トロイメライの聴こえない


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俺が梨本くんに挨拶をしてからバスが来るまではそう時間もかかりませんでした。いつものように整理券を取り適当に空いている席へ腰を下ろします。
俺の後ろに着いてきた梨本くんは少し躊躇ってから横に座っても大丈夫かと問いかけてきました。聞かなくてもそれくらいのこと大丈夫なのに……と思いますがそれも彼の育ちがしっかりとしている事を表しているのでしょう。俺が頷いた事を確認し、彼は俺の横、一人分空いている座席へ座りました。そこまで広いバスでもありませんから互いの肩が不意に触れて少しどきどきとしました。

「先輩って、いつも朝こんなに早いんですか?」

バスに乗って暫く、俺が何を話したものか、天気の話をする訳にもいかないけれどあまり込み入った話をするのもな、なんて悩んでいた所で彼が話しかけてきました。
なるほど世間話としては満点の話題だ流石梨本くん、なんて感心しつつ俺は口を開きます。

「朝練がある時だけだよ?何も無かったらもっとぎりぎりに家出てるかな」
「えーと、先輩って吹奏楽団ですよね」
「うん」
「吹奏楽団って毎日朝練してません?」

その通り。うちの部は毎日朝練をしています。
それというのも部長である鏡一朗が変に真面目なせいでオマケに目つきが悪いわ性格もキツいわ、いえあれで結構良い人ではあるのですけど真面目一辺倒であることに変わりはなくて……いえ、それはどうでも良い話でしょう。
それよりも、俺が梨本くんの事を知っているのは別にいいのですが梨本くんの方がそこまで俺の事を知っていたのは想定外というか、いえ、きっとあれです、知り合いが吹奏楽団にいるとか、そういうのでしょう。俺はきちんと整理が出来ない自分の頭の中をどうにかこうにか言葉にして梨本くんに投げかけました。

「……吹奏楽団に詳しいね……ですか、まぁ、練習キツいとかそういう話はクラスでわりと聞きますし。先輩も結構な有名人ですから」

うちのクラスでは。と梨本くんはそう言って笑っています。きらきらした、普通の男の子の笑顔。俺が恋をしたその顔がすぐ間近にある事が俺には未だに信じられずつい目を逸らしてしまいます。
ああもう、こんなに会話に困ったのは一体いつぶりでしょうか。冷静に考えましょう、昨日ぶりです。どうやら俺は梨本くんと会話をするという行為以前に梨本くんといるだけで心臓発作でも起こして倒れてしまいそうになる体質のようです。

「有名人……なの」
「だって先輩美人じゃないですか」

素直に褒めないでほしいのですが。
ねぇ、梨本くん。その言葉は社交辞令ですよね?
あまりにも恥ずかしくなってきた俺は頭ごと目線を窓の外にやります。窓の外には何時もと同じ住宅街の景色が広がっています。丁度バス停に着いたようで何人かの学生や会社員が乗り込んできました。何人か見知った顔も居ますが今は挨拶などしている場合ではありません。
まさか梨本くんがそのような、言い方は悪いですが女たらしと言いますか、平然と言われた側が恥ずかしくなるような台詞をまるで呼吸するかのように言うような子だとは俺は思っておりませんで、やめてください。きっと今の俺の顔は真っ赤に染まって居ることでしょう。ああ恥ずかしい!!
ちらりと梨本くんを見ると、彼は普段と同じ、少し澄ました、けれども柔らかな笑顔をしています。
やっぱり俺一人が過剰に恥ずかしがっているようです。落ち着きをなんとか取り戻そうと俺は彼にばれないよう深呼吸をしました。

「それクラスの子の前とかで言ってないよねぇ……」
「…………駄目でしたか?」
「ねぇ言ってるの!?」

柄にもなく大きな声を出してしまい、俺は慌ててきょろきょろと車内を見回します。前の座席に座っている女の子が笑っているのでしょう。藤色のリボンが小さく揺れました。見た事のあるリボンでした、確か今年から入ってきた部活の後輩です、不甲斐ないところを見せてしまいました、俺はため息をつき梨本くんを見据えます。
梨本くんはほんの少しだけ申し訳なさそうに、一切悪びれていない表情で「話の展開でそうなってしまったので……すみません」などと少し笑いながら謝ってきます。
もう、まったくこの子は……

「でも、先輩の事、美人だと思ってるのは本当ですよ?」

梨本くんがそう言うと同時にバスが何度目かの停車をしました。アナウンスが学校に近い、いつも降りるバス停の名を告げ、バスの中にちらほらいた俺たちと同じ制服の生徒達が次々に立ち上がり降車口へ向かいます。
俺たち二人も同様にバスを降り、何事も無かったかのように(実際バスの側としては何も無かったのですけれど)バスは去っていきました。
このバス停から20分ほど歩けば俺たちの通う学校に到着するのですけれど……

「……………………」
「……………………?どうかしました?」
「……いや、なんでもないよ、大丈夫」

あと20分俺は先程のような体験をし続けるのでしょうか。それは些か酷というものではないでしょうか。

ああ、好きな人と登校というのを常々夢見てはきましたが、実際なって見るとなかなかに心臓に悪いもののようです。これなら後ろから見つめて登下校している方がどれだけ心身に優しかったことだろう、と俺は今一度ため息を吐き、先に学校へ向かう細道へ歩みを進めていた梨本くんを追いかけるために駆け足になりました。




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