トロイメライの聴こえない


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放課後、部活の練習が終わりふと俺は思い立って部長へ声をかけることにした。
俺と同学年の部員からの食事の誘いを角が立たない程度に断り(こういう時にそこそこ厳しそうな実家と横暴な姉の存在は大変便利なものである)彼等が群れになって部室から出ていったのを見計らい部長の方を見る。彼もまた同じ学年の部員と談笑していたが俺の視線を感じたのかそちらとの会話から抜けて俺に声をかけてきた。

どうかしたかと言ってきたので俺はなんと言ったものかなと一瞬思考を巡らせ、正直に、部長へ内々に相談があるので二人で話をしたいのだがこの後時間を貰えないだろうかと切り出した。
部長は少し驚いた表情を浮かべたがそれは直ぐに思案するようなものに変わり、数秒後には快い返事が返ってきた。
思っていたよりも簡単に事が運びそうな気配を感じつつ俺はさて、どう話を展開しようかと更に思考を進めた。

下校する途中の坂道で俺と部長は特に当たり障りない会話をしていた。
部活や学校には慣れただろうかとか、一年生の様子だとか、そういったものだ。部長からは時折二年前の自分を懐かしむような雰囲気が感じられ、生物のあの先生はやばいだとかやっぱり世界史の抜き打ちテストはまだ続いているのかとかそういった有益なようなそうでもないような事を口にしているのに俺は適当に相槌を打っている。

「……そう言えば相談っていってもそこら辺でする訳にもいかねぇよなぁ」
「……そうですね」
「なんか食いに行く?」
「先輩が構わないなら」

とは言ったが正直な話俺も腹は減っていたし部長へ先を越されなければ俺から提案しようとすら思っていた所だ。
気分としてはジャンクフードが良かったのだが駅前すぐの店には恐らく先程俺を誘ってきた部員が溜まっている事だろう。出来ることなら彼等とは顔を合わせたくない。俺は少し駅から離れるがこの時間にはあまりうちの学校の生徒が行かないであろうファーストフード店を提案し、部長も特に断る事をせずそのまま店へ行くこととなった。

店へ入ると予想通り見慣れた制服の学生は居らず、奥のボックス席で課題に勤しむ大学生と思しきグループが一組いるだけだった。彼等もそこまで大音量で話をするような非常識な輩ではないようで、これならそれなりに落ち着いて会話が出来るだろう。
部長へ先に注文を譲り、胃袋の具合と会計を秤にかけつつ食べるメニューを考える。まぁ家に帰るまでの空腹が繋げればいいのでそこまで量を食べる必要もないと言えばないのだが。
なんとなく季節物の限定メニューのセットとバニラシェイクを注文し、会計と引換に番号札を受け取った俺は一足先に席へ着いていた部長の元へ向かう。
注文したメニューが届くまで暫く、少しだけ気不味い静寂を湛えながらも、俺も部長も黙っていた。
大方部長の方も何を相談されるのか考えているのだろう。別に部長本人に関わるような話ではないのであまり気に病まないで欲しいのだが。

俺が部長を呼び出したのには勿論理由がある。
俺はそれ程無意味な行動を取るような奴ではないという自負もあるし抑人間というのはそれなりに意味のある行動しか取れないものだと俺は思う。
して、相談の内容とはまぁ、簡潔に言えば神谷晴樹の事である。
部長と神谷先輩とが旧知の仲だという事はしばらく前に三年生の部員が話していた。その時の部長は少しだけ気まずそうにしていた気もしないでもないが、その情報自体は嘘ではないらしく、事実二人は幼馴染みと呼ばれるような関係性らしい。
オマケに彼等は今現在も進行形でクラスメイトであるのだから、これは神谷先輩の情報を仕入れるには最良の相手と言っても過言ではないだろう。
そう考えて俺は今日神無先輩を誘ったのだ。

注文した商品が二人分席へ運ばれてきて、セットのポテトを二、三本つまみながら神無先輩が言う。

「んで、相談って何?さっき喋った感じだと部活がどうこうとかじゃないとは思うんだけど」

やはり、想定していた通りそこそこ物わかりのいい人だ。これであれば話も手っ取り早く済むだろう。

「いえ、大した事じゃないんですけど。好きな人がいるのでその人について少しお伺いしたくて。」
「好きな人?」
「はい。先輩のクラスの方で」

俺がそう言うと彼は目線を少し斜め上へやりクラスメイトの顔を思い出しているようだった。

「……俺の知ってる奴?女子のことあんま詳しくねぇよ?」
「その点は大丈夫……だと思います。先輩が良く知っている方の筈なんで」

疑問符を浮かべる神無先輩を横目に俺は期間限定だというチキン南蛮の入ったハンバーガーを一口食べる。美味しい。これがレギュラーメニューだったら駅前のあの店に行かないで何時もこちらにくるのだけれど。まぁ期間限定だから美味しいのかもしれない、世間とは得てしてそういうものだ、グラタンコロッケが入った某バーガーも期間限定だから食べるのだ。

「良く知っている……?」

まだ首を傾げている先輩へ、なるべく平然と、出来るだけ恋をしているように、これが単なる後輩からの可愛らしい質問であると感じて貰えるように俺は答える。

「神谷晴樹さんって言うんですけど」

俺がその名前を出すと神無先輩の顔は少しだけ翳りを見せた。本当に些細な表情だったのだが。生憎俺は負の感情には殊更気が利く方である。
俺はその翳りの理由が別の所にあることは承知の上でなお気付いていないかのように細心の注意を払い言葉を続けた。

「…………やっぱあれですかね。男同士ですし。」
「……………………ん、いや、そういう訳じゃなくて」

うん。良い人だ。
一応可能性としてここで「いや男だろ」と否定される事も視野には入れていたのだが。
じゃあ何故恋愛沙汰として相談を持ちかけようとしたのかと言われると、昨日の今日で方法が思いつかなかったのである。まさか俺が最近少しだけ話題になっている連続殺人事件の犯人で神谷先輩がそれの目撃者だから気に留めているなどと言うわけにもいくまい。それなら同性愛者だと言われて先輩に引かれるリスクの方がまだ気が楽だ。

「…………お前ほんとにアイツの事好きなの?」

先輩は食事の手を止め真剣に俺へ問いかけてくる。
これは、なんだろうか。あまりよろしくない展開のような気がしてきた。

「……そう、ですけど」

下心がある事を見透かされているとか?まさか。確かに神谷先輩は美人だし女子にはそこそこ人気のある人だ。我が校の三年生はそれなりに粒揃いらしく神無先輩と神谷先輩、そして栂先輩なんかは他数名の運動部の先輩と並んでクラスの女子の浮ついた話題の対象にされている。男子の話題に上がる先輩も勿論いるのだが俺の好みの女性は今の所いない。
さて、神谷先輩に「口封じをする」という意味での下心はあれどお近付きになってどうこうなどという一般的な意味でのそういった感情は特にないし、そのメリットもさほど俺には思い付きはしないのだが。
女子に人気があろうと所属する部活が女子人口の多い吹奏楽団だろうとそれが男女交友においてメリットになるとは思えない。そういうことを考える阿呆は多分素直にそういう部活に入る。
ううん、わからない。やはり他人というものは理解し難いものだ。殊、俺にとっては尚更であろう。

神無先輩は言葉を探すように視線を宙へ漂わせている。率直に言ってくれた方が、俺は幾分か楽なのだが。

「……なんか、ありました?」
「いや…………ただ」

先輩が躊躇うように口を開いた。
言葉を整える事が出来たのだろう、今度はしっかりと俺の方を見ている。

「アイツと付き合うとかそういうの、諦めた方が良い……と思う。それがお前の為だと、俺は思う」

先輩はそう言い切って休めていた食事の手を再開させた。
それはどういう意味だろう。
口振りからして恐らく過去に恋愛沙汰においてなにかがあったのは確かだ。確かなのだが……。

「どういう事ですか?」

俺が問いかけても其れ切り神無先輩から詳しい事を聞き出すのは不可能だった。
彼にとってもあまり気分のいい話では無いのだろう。当事者であったという事だろうか。
俺は今日これ以上、神谷先輩について何かを聞き出すのは無理だろうとバニラシェイクのストローを咥えた。
時間が経って溶けたバニラシェイクの甘みがべっとりと舌へ絡んできて、少しだけ不快だった。



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