キル・ゼム・オール
※戦闘狂夢主
※血の滾りの前
槍での立ち回りを教えるついでに軽い実戦経験を積ませてやろうと名前も知らぬ鬼兵隊の一員と手合わせをしていたときだ。フラリと河上がやってきてなんの前触れもなく聞いてきた。
「これだけでは物足りないと言っていたな」
どこぞのシンジケートとの抗争、自警団との小競り合い、どれをとっても満足感を得ることはなくここ最近の戦闘に不十分さを抱いていた。キャバクラの用心棒を生業としていた頃よりはいくらかマシではあったが甘い。温い。刺激が足りない。そんなところだ。
「言った。超言った」
「ならば重畳。仕事でござる。仔細は後で話す」
激しい戦いの匂いがして舞い上がって河上のあとをご機嫌で付いていく。バイクの後部座席で事のあらましを聞けば「ちょっくら目障りなチンピラどもを殱滅して来い」と高杉から無茶振りをされたらしい。奇襲だから少数精鋭で畳み掛けろと指示を受けた河上はわたしに白羽の矢を立てた。
「過小評価じゃないかな、チンピラ呼ばわりするのは」
春雨の妨害をしている傭兵師団が地球に駐屯しているようだ。“ようだ”というのは高杉から説明された言葉そのままで、詳細については聞かされぬままになっているという。核心を明かされず、要領をいまいち得ない指示を受けたのだ。
「訊ねてみたがチンピラの掃除をしてくるだけだと言いくるめられてな。暖簾に腕押しでごさるよ。何と聞いても返事は同じだった」
意図するところがあって指示をしているにしてもあまりに大雑把だ。ひどいものだ。
「師団って所謂小っちゃい軍隊だよ。規模も強さも甘く見てるわけじゃないだろうけど高杉はなに考えてるか解らないな」
「小夜」
「なに」
「怖気ついたでござるか」
「まさか」
傭兵だろうが師団だろうが構成員は人間あるいは天人だ。殺せないわけじゃない。刺したり突いたり薙げば等しくみな死ぬ。余程のいかさまでもしなければ、頭と体を分断しておいて死なない生き物はいない。
「頭と胴をバイバイさせれば万事オッケー。朝飯前よ。任せて」
「それは心強い」
啖呵を切るわたしの様子が気に召したのか河上は静かに口角を上げて笑みを浮かべた。読み取りにくい表情が綻ぶのを見るのは心地が良い。
「さて、確認だが夜戦を選択することもできる。敢えて陽の高いうちに行くでござるな?」
傭兵師団が駐屯している建物に人がいる気配はしない。いい具合に隠れるものだ。
「もちろん。真正面から正々堂々カチコミ行くよ、河上」
「正面からとはいえこれは奇襲でござる。正々堂々とは言い難いが…まあどちらでも構わぬか」
ブーツの紐をきつく結え愛槍を携えて扉を蹴破った。
「うわ、なんだお前ら…!」
出会い頭の一人をまずは刺突で仕留める。二人目は河上が首を刎ね、続々と袈裟斬りにしていく。数からして師団そのものというより部隊が駐留しているような印象だ。師団というには数は多くない。とはいえ多勢に無勢だから普通に戦ったのでは勝ち目は薄い。だからこそ奇襲が効く。
河上は大勢を相手にする戦いに長けている。自由自在の弦で体の動きを封じ、戦闘不能にする労力が桁違いに少ない。面白いくらいに傭兵が倒されていく。悲しい
哉、河上一人でも十分に思えた。
「いやいや、負けてられないわ」
足掻く傭兵の首をへし折ってわたしの周りを取り囲む数人の傭兵を眺めた。女の方から潰せ、とでも考えて群がってくる野郎共は合理的と言えば合理的だ。
「大勢でかかればどうにかなるって思ってんならお生憎様。そんなに簡単じゃないよ」
どうあってもわたしの性分をそそり滾らせるシチュエーションを作り上げるしまうんだよな、男ってのは。ジワジワと上がってくる高揚感に意図せず口元が緩んだ。一切合切をまとめて手にかけてしまえるのだと、愉しくて仕方がない。如何に殺すか、なんてあれこれ考えるまでもなく思うまま槍を振るってしまえ。
「あははは!」
愉快で気がついたら笑っていた。本能のまま暴力を振るうのも、傭兵たちがなす術もなく倒れていくのも、間隙を縫って敵を叩き斬るのも、何もかも愉快だ。振り向きざまに顎を砕き、遠心力で速度の増した薙ぎは重く、槍の穂先はいとも簡単に巨漢の首を刎ね飛ばした。頭部が鞠のように跳ねて転がっていく。
その先で最後の一人を薙ぎ払った河上を眺めながら、上着のポケットから包みを取り出した。それを開けて中身をいくつか口に放り込む。
「食べる?」
「結構でござる。というかこの状況で食事とは、正気か?」
「ただのエネルギー補給だよ。周りが臓物くさくて戻しそうなんだけどね」
咀嚼したものを無理矢理飲み込んで心底がっかりした。長時間戦い続けるにはエネルギーが不可欠だからとあれこれ候補を挙げたが嵩張るのは嫌だから携帯性を優先した結果がこれだ。
「やっぱ干し飯はだめだな。不味い」
通販でレーションでも買うか、と小言を宣っているときに部屋の隅で人影が動いた。逃がすと厄介だ。
「殺しそびれたか」
「わたしがやる」
行く手に得物を投擲して逃げ場がなくなった傭兵の腹部を蹴り上げると、その反動で手から通勤機器が転がり落ちた。よろけた時に見えた顔つきは幼い。襟を掴んだ拍子に帽子が落ち、長い髪が露わになった。
大きい瞳と通った鼻筋、蠱惑的に見える口唇。女の子だっだのかと意外に思いながら些か丁寧に、それでも強く床に体を押し倒す。逃げようともがく少女の背中に跨り武器を隠していないかを検分して驚いた。装備がない。
「丸腰?あんた傭兵じゃないね」
「その若さで傭兵相手にやること、といえば一つでござるな」
「体は大事にしなよ。女なんだから」
「踏みつけておいて言える立場ではないぞ小夜」
傷を負っていないから、大方近くにいた懇意の傭兵に守られていたんだろう。その傭兵もこの部屋に無数に転がる肉片の一つになった。河上かわたしのどっちがやったか分からないけど。
「どこに連絡しようとしたの?言ったら見逃してあげるよ」
「くたばれ!春雨などに言うもんか…!」
戦闘員でもないし丸腰だし年端のいかぬ女を手にかけるのも気が引ける、と優しくしたのが間違いだった。
「譲歩してやればつけ上がりやがって」
威嚇する猟犬のような低い唸り声に似た声に少女は少しだけ怖気ついて表情を曇らせる。乱暴に髪の毛を鷲掴みにして顔を上げさせた。
「もう一度聞いてやる。どこに連絡する気だった」
「…地獄に堕ちろっ」
「あっそ。ご愁傷様でした。わたしらは鬼兵隊。春雨じゃないんだわ」
もう一度尋ねて素直に答えたら離してやろうと思ったのになあ。穂先が喉を貫き、骨を砕く。口から血が噴き出して、一時苦しそうに痙攣したあとすぐに事切れてしまった少女の死体を転がした。
「粗末な施設だ。大して広くもない上に設備が古すぎるでごさるな。捕捉できていないのは向こうも同じか」
「抜け道は?」
「ない」
「じゃ、虱潰しに行こっか」
見つけ次第、順番に屠っていけばいい。河上とわたしは得物を手に横行闊歩し、賊害を繰り返して着実に死体の山を築いていった。
*
普通なら退いてしまうところで前に出られる胆力がある。護りなど微塵も勘定に入れていない戦闘は圧倒的で駆け引きする間はない。使えば使うほどに冴え渡る小夜の槍は、一人また一人と体を貫いて薙ぎ払っていく。非常に楽しんでいる様子が姿を見ずとも伝わってきた。時たま聞こえる笑い声がそれを裏付ける。
「相手は二人だ!」
“侵入者あり、迎撃しろ、生かしておくな”と総出で畳み掛けるような人海戦術を仕掛けて来た。数にものを言わせればどうにかなると考えるのも妥当だろう。相手方の指揮官に落ち度はないが、それは失策だ。
「げ…あ、っ…!」
初めのうちは数に圧されていたが地力の違いが徐々に現れ、刃を振るえば敵方は悉く死した。忘我の境に入り、対峙した瞬間にどこへ刃を突き立てるべきかの判断が下る。鍔迫り合いに付き合うまでもなく太刀を浴びせるのも容易い。弦で一網打尽にし仲間が真っ二つになる様を見て戦意喪失する輩を、片っ端から手にかけた。
「やれ終わったか」
立つ者がいなくなり一息ついた。乱闘の中でいくつか負傷したらしく、着ていたジャケットも切られ血が滲んでいる。無傷でないのは小夜も同じだ。服のあちこちに血が付着して遠目に見ても痛々しい上に、額から血が垂れているのが見える。肉を切らせて骨を断つ戦い方を体現する様相を呈している。
「こちらは片付いた」
「こっちも一区切りついたよ」
悲痛さを称えた呻き声が聞こえてくる。這ってでも逃げようとする活きのいい者も多数いた。傷を見る限りではそう長くない。
「なんだ、まだ生きてんの」
煙草に火をつけ一服したのち、小夜は転がっている死体を踏みつけた。小突いて反応があれば止めを刺す。侍の“苦しませず殺す“類いの矜持を持っている故ではなく、一人残らず打ち滅ぼすために行っている。
「しまった。引っ掛かった」
兵装に穂先が抜けず苦心していた小夜の後ろに負傷した傭兵が背後に気配もなく立った。息も絶え絶えに上段に構えた刀が、渾身の力でもって振り下ろされる。
「小夜!」
「!」
傭兵の一太刀を翻して躱したがやや反応が遅れて肩から血が噴き出た。気に食わない、とばかりに小夜の顔つきが険しくなって怒号が飛ぶ。
「死んだフリするならハナっから殺す気でかかって来い!」
骨がある奴はいないのか、と引き抜いた槍の石突きを鳩尾目掛けて叩きつける。痛みに怯んだ隙を逃さず小夜は矛先を喉に突き立て、肉と骨を抉り取り風穴を開けた。ただの刺突にしては些か甚だしい。傭兵は膝から崩れ落ちて床に大の字に倒れ込み、天井を見つめたまま事切れた。
「助けが必要だったでござるか?」
「要らないけど助かった」
他者か自身か区別のつかない血飛沫を顔に浴びながら小夜はやや覚束ない足取りでこちらに向かってくる。
「はぁー、いたたた…これ明日に響くかなぁ…結構深そう」
辺りを見回して死体を数え始めたがすぐに飽きたらしく、真新しい傷を押さえながら再び煙草を咥える。血と紫煙の匂いが交じって漂ってきた。
「結構時間かかっちゃったね」
「いや、予想より早い。相当数を片付けてくれたお陰でござる」
「確かにだいぶやったけど、河上の方が斬ってたと思うな…ん?」
ガラン、と硬質な床に小夜の愛槍が転がった。汗で滑ったのか。訝しげにしゃがんで取り上げたが、再び取りこぼしては拾い上げを繰り返して余力が全く残っていないことを自覚して小夜は笑った。
「久しぶりに疲れた!精根尽き果てるってこんな感じかな。河上、誘ってくれてありがとう」
「楽しめたなら何よりでござるよ」
頭のネジが外れた戦闘狂も鬼兵隊であれば有能過ぎる戦力である。重傷を負って尚、からからと笑い飛ばす姿は爽快だ。
拙者、実写万斉の戦闘シーン大好き侍。BGMはMetallicaのKILL ‘EM ALL。
20200425