トロイメライの聴こえない


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その日、四月の末、夜十一時ごろの屋外は空気が寒く透き通りとても綺麗な月が見えていて、俺は、神谷晴樹は、ぽつりぽつりと並んだ外灯が薄ぼんやりと光っている暗い夜の道を歩いていました。ただ歩いていたわけではありません。ある人を追いかけていたのです。
俺が追いかけている彼、名前は梨本幹隆くん。俺と同じ高校の一年四組、出席番号は十三番。日に当たるときらきらする金色の髪は月光の下で見ると冷たくて妖しくて普段と違う雰囲気でなんだか怖いけれど、恐怖のそれとは違う胸の高鳴りを、俺は確かに感じていました。
彼がこんな夜遅くに何をしているのか俺は全くもって知るよしもありませんでしたが、なんとなく察するところはありました。彼は一人でいたのでは無く、隣にいる女の子と会話を交わしながら歩いていたのですから。
まあ、つまり、そういう事なのでしょう。梨本くんと、名前も知らない大学生くらいの女の子との間がどうなっているのかは知りません。知りませんが。けれども二人の間には、俺が彼を学校で見かけてからすぐに書いてまだ尚鞄の中に眠っている手紙をびりびりに破き捨ててしまう理由となるくらいのなにかがあるのはあまりにも明白でした。
だから梨本くんと彼女が一緒にいるのを見てそのまま後をつけるなんて、俺はするべきではなかったのです。すぐに家に帰っていれば良かったのです。でも気付くと俺は二人を追いかけて人気のない公園までふらふらと足を伸ばしてしまっていました。

咄嗟に俺はうつむいて眼をぎゅっと瞑りました。冷静になった今考えるならば、俺は目をつむるだけで無く耳もふさいでしまっていれば良かったのでしょうが、そのときの俺にそんなことは思いつきもしなかったのです。梨本くんが彼女に対し何を言うつもりなのかはっきりわかっていて、その一言を聞きたくなんてなかったのに。
そして確かに俺の耳には彼の言葉が聞こえました。
「スキ」という二文字が。
何かが狂ったのはそこからです。彼の言葉にかぶるように、ずっしりした確かな重みを持ったなにか(形容するならそれこそきっと『バールのようななにか』とでも言うべきでしょう。)が空気をまとって振り下ろされ、木でも土でもはたまたベンチでもない何かに重くぶつかりめり込んでいく『音』がうつむいた俺のもとに届きました。
驚いてびくりと肩をふるわせ、俺はしばらくじっとしていました。その間も鈍い『音』はほぼ等間隔で鳴り続けていました。何度か続いたその音はいつしか水気を帯びて、柔らかいものをつぶしていくときに似た感じへと変化しました。そうしてようやく、俺は『音』の正体に気付く事となりました。それは単なる想像でしたし、できれば想像であって欲しかったのですが、俺の中には不明瞭かつ根拠のない確信が同時に存在しています。そして閉じたまぶたの向こうで行われているであろう出来事を考えた俺は恐怖からでしょうか、急に体の力が抜けてストンとその場に座り込んでしまいました。カタカタと足やら指先やらが震えています。視界の代わりに鋭敏になった嗅覚が俺の想像に確信を与えていきます。俺はここにいてはいけなかったのではないでしょうか。もし俺がここに隠れている事が見つかってしまったら。そう考えると怖くて恐くて、俺はただただ小刻みに震えている肩をぎゅっと抱いて目をきつく瞑って時間が過ぎるのを待っていました。
またしばらくして『音』が止むと、誰かの呼吸する音が代わりに聞こえてきました。俺が息を殺したまま目を開けると、そこには、想像したとおり真っ赤な、



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