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「ところで貴様。今日は仕事しなくて良いのか」
今現在進行形で仕事をさぼっている孝之が私に問いかけてくる。
おおかた私を追い出すつもりなのだろう。ご飯くらいゆっくり食べさせてくれればいいのに。
私はお昼ご飯代わりにするつもりで食べていたハニートーストを良く噛んで飲み込んでから
「あんたが寝てる間に終わったもん。今日のお仕事もまた夜だし」
と言ってやった。
私達、つまり成人する前の異能力者を一般人として日常生活を送れる状態に教育する。というのが第一の目標とするここでは学生は皆働かなくてはいけないし、場合によっては(というよりむしろ大抵の場合でそうなのだけれど)学業よりも働くことを優先することが出来るわけで。
年数回の必修授業とレポート提出さえしていれば、たまにしていなくても大体はお咎めなしで自由気ままな学園ライフを送っていられる。
だから私も孝之も鴇くんもここにいるのだ。
ちなみに私はもうずっと前から大工とか左官とかそういう類いのお仕事を手伝っている。高いところにいるのは気分が良くて大好きだ。高いたかいところからいろんなモノが見える。
いつかあの塔の上にも行ってみたいなぁ。街がきっと模型みたいに見えるんだろう。
…えーっと。なんの話だったかな。
あぁ、そうだ。
「孝之こそ仕事しなよ。爪磨いてないでさ。」
「俺の仕事はこの世界に存在して愛らしさを振りまくことだからこれで良い。」
「……。」
何言ってんのこいつ。
開いた口がふさがらないとはこのことなんだろう。危うくお紅茶を吹き出すところだった。
私と鴇くんが呆然としていると孝之は無表情で「冗談に決まっているだろうが馬鹿め」なんて暴言を吐いてくる。
おとなしくしていれば美人さんなのになぁ。
私は残っていたトーストを一口で食べきった。
口の中に蜂蜜の甘ったるさが満ちる。
孝之は爪を磨き終わったのか、ネイルアートにいそしんでいるし、鴇くんは静かに食器を片付けている。
誰も何も言わない。シンとした店のなかでレコードの奏でるかすかな音楽だけが反響する。
どこからこんなモノ持ってきたんだろう。私が地上に居たときでもレコードなんて博物館でしか見たことがなかったのに。まぁ、それも博物館の本で見たんだけど。
まぶたを閉じてその音楽に聴き入っていたところ、ふとあることを思い出す。先日の帰り道に見た女の子のこと。
蒼海羽くんも見ていたからお化けかどうかは怪しいんだけど、雨に濡れて黒髪がものすごいことになっていたから不気味さに拍車がかかったのだろうか、今思い出しても人間じゃないと思う。
「ねぇ孝之聞いてよ。」
「………」
シカトされた。
うん、まぁ、予想済みだよね、これくらい。うん。
私はそんな事でめげる弱い子ではないので孝之のシカト攻撃に負けじと話を続ける。
「あのね、私、おばけ見たんだよ!」
「…!!」
シカトされ……なかった!?
ぺとぺととその長い爪にクリアイエローのマニキュアを塗っていた孝之の細い肩がぴくりと跳ねた。
「孝之どうしたの。」
「…うるさい…関係ないだろう。」
そういう声がかすかに震えている。あー。これは…
「あーぁ、孝之、おばけ怖いんだ。」
「違う!!」
孝之がバン!とカウンターの板を叩いて反論してくる。フタの開いたマニキュアの小瓶が倒れそうになった。危ないなぁ。
「煽梨さん。あのですね」
鴇くんがカウンター越しにこっそり耳打ちする。
「和泉さんはお化けが苦手で、お客様がその類いのお話をしていらっしゃると耳を塞ぐんですよ」
「ああ!!」
なるほどやっぱりそういうことか。
私の声を聞いてますます眉間のしわが濃くなる孝之。
そのうちしわが取れなくなるぞ?
「…で、何なのだ、その、お化けとやらは。どんな見た目なんだ。」
強がった口調で私にそう問いかけてくるけど
「…大丈夫?怖すぎて泣いちゃうかもよ…?」
「馬鹿にするな!!!!」
いや、ホントに心配なんだけどな…。
結構怖かったし。
私は孝之を泣かせないように所々オブラートに包んだやわらかーなかんじであの女の子の様子を説明した。
「……と、まぁ、こんなかんじなんだけど」
「………お、おう。」
案の定、にこにこ笑顔を崩さない鴇くんに対して、孝之はうっすらと冷や汗をかいてうつむき、ぶつぶつを何かをつぶやいている。
そんなに怖かったのか。
なんか、悪いことしたな…。
「あの…孝之、だいじょぶ??その…ごめんね、なんか。」
いつもは私がひどいことを言われる側だから孝之を怖がらせるのがなんだかとっても楽しかったから、ついつい話をしすぎてしまったわけだけれど、いくらなんでもここまで追い込んでしまうことになるなんて……。
「…………。」
孝之が小さな声で何かを言った。
それを上手く聞き取れなかった私が聞き返すと彼は勢いよく顔を上げ私をキッとにらみつけた。
「貴様……俺を馬鹿にしやがって……か、帰れ!!!出て行け!!ここから!!!今!すぐ!!」
立ち上がり玄関を指さす孝之。
顔は真っ赤でうっすら泣いているような気もする。
その姿を呆然と見ている私の後ろで、やまなしに来客を知らせるベルの音と
「…煽梨ちゃん、いますか」
私のよく知った、あの子の声が割り込んできた。
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