三宮が空の馴染みになってから、さらに数ヶ月――。以前よりも初会の申し込みが増え、それに伴い馴染みの男も増えていた。当然、空の番付も上がる。張り見世に出ることもなくなって、先月の番付が発表されてから、遣り手にはこのままなら格上げもありうると教えられた。
 特に何か変えたというわけでもないのに、どうして自分を選ぶ人間が増えたのか――。
 昼見世が終わったあとにいきなり部屋に押し入ってきた三日月に聞いてみると、彼はのんびり笑った。

「んー。色気が出たからじゃないの?」
「……色気?」
「そう。三宮さんに抱かれてから、色気出てきたし」

 腹這いになって頬杖をつきながら、三日月は言う。

「オイシソウだなあってかんじ」

 妖しく細められた三日月の眸におののいて、空は少しだけ三日月から離れた。

「でも、心当たりはないんだけど」
「ん?」
「いまさらそんな色気の出るような心当たり」

 いままでさんざん、色んな男に足を開いてきた。抱かれて色気が出るというなら、とっくにその色気とやらは出ていていいだろう。

「三宮さんがトクベツだから、とか?」
「特別?」
「とくに上客っていうことじゃなくて――ま、いいや。それよりこれ、あげる」

 身体を起こしあぐらをかいた三日月が懐を漁る。取り出した小さな包みを渡されたので広げてみると、鮮やかな大輪の牡丹の髪飾りがそこに鎮座していた。派手な華美さはないけれど、たいへんに丁寧な造りで、単に豪奢なものよりも高価な品であるのがわかった。

「あげる、って……」
「ここんとこ番付上がってるし、このままなら花魁に上がるんでしょ。前祝い」
「格上げが決まったわけじゃ……。三日月さん、こうやってしょっちゅう他の妓にものをあげたりしてるけど、そんなにお金使っていいの? 部屋付きの禿や新造の世話も自分で見なきゃならないんでしょ」

 娼妓が自分を飾り立てる着物や簪といった装飾品は、娼妓自身で買いそろえなければならない。まかなう金は見世から借りることが多く、それが借金に上乗せされて、年季明けが遠退くのだ。
 さらに禿や新造がついていれば、彼らの衣食住にかかる一切の費用を負担しなければならないし、新造が水揚げするときの費用も負担することになる。
 確か三日月の部屋付きの新造の水揚げが近いはずだ。なのに、他人のことに金を使ってしまっていいのだろうか。
 空の心配を他所に、三日月は緩く笑った。

「わざと使ってるんだよね」
「え……」
「だって見世に借金すればするだけ、年季明け引き延ばせるでしょ」
「三日月さん、見世にいたいの?」
「だってトーリ君、キモチイイこと大好きだからね。年齢制限引っ掛かるまでここにいたいなー。それに、見世にいるから会える、って言う人も、なかにはいるんじゃない? 俺はどうでもいーけどね。たとえば――三宮様なんて、普通に外で暮らしてたら、すれ違うこともないような人じゃない?」

 どこか揶揄するような声音で言われたが、空はあまり気にならなかった。三日月の指摘はまさにその通りだったからだ。

「まあ、でも、空はお仕事きらいだもんね。花魁になってたくさん稼げば、その分早く出て行けるよ」
「……」

 それは客を多く取らなければ、その分長く見世にいられる、と言っているのと同じだった。

(長くいれば――多く三宮様と、会える?)

 三日月の言う通り、空は吉原にいなければ三宮と出会うことさえなかっただろう。そして吉原を出れば、きっと二度と会えなくなる。
 ふいに浮かんだ考えを自覚して、空は慌てて頭(かぶり)を振った。――駄目だ。三宮は浅葱の馴染みだ。彼らが互いをどう思っているかは瞭然としないが、空が三宮に愛人として指名されたことだけは変わりないし、確かなことだ。

「色気が出たって話。あれって多分、空が好きな人に抱かれたからだと思うんだよね」
「は――?」
「仕事と割り切って抱かれるのと、たとえ仕事でも好きで抱かれるのでは違うってこと」
「ま――待って。俺は別に、三宮様のこと好きじゃ……。それに三宮様は浅葱さんの馴染みだし……」

 浅葱は相変わらず空に対して嫉妬を見せるでもなく接してくる。三宮を間夫ではないと言っていたが、空はそれも疑わしいと思い始めていた。
 ――先日、浅葱と三宮が話しているのを見かけた。その日は三宮は浅葱のところに登楼していて、空は廻し部屋に待たせている客の元へ向かう途中だった。
 三宮に笑いかけている浅葱は本当に嬉しそうだったし、幸せそうだった。
 三宮を間夫でないと言ったのは、素直にそうだと言えなかったからなのではないか――。だとしたら空はずいぶん浅葱を苦しませていることになる。三宮も相変わらずで、空を名代で抱くことはなく、必ず空のところに登楼ってくるのだ。しかも浅葱の元へ行くよりも、空に予約を入れることのほうが格段に多い。これでよく浅葱は嫉妬を露にせずに接してくれるものだ。
 次第に空は俯いていく。――三宮を好きになど、なってはならない。所詮は愛人なのだから。強く自分に下命すると、その分だけ胸の奥が鋭く痛んで、眉尻が下がった。

「……俺は間夫を作ったことも、愛人になったこともないからわかんないけど。本命のいる客を好きになるのも、大変なんだねー」
「だから、好きなんかじゃないよ」

 否定する空の声には、欠片も覇気がなかった。

prev | next | top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -