また、いつかを信じて  [ 4/5 ]



暫く経ってもうそろそろ決着が着くだろうと思っていたところで、ふと池田が口を開いた。



「じゃあ俺はそろそろ置賜するぜ」

「ああ」

「ところで、随分と帰ってくんの遅くないか?あの子」



飲み物を買ってくるといってから軽く10分近くは経っている。一番近い自販機から戻ってくるのに5分もかからないはずだ。
だが特別凜は焦ることなく去っていった方を見据えた。



「大丈夫だ。単純そうに見えてあいつは人一倍空気を読むし気を遣うんだ。多分、俺たちの会話の邪魔をしないようにってどこかで時間を潰してるよ」

「それは・・・悪いことをしたな。かわりに謝っといてくれ。お前と話せてよかったよ」



それだけいい池田はヒラヒラと手を振りその場から去っていった。その背中を見送ったところで凜はポケットに入っていた携帯を取り出す。



「俺だ。・・・どこにいる?・・・分かった。迎えに行くからそこにいろ」


手短にそういい電話を切れば、小さく息をはいて自らも歩き出した。








―――――

――――――――――






「凛ちゃん・・・ごめんね」

「いいよ」

「・・・怒ってる?」

「怒ってないよ」



隣で三人分の缶コーヒーを抱えしょんぼりしている名前に言う。

連絡したときに知ったのだが、迷子になっていたのだ。



「迷うくらいなら気を遣わずに戻ってきたらよかっただろ」

「・・・バレた?」

「バレバレだ」




一瞬黙ったが下手に嘘をつくとそっちの方が怒られると思ったのか案外素直に薄情した。
案の定、凛の予想通り自分がその場にいても車やバトルのことはよくわからないし、きっと話の邪魔になると思い少しだけ時間を潰してから戻ろうと思ったのが裏目に出たのだ。

池田はとっくにどこかへ行ってしまったため、名前は一本余分にある缶コーヒーをどうしようと呑気に見つめながら言う。



「だって、私難しいこと分かんないもん。それに豪ちゃんのバトルどうなってるかなーって考えてたら知らないとこにいたの」

「そうか」



要するに考え事をしながら適当に歩いていたら迷ったという至極シンプルな理由だ。

昔っからこういうところがあり、よく迷子になったのを二人で迎えに行っていたりしたため慣れている。

・・・まさか二十歳過ぎてまでするとは思わなかったが。



「豪ちゃん・・・終わったのかな」

「そろそろ終わったんじゃないか」




そういい元いた場所へと戻っていたら凜の携帯が鳴った。一度ディスプレイを見てから凜は電話に出る。



「・・・そうか。ありがとな」



それだけいい凜は電話を切った。何の電話だったのか気になる名前はじっと歩きながら凜の横顔を見上げる。



「こら、余所見しながら歩くな。転ぶぞ」

「転ばないから、なんの電話だったの?」

「勝負がついたらしい。豪の敗けだ」


「!」



凜から告げられた結果に名前は目を見開き驚いていたが、すぐに目を細め悲しげな笑みを浮かべ「そっか」と一言だけ呟いた。
ぎゅっと缶コーヒーを抱える腕に力が入り、真っ直ぐ前を向き直り二人で元いた場所に向かうために歩く。



「・・・豪ちゃん楽しかったかな」

「・・・それは本人に聞かないとわかんねぇな」

「私は、例え敗けても、豪ちゃんが前みたいに楽しく走れたらそれでいいんだ」



いつからか、楽しそうに走らなくなった豪を見て一抹の不安と悲しくなったのを覚えてる。

敗けられないというプレッシャーを自らにかけ、今まではそれで勝ち続けてきていたが、プロジェクトDとのバトルが近付くにつれてそれは大きくなっていた。


自分も豪も忙しくここ暫くは会えていなかったが、今日久しぶりに顔を見てそれは最悪の形となって豪の背中に重くのし掛かっていたのだ。

それを凜も気付いていたのだろう、今日応援に行くといったのを聞き一緒に連れてきてもらい今に至る。


車の知識もバトルも何も分からない自分に一体何が出来るのかは分からないが、今のまま走ったってきっといい結果は出ないし、豪のためにはならない。



先程池田と話していた橋につき、同じように凜は柵にもたれ、名前はズルズルと柵に背を預けたまま座り込んだ。




「どうした?」

「んー・・・やっぱ負けたことはショックだしなんか悔しい」



むすっと口を尖らせ、膝に顎を乗せて名前がいう。



「・・・ねぇ凛ちゃん」

「なんだ」

「凛ちゃんは・・・またお医者さんやるの?」

「そうだな」

「もう車は運転しないの?」

「乗らないことはないが、峠を走ることはないと思うな」




死神GT-Rはもういないし、自分がしてきたことは許されることではない。今更どの面下げて峠を走ればいいんだ。



「いつかでいいからさ」

「?」



「また凛ちゃんと豪ちゃんと、三人で、箱根の山に来ようね」



「!」



凜はその言葉に目を瞠った。

それはもう何年も前に交わした約束――――閉じ込められていた思い出が一気に蓋が外れたかのように溢れ出す。

何故忘れてしまっていたのだろう、楽しかった三人での記憶に胸がだんだん熱くなった。



「(ああ・・・俺は、こんなにも大事なものを失っていたんだな・・・)」



思い出した記憶すべてに豪と名前がいて、二人とも笑っていて、きっと、自分も笑っていた。そして彼女はその時とまったく同じ笑みを浮かべこちらを向く。



「私もね!車の免許取ったから運転できるようになったんだよ!」


「・・・・・・・・・・・そうか」

「ああ!信じてないでしょー!?最初に乗せるのは凛ちゃんと豪ちゃんって決めてるんだよ!?」




正直、断りたかった凜はそれ以上何も言わないでおいた。普段の私生活ですら危なっかしいのにそんな人物が運転する車に乗るのは不安しかない。

そんな凜の反応に名前はふくれっ面をし、そもそも免許をとったことは疑っていないのに「本当なのにぃ」と拗ねていた。




「約束だからね」

「・・・ああ」


「!豪ちゃん!!」

「!」



誰かがこちらへと向かってきていることに気付いた名前が顔を向ければ、バトルを終えた豪がいた。



「兄貴!?」

「・・・高橋啓介とは何か話したか?」

「いや。けどあいつとは、走りながらものすごい濃密なコミュニケーションをした気がする。言葉にして話すことなんてないんだ。向こうもそう思ってるはずだ」

「・・・」

「・・・はぁ。負けたよ。悔しい気持ちもあるけど、気持ちよくもある。見たことない景色を見てきたと思った」

「そうか。それなら・・・」

「?」

「お前はこれから伸びるぞ」



凛からの意外な言葉に豪は顔をあげた。凛は笑みを浮かべて、どこかスッキリしたような、始まる前とは違った表情をしている弟に言う。





「最高のパフォーマンスだろ?よくやった」

「!」




目を瞠ったが、昔一緒にサーキットを走っていたときに言われた言葉が記憶と一緒に甦り、嬉しくなって豪も笑って「あぁ」と返事した。
そしてふと先ほどから黙っている幼馴染へと目線を向け、驚く。



「っておい!?なに泣いてんだよ!!」



急にぎょっと驚いた豪に名前は怪訝な顔をしたが、その際に自分の頬を涙が伝っていることに気付いた。
「あれ?」と思った時にはもうすでに遅く、堰を切ったかのようにどばっと溢れ出す。顔をくしゃっと歪め両手を使ってしゃくりあげながら涙を拭うが止まる気配がない。



「ちが、・・・ッ」



何かを言おうとするが言葉が上手く出ず、嗚咽する。そんな名前の様子に豪と凜はどうしたらいいか分からずおどおどしていた。



「どうした?俺がいない間に何か嫌なことされたのか?」

「は!?兄貴、一緒じゃなかったのかよ!?」

「ちが・・・ッそーじゃ、な・・・」



少しだけ顔を上げた名前の顔は涙でぐちゃぐちゃで、溢れ続ける涙のせいでまともに目も開けられていない。そんな状態ながらもひとつずつ、呟くように嗚咽の間に言葉を紡いだ。





「凛ちゃんと、豪ちゃんが・・・ッまた、一緒に笑って・・・話して、て・・・」


「「!」」


「もう、・・・っく、見られないと思っ、て・・・たから・・・ッ・・・!!」





二人揃って名前の言葉に目を見開いた。
それと同時に今までどれだけ辛い思いをさせてきたか思い知らされる。

自分たちのことで精一杯で、その間に挟まれていたこいつの気持ちなんて考えたことがなかったというか、考える余裕がなかった。


あの事件から2年もの間、こいつはひとりで苦しみ続けながらずっと俺たちの前では笑顔で振る舞って、どれだけ辛く当たって冷たい態度をとっても諦めずにいつも笑顔で離れようとはしなかったのだ。

言葉を交わすことなく一度二人は視線を交わし、再度名前へと向く。
未だに泣きじゃくる名前へ豪が手を伸ばし、そっと頭を撫でた。



「・・・ありがとう」

「!」

「お前がいてくれて、ほんとよかった。辛い思いさせて悪かったな」

「俺からも、ありがとう。名前」


「豪ちゃん・・・凛ちゃん・・・ッ!!わぁああ!!」

「ばっ!ちょ、抱き着くな!」




感極まってさらに泣き出した名前は豪に飛び付くように抱き着き、それに豪は驚きと恥ずかしさに少し顔を赤らめながら離れさせようとする。
だが名前の泣く姿を見て留まり、またぽんぽんと優しく頭を撫でた。

無意識だろう、笑みを浮かべている豪を見て凜も笑みを浮かべる。


今まで二人の間に出来ていた大きな溝が少しずつ埋まって、凍っていた関係が少しずつ溶けていくような感覚。

そこにはいつも一輪の花が、どれだけ折れても踏み潰されても、雨にも風にも負けず、咲き続けてくれていたのだ。





  
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