7
「慰めてくれんだろ?」
「き……傷ついてなんてないくせに……」
「傷心まっただ中だっつーの。ほら、下手な嘘なんかついてんじゃねーよ」
「っう、あ」
未だに硬度を保っている熱に揺さぶられる。自称傷心中の若社長は、言葉ではなく身体での慰めをお求めらしい。言葉でも慰めさせるのだろうが。
「正直に言えよ、空。俺のこと好きだろ」
「っ……!」
「素直に言えたら、あれ、信じてやるぜ?」
「っあ、ぁ……あれ……?」
「お前の中に俺がいるから嬉しいってやつ。――他の男には言ってねーんだろ」
「言ってない……!」
悲痛に叫ぶと、三宮は人の悪い笑みを浮かべた。
「なら、言え。認めろ。俺が好きだってな」
「……でも、浅葱さんが」
「あいつは俺のことずいぶん憎んでるぞ。俺というより、俺の父親のほうだが」
本当の身請け相手の話でもなければ、愛想笑いひとつ浮かべやしない。つまらなそうに言われた三宮の言葉に、もしかして……と空は思う。偶然見かけた光景は、その本当の身請け相手の話をしていたときだろうか。
訊ねてみると、少し思い出す素振りをした三宮が、だろう、と答えた。
「だからあいつのことは気にせずに言え」
「……じゃ、手、はなしてよ……」
「条件出してんのは俺だぞ」
「好きだから離して」
やや上目遣いに吐露してお願いすると、三宮はふん、と鼻を鳴らして掴んでいた空の手首を解放した。
空は頭上に掲げさせられていた腕を、そのまま三宮の首に回す。じかに触れる三宮の温度が、ずいぶん久し振りのような気がした。もう二度と感じられなくなると覚悟していたから、温度はじんわりと心に沁み入った。
見下ろしてくる琥珀を真直ぐに見つめる。狼という印象は、いまは抱かなかった。どちらかというと犬に見える。
「――好きです、三宮様。思い込みで嫌いなんて言って、ごめんね」
身請けの話が事実でなかった以上、後ろめたいことはなにもない。そうなればあとは、空自身が素直になるだけだった。
微笑みながら心を口にすれば、三宮は満足げに笑みを浮かべた。
その笑貌に目を奪われときめいた空は、うっかり中に居座ったままの三宮を締めつけてしまった。
「あ……」
三宮の笑貌が揶揄に満ちる。
「――淫乱」
「だ、だって……っあ」
「ああ、嬉しいんだったな。――だったらもっと深く味わわせてやる」
「え――あ、やぁっ……!」
三宮は言うなり身体を起こしてあぐらをかき、空を抱き寄せ対面して己を跨がせた。
三宮をくわえこんだまま腰を下ろすと、自重で三宮のものがより奥へと入り込んでくる。そこを欲熱で突き上げられ、空はたまらず三宮に抱き着いて、いやいやと頭を振った。
「あ、あ……三宮様、これ、いや……」
「何で」
「は、あ……っ。深、すぎて、怖い……」
別にこの体位自体は初めてではない。他の客にやらされたこともある。
その時は下から無遠慮に突き上げられる感覚がひどく厭わしいだけだったが、三宮相手だと内蔵を突き上げられる恐ろしささえ徐々に快楽に変わっていく。
――それが、怖かった。何か得体の知れないものに身体を作り替えられていくかんじの、闇の中で正体の分からない塊が蠢いて這いよってくるような、漫然とした恐怖だ。
怯えきって三宮に縋り付いていると、三宮に顔を上げさせられた。琥珀の双眸が真直ぐに見つめてくる。
「落ち着け。お前を抱いてんのは誰だ」
しゃくり上げる空の背を、三宮はあやすように軽く叩いた。
「……三宮様」
「そう、お前が惚れてる男だ。――なのに何を怯える必要がある?」
でもやっぱり怖い――。言って空は縋り付こうとするが、直前で止められた。
代わりとばかりに顔を引き寄せられて、唇を塞がれる。
「んっ……ん」
最初はなだめるように優しく唇を重ねられた。空が少し落ち着いてくると、三宮の舌は歯列を割って空の口腔に入り込んでくる。熱を孕んだ舌が絡み合い、互いの唾液が混ざり合って三宮の口端から零れ落ちた。
もう一つのまぐわいに夢中になっているうちに、空は我知らず腰をゆるゆると動かしていた。硬く猛った熱が緩く内壁を擦るたび、空はあまやかな声を口付けの合間に漏らす。
自分の加減で動かせる分にはこの体勢でも別段構わないと理解した空は、少しだけ積極的に腰を振る。それでも根元まで三宮を埋めることは、まだ怯えが残るのでしなかった。
けれど三宮はそれではご不満らしかった。一声もなく、いきなり三宮に突き上げられる。
「ひ――ッうあ、三宮様っ。動いたら、やだ、ぁっ……」
「……いい加減、射させろ」
何度も合間に会話をはさんだせいで、悉く吐精のタイミングを逸していたらしい。三宮は低く掠れて艶めいた声で唸る。空の中では、三宮の雄が我慢の限界を伝えるように張りつめていた。
いささか余裕を失った琥珀に睨まれる。空は小さく一つしゃくり上げて、三宮に身体を委ねた。解放を焦らされるのが辛いのは、空もよくわかっている。
身を預けるや、三宮は空の腰を掴んで引き摺り下ろした。内奥まで入り込んできた三宮を、空は軽く何度か締める。
三宮が舌打ちをしたかと思うと、仕返しだとばかりに内部の敏感な箇所をぐりと抉られた。たまらずに空は高く嬌声をあげ、三宮に縋り付く。
何度も何度も弱いところを攻めぬかれて、抱き着いていないと身体が崩れ落ちてしまいそうだった。
「あ、あっ、やだ、そこばっか……ぁ」
「本気で嫌なら抗ってみせろ。そのほうが燃える」
「や……あ、むり……っ」
「つーか、嫌じゃねえんだろ」
「や、じゃないけど、やだっ……」
「は。どっちだよ」
「ん、ん……っ、も、わかん、なっ……」
思考がぼやけて、もう何が嫌なのかも判然としなかった。からかう三宮の声も荒い息も、どこか遠い。
けれど、だんだんと自分が上り詰めていっているのはわかった。自然と嬌声も短く多くなり、空はさらに三宮を求めて締めつける。
「っあ、だ、め、俺、もうっ――――!」
「――――ッ……」
せり上がってきたものを解き放つのと同時、三宮が息を詰めた。熱いものが中にどくどくと注がれている。
空は荒く息をつきながら、まだ硬度を残している三宮のものを軽く締めつけた。腰を上下させると、三宮の雄の中に残っていた奔流の名残が吐き出された。
色事のにおいが濃厚な寝室に、二人の荒い息だけが溶けていく。空はぐったりと三宮に体重を預け、三宮も空の肩に頭を押し付けて息を整えていた。
やがて落ち着いた頃に、三宮は空を仰臥させて雄を引き抜く。門扉が閉じきる前に三宮の放ったものがわずかに零れて、空はとろりと伝う感覚に小さく声を漏らした。
空の反応にくつりと笑った三宮は、しかし特にからかうこともせず空の隣に寝そべった。空の腹に散った白濁を、用意してあったタオルで適当に拭う。空は身体を動かすのも億劫だったが、三宮にしてもらうのも悪いと思って、あとはなんとか自分で丁寧に清めた。
中の処理はしても無駄だ、と三宮に口を挟まれたので、三宮は少し休んだらまた空を抱くつもりでいるのだろう。
気恥ずかしくなって、向かい合って隣に寝る三宮から視線を外す。
軽い笑声のあと、三宮は口を開いた。
「何か聞きたいことはあるか。いまなら答えてやる」
機嫌がいいからな、と三宮は付け加える。
空はしばらく考えて、一番最初の疑問の答えを求めることにした。
「――どうして、俺に初会の申し込みを?」
「何かの宴だかで見かけて、それで気に入ったからだ」
廓では時折見世全体で宴を催して、そこに上客たちを招いたりする。三宮が空を見かけたというなら、そのときだろう。
「そもそもここには、浅葱の嫌がる顔が面白くて出入りしてただけだからな」
心底意地が悪いな、と空は苦笑する。
「浅葱さんのほんとの相手って、いい人?」
「さあな。ガキのころたった一度会っただけの娼妓との約束のために、必死であいつの身請け金の半額稼いだくらいだから、愚直ではあるだろうが」
「――半額? それでどうして浅葱さんの身請けが通ったんですか?」
「残り半額は俺が負担した」
「……え?」
「だから浅葱の身請け先が俺のとこだ、ってのは、あながち間違いってわけでもねーな。その半額を返し終わるまで浅葱とそいつには三宮で働かせるから」
「どうしてそんなことを? 善意……じゃないよね、らしくない」
「……お前な。まァ善意じゃねえのは確かだが。――浅葱の母親が遊女だって話は?」
知っている、と頷く。その彼女が自ら世をはかなんだので、浅葱が見世に売られてきた、というのはわりと知られた話だった。
「その浅葱の母親の馴染みの一人に、俺の親父がいた。これが俺以上にいい趣味をした野郎でな。浅葱の母親を死なせた原因は、多分あいつだ」
「――え……」
「何をしたのかは知らねえけどな。それで浅葱は親父と、息子の俺のことも恨んでんだよ」
三宮の父は現在行方をくらましているらしい。急に跡を継がされた三宮は息抜きついでに訪った吉原で、父が原因で自殺した遊女の息子がこの見世にいると知って、ひょっとしたら父親が姿を現すのではないかと思って浅葱の馴染みになった――と、三宮は語った。
結局三宮の父の行方は杳として知れないままだが、定期的に浅葱のところに顔を出しているうちに、浅葱が約束を交わした少年のことを知ったらしい。
――外へ出てみたい、と言った禿だった浅葱に、家族の目を誤摩化すために親戚に連れてこられた少年は、自分が連れて行ってやると豪語したのだとか。
浅葱はそれとなく三宮の父の噂を集める代わりに、その少年がいまどうしているかを教えるように三宮に交換条件を突きつけたらしい。
その甲斐あって、十年以上昔の約束がようやく果たされたというわけだ。いいな……、と空は呟いた。
「その人も約束を覚えてて、浅葱さんを吉原から連れ出すために頑張ってたんだ。夢があっていいよね。――それで、半額負担したのはどうして?」
「恩を売って顎で使うにゃ丁度いいと思ってな」
浅葱に対する罪悪感などを期待していたわけではないが、あまりにもあっさりと言われて、空は身体の力が抜けた。
顎で使うのに丁度いい、などという理由で、たとえ半額といえど簡単に支払える額ではない身請け金を負担できてしまうのだから、三宮の金銭感覚はどこかおかしい。
やや呆れた視線を送ると、三宮は拗ねたふうに眉を顰めた。
「益を生む人材だと思ったから出してやったんだ。でなきゃそんな、金をドブに捨てるようなことをするか」
「あ……そう」
「他には」
「……また、来てくれる?」
問うと、三宮は軽く瞠目したあとで、は、と軽く一笑した。
「まだ後朝には早いぞ」
「そうだけど……」
三宮に思いを伝えたところで、三宮が来てくれなければ空は彼に絶対に会えない。毎日来て欲しいなどという我が儘は言わないから、せめてまた会いにくるという確約が欲しかった。
「お前は俺のものだと言っただろ」
「じゃあ、」
「また来るが、通う必要はなくなる。――お前を身請けするのは、俺だからな」
「……え?」
「見世には話をつけた。金額の交渉も終わってるし、あとは日を選ぶだけだな。それとお前の荷物の整理か」
「え、あ、あの」
「何だ」
「え、あの……何で?」
できることなら彼に身請けされたい、と思ったのは確かだ。あの馴染みの男よりも、空は三宮を求めていた。
だが、実際に望んだことが叶うと、それが現実かどうかさえよくわからなくなる。実は自分はいま雲の上に浮いているのではないかとさえ思えた。
「名実共に、お前を俺のものにするため」
だからそれが何故かを聞いているのだが、三宮の意地悪い顔を見るに、素直に話してくれるつもりはないのだろう。
本当なのか……と呆然としている空に、三宮は覆い被さった。大きな手がまだいくらか柔らかいそこにするりと伸びて、指が埋められた。
中に残る白濁をかき出すように指を動かされ、空はすぐにあまやかな声を零した。
上機嫌に笑う三宮は言う。
「――娼妓の空の抱き納めだ。後朝まで付き合えよ」