トロイメライの聴こえない


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ぱちりと目を開く。
俺は緩慢な動きでベッドから起き上がり、身支度を整えるため自室を出て階下へ向かいました。

洗面台で顔を洗い、髪を整えようと鏡を見るとまだすこし寝ぼけているようなぼんやりとした自分の顔が映っています。いかんいかんと首を振りました。
このままだと朝練に遅刻してしまいます、副部長としてそんな格好のつかない事は避けなくてはいけません。鏡一朗を無意味に怒らせるのも俺としては避けておきたい所です。
寝癖直しとドライヤーを我ながら器用に使い、ぴょんと跳ねた毛を大人しくさせた俺は一度部屋へ戻り学生服へ着替えた後、朝食を食べるために再度階段を下りました。

キッチンにいるお母さんに「おはよ」と挨拶をし、ダイニングテーブルに用意された朝食を食べようと椅子に腰を下ろします。お父さんは既に家を出たようです。今日は月曜日ですから、すこし遠くの大学で講義があるため普段より早く家を出たのでしょう。
お勤めにいくお父さんが天気予報を確認できるようにと我が家では毎朝情報番組が流れています。
今はちょうど地域のニュースが流れていたようで、昨日の朝、公園で女性の撲殺死体が発見されたこと、当初は痴情のもつれかとも思われましたが一年程前から何度も同じような事件が起きているためそちらと同一の人物が犯行を行っているのではということ、とはいえ毎度犯人の証拠と言えるようなものが見当たらず相当に計画された犯行だと思われることやなんかが女性キャスターの声で読み上げられていきます。
俺が一昨日その事件の真相の、極々近い場所へ触れてしまった事はお父さんにもお母さんにも言っていません。
口が裂けても言うものかという感じではありますが。

「晴樹」
「……なに?」

だらだらとトーストされ目玉焼きの乗っけられた食パンを食べているとお母さんに呼ばれました。
まさか俺がテレビの一件に関わっていることはバレているのかしらなどと少しびくびくしながら返事をします。想像に反して、お母さんは財布から数枚のお札を取り出し俺に渡して来ました。きょとんとした顔でそのお札を見ていると呆れたようにお母さんが言います。

「一昨日貧血で倒れて後輩の子にお世話になったんでしょう?お家にもお邪魔したそうだしこれで菓子折でも買って届けなさいな」

ああ、なるほど、そういう事でしたか。うん、わかった。なんて曖昧に返事をして貰ったお金を財布にしまいます。帰りに駅前でお菓子を見繕って届ける事にしましょう。

「晴樹の事だから……そういう所はきちんとできると思うけれど、一応領収書貰ってきなさいよ」
「はいはい、わかってるってば……んじゃそろそろ時間だから」

ごちそうさまを言って立ち上がるとテレビの時計はバスが出る10分前でした。家からバス停まではさほど遠いわけでもないけれど余裕を持って家を出たかった俺はそのまま教科書類の入ったリュックサックを背負い楽器ケースをよいしょと持ち上げました。

「いってきます」
「財布忘れてるわよ」

お母さんは仕方ない子ねなんて言いながら俺の財布を差し出してきました。すっかり失念していた俺は財布を受け取りリュックサックの中へ後ろ手で放り込みローファーを履きます。
お母さんの行ってらっしゃい、と言う声に適当な返事をして家を出ると今日は春らしくそこそこの日差しにささやかな風が吹く気分の良い日で、俺はそのまま歩いてバス停へ向かいました。

角をいくつか曲がって、大きな通りまで出ると間もなく俺が何時も使っているバス停へ到着します。この近辺で同じバスに乗る人は早々いない上に、俺は部活の朝練のため少々早い時間に家を出ているものですから今日もバス停には一番乗りができると思ったのですが。

今日は見慣れない人影がありました。

いえ、見慣れないと言うのは嘘で。今年に入ってから嫌という程(実際嫌になったりはしないのですけど)見てきた彼の姿であることは容易にわかりました。
わからないのは彼が何故ここにいるのかと言うことです。彼がバス通学なのは知っていますが、もしかして俺に会いにわざわざこのバス停に来たと言う事でしょうか。

俺が戸惑っていると彼の方も俺に気付いたようでヘッドホンを外して弄っていたスマホをパーカーのポケットへ仕舞うと空いた手をひらひらと振って来ました。
俺はきょろきょろと辺りを見回し(俺以外にもしかして彼が誰か手を振るような相手がいてその人物に手を振っている可能性も無きにしも非ずでしたので)他に人気がないことを確認し彼が間違いなく俺へ手を振っているのだという事を認識してから小さく手を振り返しました。

「先輩、おはようございます」

彼の金髪が日に透けてきらきらとしています。
一昨日や昨日とは違う、何時もの彼がそこにいました。

「……おはよ、梨本くん」





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