タイミングが悪いというのかなんなのか、その夜三宮が登楼したのは空のところだった。昼間に三日月と話したことが頭の中を何度も行き来して、つい上の空になってしまう。
 しかも三宮は、何故か最初から機嫌があまりよろしくない。いつもなら上の空になればすぐにからかってくるのに、今日は酌を催促する以外はほとんど無言でいる。正直、居心地が悪いどころではなかった。
 三日月と話していた内容がどこかから耳に入って、それで空が三宮を好きだと思われて、三宮は浅葱を好きだから空の好意が不愉快で黙っているのではないか――と、後ろ向きなことまで考えてしまう。不愉快なら登楼してこないだろうと思っても。
 三宮がようやくまともに喋ったのは、遊里における本当の夜が始まってからだった。
 三宮は空の帯をやや容赦ない手付きでほどいて、空の細身を彼の眼前に引き出した。しばらくは無言で愛撫をしていたが、空の身体が充分に高まった辺りでおもむろに口を開く。

「お前、また番付が上がったそうだな」

 声音もどこか棘を含んでいた。狼のような目に鋭く注視され、空は久し振りに彼の視線に恐怖を覚える。
 空は怯えながら、何とか頷いた。

「――他の男には何をしてやったんだ」
「なに、って……?」
「どういうことをして、俺以外の男を悦ばせてやってるんだ、って聞いてんだよ」
「どういうって……別にたいしたことは……」
「へえ? それで番付上がるほど客が増えたって?」

 得心いかなそうに三宮は見下ろしてくるが、空は本当に客に対して特筆するような奉仕はしていない。河岸見世はどうだか知らないが、この見世は特異な行為を楽しむ場所ではないから、せいぜいが口淫程度だ。
 ――そういえば、求められたことがないので、三宮のものを口に含んだことはない。だが特別口淫が上手いというわけでもないから、馴染みが増えたのはやはり三日月の言うように色気が出たということなのだろう。あまり自覚はないのだが。
 思い当たることのあったふうなのを目敏く見咎めたらしい三宮は、言え、と短く低い声で空に下命した。

「でも、たいしたことじゃ……」
「だったらどうして思い当たった様子だよ?」
「それは……三宮様にしたこと、ないから……」
「何をだ」
「……その……口で……」

 未通女ぶるなと失笑されそうだったが、はっきり言うのはどうにもいたたまれなかった。

「ああ――そういえば、やらせたことはないな」

 にやりとあくどく笑った三宮が次に何を言うかなど、想像するまでもない。

「くわえろ、空」

 三宮は自身の中心を示す。彼のものの大きさを知っている空は後込むが、三宮は命令を撤回する気などさらさらないらしい。ためらっている空の頭を押さえたかと思えば、引き倒して三宮の中心まで導いた。
 すでに兆し始めているそこを見て、空の心臓が甘く疼く。――いままでの自分の痴態で興奮してくれたのかと思うと、どうしようもなく嬉しかった。
 三宮のたくましいものを、空は怖ず怖ずと口に含む。口腔と舌、喉を使ってできうる限り巧みに三宮を高めていく。くわえきれない部分は、手を使って快感を与えた。
 必死で三宮に奉仕をするうちに、空の頭を押さえつけていた三宮の掌は、いつのまにか添えるだけになっていた。時折、三宮の大きな手が優しげに頭を撫でたり、髪を梳いたりしてくる。
 それが嬉しくてさらに三宮の屹立を頬張り、喉の奥まで彼を迎え入れた。空に根元まで含まれた三宮から驚いたふうに名前を呼ばれるが、空はえづかないように気をつけるので精一杯で反応はできなかった。
 頭を前後に動かして、喉と舌で三宮を扱く。涙が出るほど苦しいけれど、空はやめようとは思わなかった。不機嫌なくせ、いたわるように頭を撫でてくる三宮に、気持ちよくなって欲しかったのだ。

「ッ――もういい」

 しばらく深く奉仕していると、ひときわ熱い吐息が三宮から漏れる。三宮のものはすっかり大きく張りつめて、空の口内でびくびくと震えていた。
 三宮に従って彼の屹立から離れようとしたが、その途中で見上げた三宮の琥珀が欲にぎらついているのを見て、空に少しの悪戯心が芽生えた。
 中途半端に口から三宮のものを引き抜いたままで、空はじっと三宮の双眸を見つめる。動かない空を訝しんだのか眉を顰めた三宮の雄を、空はもう一度根元までくわえこんだ。

「おいッ――」

 いつも余裕ぶっている三宮が珍しく慌てるのが面白い。
 三宮が奉仕をやめさせようとしたのは、あれ以上続ければ熱を放ってしまいそうだったからだろう。だから空は深く深く三宮を迎え入れて、彼を追い立てる。――たまには、たとえ一瞬でも主導権を握りたいのだ。
 わざと音を立てて三宮を追いつめていると、頭上から舌打ちが聞こえた。いらだちよりも切羽詰まっているようだったので、空は気にせず奉仕を続ける。
 く……、と押し殺した声が聞こえたのは、屹立の先端に強く吸い付いた直後だった。それとほぼ同時に三宮に髪を後ろに思い切り引っ張られて、空の口から三宮のものが零れ落ちる。
 強く吸ったばかりの場所から勢いよく熱いものが迸って、朱に色付いた空の顔面を汚した。三宮は呼吸を荒げながらも、白濁で汚れた空の顔を見てくつりとあくどく口角をあげる。
 空の髪を掴んでいた三宮の手が外され、その手の親指が白濁を空の肌に塗り込めた。

「は――……いい格好だな。ふだん、他の客にああいうふうにしてやっているわけか」

 酷薄な笑みだったが、琥珀は情欲に塗れている。三宮の雄は熱を吐き出したにも関わらず未だ硬度を保っていて、欲情してくれているのだと思えば、空はもっと激しいことでも応えてみせようという気分になれた。
 空はしょっちゅう三宮にしてみせたような口淫をしているわけではないけれど、あれが好きな客には毎度強要されるので否定はしなかった。ただ、訂正だけはしておくことにした。

「自分からしたいって、思ったのは……はじめてだよ……」
「……ふん」

 息を整えながらの訂正を、三宮はどうやら信用していないようだった。信じて欲しいと悲しくなる反面で、それもそうか――と自嘲する。対面している男が特別なのだと思わせるのは、娼妓の常套手段だ。三宮も多分、それを知っているから信じない。
 娼妓でなければ、信じてもらえただろうか。早く年季明けを迎えて娼妓でなくなって、そうしてから同じことを言えば、三宮は信じてくれるのだろうか。
 これほど自分が娼妓だという事実に嫌気がさしたのも初めてだった。信じて欲しい相手に信用してもらえないのだから、こんなに辛い職業もないだろう。望んで娼妓になったわけではないから、なおのこと。
 だが――三日月と話した通り、年季明けはすなわち三宮との別れだ。接点など消えてしまうから、信じてもらいようがない。
 会えなくなるくらいなら、信用してもらえなくても、娼妓のままでいい。年季なんて、明けなければいいのだ。
 数時間前に三宮を好きになってはいけないと自分に言い聞かせたばかりだというのに、なんて意思の弱いことだろうか――。
 空は一度顔を伏せてから、手の甲で白濁を拭いながら上体を起こした。手に付着した白濁を見せつけるように舐め取ってみせると、三宮は面白そうに唇を歪める。

「ま……、そう言われて悪い気がしないのは確かだな」

 真偽はともかく、というのを敢えて省いているように感じられた。手管の凡庸さを嘲笑っているようにも思えるのは、空がいま卑屈になっているからだろう。三宮の声柄に他意はなかったのだから。

「あっ……!」
「触ってもないのに、ずいぶん濡れているじゃないか」

 三宮は空をやんわり押し倒して、奉仕しているうちに高ぶった空の中心に手を伸ばした。ひどく恥ずかしいことを指摘されて、空のなめらかな頬に朱が走る。
 揶揄してくる琥珀に羞恥を煽られ、たまりかねて空はぎゅうときつく目を瞑った。
 途端、先端のほうを軽く掴んでいただけだった三宮の手が、筒を作って上下する。

「やあっ……、あ、はぁ、んっ……」
「――聞こえてるか。この呆れるほどにはしたない音」
「や、……いや……言わな……で……っ」

 三宮の手の動きにあわせて、粘り気のある水音が寝間に響く。三宮が喉で笑う声といやらしい水音に、空の理性は聴覚から犯されていった。

「あ、あ、やだ、いや、も、だ……め……っ――――!」

 もともと高ぶっていたところに、強い快感を的確な攻めで間断なく与えられて、空は呆気なく陥落した。放たれた熱が、腹部にぱたぱたと飛び散る。
 腕で目元を覆って短く浅く呼吸をする空の耳に、「早いな」と笑う三宮の声がぼんやり届いた。
 空の意識が明瞭としないままなのに、三宮の指の腹は空のそこを刺激する。三宮の人差し指が、浅く入り込んではすぐに抜け出していく。締めつける筋の感触を楽しむように、三宮はしばらく浅い挿入を繰り返した。

「は、ぁ……うっ」

 寄せては返す波のように、ゆっくりと快感が与えられる。けれど、奥まったところまでは決して進んでこない三宮の指がもどかしい。空はもっと深くへと誘うように、侵入者を締めつけた。

「浅ましいことだな」
「っ……」

 三宮は空の誘いを鼻で笑う。襲い来る羞恥を、空はくつろげられた三宮の襟元を握って耐え忍んだ。

「皺になるだろ」
「っあ、……ごめ、なさ……」

 吉原からの朝帰りでおかしなところが皺になっているというのは、外では男のステータスのようだから、三宮も本気では叱っていなかった。けれど思考の鈍った空には叱責に変わりなく、空は双眸に水膜を貼りながら三宮から手を離した。

「――せっかく口があるんだから、有効活用したらどうだ?」
「え……?」

 三宮の顔が涙でぼやけているけれど、それでも意地悪い顔をしているというのはわかった。聞き返すと、意地の悪いことを言ってきたからだ。

「どうして欲しいか、口で言えよ」
「そ……んな……っ」
「言わなきゃ、先に進んでやらんぞ」

 三宮の声は実に楽しそうだ。
 空は三宮が何事も有言実行する男だということを、充分に理解させられている。だから今回も本気で、空が言葉で乞わなければ深奥まで来てくれないのだろう。
 空の中で、羞恥と情欲とがせめぎあう。三宮の指が、空の官能を求める心を勝たせようと再動する。浅い場所だけを撫でる指が、空の羞恥をだんだんと追いやっていった。

「ッあ、んんっ……!」

 もう一押し、とばかりに三宮は空の胸に舌を這わせた。熱い舌が、小さな突起を転がすように舐る。三宮の指はその間、浅いところに留まって動かない。同時にしてほしくて腰を揺らしても知らんぷりだ。
 空は胸元で動く三宮の頭に縋り付いて、衣擦れのようにか細い悲鳴を上げた。

「も……っ、お願い、だからっ……」
「うん?」
「もっ、と、奥までっ……」

 恥を捨ててまでの懇願は、けれど鼻で笑われただけだった。

「奥まで、何だよ?」
「……ッひどい……!」
「どこがひどいって? お前がちゃんと最後まで言わないと、望む通りにしてやれないから聞いてるだけだろ。自分が悪いのに人を悪し様に言ってんじゃねーよ」

 機嫌がよかろうとよくなかろうと、三宮は閨ではいつだって意地悪だ。こんな底意地の悪い男の、いったいどこがいいのだと空は自問する。そこを含めて好きになってしまったという答えしか出てこないのだから、自分に呆れるしかない。
 もしかすると――浅葱はこの度を超えた意地の悪さに付き合いきれないから、三宮が好きではないと言うのだろうか。三宮は浅葱のことも、こんなふうにいじめるのだろうか――。
 三宮に抱かれるたびに抱く疑問だったけれど、三宮への思いを自覚してしまったいまは、考えるだけで心臓が抉られるように痛む。
 堪えきれなかった涙が、空の目端から肌を伝い落ちる。面白げな顔をしている三宮は、涙珠の意味をきっと知らない。――知ったところで、それも手管と思われるのが関の山だ。

「ほら、さっさと言えよ。でなきゃいつまでもこのままだぜ?」
「ッ、あ……っ」

 罪悪感の欠片さえ抱いた様子もなく、三宮は浅く挿入したままだった指先を少し曲げてぐるりと回した。狭い場所を広げようとする感覚に、空は短く嬌声を漏らす。
 三宮の指はいっかな空を踏破しようとしない。また浅い出し入れを繰り返される。奥のほうがどうしようもなく疼くのに深入りしてくれない三宮に耐えかねて、空はほとんど泣きながら哀訴した。

「お願い……もっと奥まで、いれて……っ」
「いれるだけでいいのか?」

 三宮の問いに、空はふるふると首を横に振る。――もう、羞恥心などに構っていられない。

「気持ちよく、して……」
「どんなふうに?」
「……っ意地悪……!」
「空」

 口端をつり上げている三宮は、どうあっても空に言わせたいらしかった。

「お、く……指、増やして、掻き回して……。三宮様の……おっきいの、で、俺の中、滅茶苦茶にして……っ」
「――いい子だ」
「あ――ッ!」

 羞恥を打ち捨てて願うや、空の内部に蠢く三宮の指が増え、ずぷりと深奥まで入り込んだ。待ち望んだ快感に、空の爪先が白い敷布を波打たせる。
 充分にそこの強張りが解れると、三宮の指は引き抜かれた。物欲しげにひくつく門扉を見て、また三宮が嘲笑する。

「ずいぶんといやらしい身体になったじゃないか」
「そ……な、こと――ひ、あぁーッ……!」

 灼熱が突き立てられ、空はその質量と猛々しさに啼いた。何度か入り口を押し広げる感覚を楽しんでから、三宮は内奥まで腰を進めてくる。
 雄のすべてが肚に収まった。締めつければ彼の形と熱を、生々しく感じ取れる。
 ――自分の中に三宮がいる。三宮に抱かれることは当たり前のことになっていたけれど、これは実はほんとうにすごいことだ。
 いうなれば、空が三宮と交われるのは奇跡なのだ。空がうんと幼いころに売られてこなければ、三宮の熱を知ることなどできなかった。さらに言えば二人が生まれてこなければ、出会うことすらできなかった。
 この奇跡の気の遠くなるような確率をあらためて噛み締めた空の口から、ああ、と感極まった息が零れた。

「どうした?」

 知らず知らずのうちに、空は眸からはらはらと涙を零していた。さすがに三宮も、空が羞恥のあまり泣いているとは思えなかったらしい。軽く眉を顰めて、空の頬を撫でた。

「……って……うれ、しくて……」
「――嬉しい?」
「三み、や様が……俺の中に、いるから……」

 涙眼の向こうにある三宮の顔が、なぜか歪められた。
 ――いらだちと傷心が混ざったような、それは奇妙な表情だった。


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