

「そうだね。あの日は夏だったから。ってか、私どれだけ寝てたの」

「群馬を出たのが23時くらいだから、6時間くらいじゃね?」


「え、そんなに?啓介は?」

「俺は時差ボケで寝れねんだよ」





久しぶりに会った彼との時間の内6時間も爆睡していた自分に引いた。

時計を見てみたら時刻は朝の5時半くらい。

夜中の1時頃にここについたのなら、かれこれ4時間以上も寝顔をのぞき込まれていたのかと思うとさらに恥ずかしい。





「それにしても、あの日以来に箱根に来たけど、まったく変わってないね。懐かしい」

「そうだな。あの日と、何も変わってない」

「・・・うん、変わってないね」






プロジェクトDの最終戦が終わり、お互いの気持ちを確かめ合った場所。

あの日からお互いを取り巻く環境は大きく変わったけれど、二人一緒にまたここに来られたことが感慨深い。


うっすらと浮かび上がっている富士山を見ていると、あの頃の記憶がぶわっと脳裏を駆け巡る。



この場所に来るまでは辛い思い出の方が多かったけど、ここから私たちの日々は始まったのだ。



お互い無言のままじっと富士山を見つめていたら、もう日の出の時間なのか背後からゆっくりと陽が照らし始めていた。

あの日も同じように陽が昇り始め、それを合図のようにお互いの気持ちを伝えたのだ。



懐かしいという気持ちに浸っていたら、「名前」とふいに名前を呼ばれて顔を向けた。





「俺は・・・相変わらず不器用で、お前には寂しい思いばかりさせてると思う。今も、日本にひとり残して寂しい思いさせて・・・・申し訳ないと思ってる」

「え、どしたの急に」


「いいから聞け」




どこか緊張した面持ちでいる啓介に私もつられるようにドキドキと緊張してくる。





「これから海外を拠点に活動することも増えてくるだろうし、次いつ日本に帰って来られるかもわかんねぇ。だから、今しかないと思って今日、ここに連れてきた」


「うん・・・・」

「俺と、これからも一緒にいてくれるのであれば受け取って欲しい」


「!」





そういい彼は何かをポケットから取り出し、片膝をついた。

テレビや漫画で見たことあるその光景の意味を一瞬で理解した私はパニックになる、「え?え?」と声を上げる。







「俺と・・・結婚してくれないか」










パカッと手にしていたそれを開くと、キラキラと輝く指輪が入っていた。いざそれを見た瞬間、ぶわっと涙が溢れ出て視界が歪む。

そんな私を見て、啓介は優しい笑みを浮かべながら返事を待っていた。




「返事は?」

「ッ、はい・・・お願い、します・・・っ」





ふり絞るようにそういうと彼はいっそう嬉しそうな笑みを浮かべ、差し出した左手薬指に指輪をはめた。

いつ計ったのだろう、ピッタリサイズのダイヤの指輪。




「ここでどうしても伝えたくてな」

「うん・・・あり、がと・・・ッ・・・ほんとに私でいいの?」


「お前じゃなきゃ嫌なんだよ」

「夢じゃないよね・・・・?」

「現実だよ」





その言葉を聞いてさらに涙が溢れ出し、それを優しく啓介が拭ってくれ、その流れでぎゅっと抱き締められた。

彼のたくましい体に包まれる幸福感にさらに涙が溢れてくる。





「落ち着いてからでいい。お前がいいなら、一緒に俺と来てくれないか?」

「行く」


「ああ。・・・・って、え?いいのか?」






あっさりと承諾した私に吃驚した啓介が思わず体を離し、きょとんとした顔でこちらを見る。




「海外だぞ。日本と何もかも変わってくるし、家族とも離れ離れになる。なかなか帰って来られないかも知れない。いいのか?」


「行く。行きたい。啓介と一緒にいたい・・・ッ」

「いいのか・・・?」

「行くったら行く。行きたい・・・なんか、これから啓介と離れ離れになって耐えられる自信がない・・・ッ」


「・・・・ああ、ありがと」




拒否されると思っていたのか安堵して力が抜けたのかはぁと大きく息を吐き、さらに強く抱き締められた。

いつも自信満々の彼とは思えないくらい情けない姿に思わず笑いがこみ上げる。




「断られると思ったの?」

「さすがに海外行きは断られると思った」


「どこまでも着いていくよ」

「ありがとな」





顔をあげてニコッと笑えば彼もつられるように笑ってくれた。


その笑顔は、ここであの日に見た無邪気な笑顔と何も変わっていない。




「へへ、私・・・高橋名前になるんだね」

「そうだな」

「啓介が義兄になるって聞いたら、賢太喜ぶだろうね」

「だろうな」



「啓介、ありがと。大好き」


「俺も、愛してる」




再び、二人の影がひとつに重なった――――








END



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