趣くまま安らかに奪い去れ
※戦闘狂夢主
※高杉と旧知の仲

戦場から身を引いた。血生臭い世界から穏やかな世界に変わった。でも攘夷志士としての活動から退いたあと、まともな仕事には就けなかった。グレーゾーンを通り越しブラックな仕事に手を染めた。その方が性に合ってたし、稼ぎも良かった。女に用心棒なんざ務まるか、と言われたが一日も働けばみんな掌を返してわたしを雇った。

制圧する方法を知り、昏倒させる術を身につけた。顎を強打すれば脳震盪を起こせる。接近戦でしか使えないけど肘は凶器になる。脇の下は止血がしにくいから失血死させられる。それで、この技術は、この知識は何の役に立つんだ?結局人を殺すだけだ。自嘲しつつも、わたしはこの道でしか生きられないのだ。

振り下ろされる斬撃を避けて男の鳩尾に爪先を減り込ませ膝で顔面を砕く。気味の悪い感触しかしない。よろける男の背後を一突きすればそのまま前のめりになって倒れ込んだ。

「最近の奴らはこんなの使うんだ」

男の手からサブマシンガンを拾い上げて、斬りかかろうとする集団に発砲する。指の先ほどの大きさの鉛の弾が肉や内臓を引き裂いて体を突き抜けていく。みな照らし合わせたかのようにバタバタと膝を折る。

死んだ者もいれば息も絶え絶えに逃げようと背を向けて這い蹲っていく者もいる。残りもこれで片付けてしまおう。引き金を引くだけで人が殺せてしまうこの機械はすごいな。他人事のように感じながら手当たり次第に撃ち殺していく。

「はい、アンタで最後」

背中に銃弾を撃ち込むつもりで引き金を引いたが、乾いた音がカチリと鳴るだけで命を絶つ鉛玉は出てこなかった。用済みになったサブマシンガンを放り投げて今にも死にそうな男の傍に立つ。銃弾が胸を貫いたのかろくに呼吸が出来ずに酷く苦しんでいるようだ。一思いに首を落としてやろうと槍を構える。男はわたしを見上げた。

「ら、羅刹…」

唇から血の泡を噴きこぼしながら苦しそうに、破壊と滅亡を司る神の名前を口にした。なんて仰々しい。そんな大それたもんじゃないよ、わたしは。



空を切る鋭い音。徐に、ただ槍の切っ先が空中を真横に薙いだだけだった。だが、それはまるで無駄のない洗練された舞のようだった。槍にへばりついていた血糊はすっかり振り払われ甲板の床に放射状に飛び散っていた。鋼鉄の船が黒煙を上げながら緩やかに、でも確実に落下していくのを肴に晋助と女は煙を燻らせている。

「懐かしいだけかと思ったが、面白いじゃねえか。槍しか能がなかったお前が」

接近戦で男を次々と往なし銃を使いこなし殲滅するとはよ。くつくつと笑うのは過ぎし日を思い出し、何かしらの変化を見たが故だ。

「しかし刀は相変わらずのようだな」

「ふん」

煙草を咥えたまま煙を吐いて晋助を一瞥する女は歳の割にはやや幼い顔つきをしていた。肩につかない長さに切り揃えられた髪に、流行りの西洋要素を取り入れた服装。洒落っ気のある町娘として十二分に通る見た目だった。頬に着いた血と、手に持つ槍さえなければの話だが。

「わたしがどう生活してたか、おおよそは耳に入ってるじゃないの」

「こっち側に戻ってきて気分はどうだ」

晋助は答えず問う。女は深く吸った煙を忌々しげに吐き出して「気分って何」、と語気を鋭く強め鼻で笑いながら言った。旧知の仲だけあって軽口を叩くかのように嫌悪感を示す。

「楽しんでるようにでも見えた?」

「少なくとも不快ではないと見えたがな」

「そう。アンタの目は飾りなのね」

反論するでもなく優雅に煙を漂わせている晋助は、女の悪口に口元を歪ませているだけだ。嗤っている。

「そっちにいるのは?」
埒があかない。そう判断した女はこちらに視線を遣った。荒みきってぶつけようも行き場もない憤りが、煮えくり返っている激しい音がした。音の雪崩とでも言おうか。その雪崩の濁流に触れるだけで身が弾け飛ばされる錯覚を覚えるほどに、鋭く刺々しい。短くなった煙草を放り投げる女の音は、途轍もなく暴力的で底知れぬ悲しみを含んでいた。

「ブルータルデスメタルといったところか」

女は眉間に皺を寄せ、新しい煙草を咥えながら訝しげに首を傾げた。



ロングコートを羽織り三味線を背負って、ヘッドフォンをつけている場違いな格好の男。これが第一印象だった。

「ブルータルデスメタルと言ったところか」

「なにが?」

「お主の魂の鼓動でござる。…ふむ。淀みない転調もなかなかいい。次の曲で使える」

掴み所のない男だとも思った。魂の鼓動だのと訳の分からないスピリチュアルらしい要素を含む持論を展開するせいで話が通じているのか不安になる。短くなった煙草を放る。手持ち無沙汰でまた新しいそれに火を点ける。奇妙奇天烈な人物は苦手だ。どう接すればいいのか判断に迷う。吐き出される煙で視界に靄がかかり、瞬く間に霧散してゆく。サングラス越しに目が合っているのだろうか。

「貴方の顔初めて見た。ここに来て日が浅いわたしが言うのもなんだけど」

「春雨との折衝のため不在にしていたでござる」

「なるほどね」

どう見ても戦闘員には見えない理由が納得いった。なるほど此奴は外交役というわけか。変人謀略家がいるというのに更に奇人までいるときた。鬼兵隊というのはなかなかに個性派揃いだ。この男、奇人とはいえ春雨との交渉を上手く成し遂げてきたのだ。外交役ということで話術に長けているのだろう。話術で交渉を有利に進めるためには人間の心理を利用する。仕事の上で必要な武器ということだ。一分野に特化した人間を適材適所で起用する。高杉の采配は的確だ。

「戦闘員に謀略家に外交官。既に粒揃いな上に、春雨と同盟を結んだなら別に人が居ないわけじゃないでしょ」

「戦力には困らんが手駒は多ければ使い道も増える。だからそなたを引き入れたでござる」

「そう」

燻らすばかりで碌に吸いもしなかったタバコから灰が落ちる。高杉の手引きかと思っていたけど、どうやらこの男も一枚噛んでいるようだ。提案したのはこの男で人選は高杉なのかも知れない。まぁなんにせよ構わない。

「手合い、なかなかでござった」

「それはどうも」

外交官如きがわたしの腕を推し量るか。やや癪ではあったが外交官といえども鬼兵隊の一員だ。高杉の采配、武市の戦略、来島の戦闘能力、そしてこの男の交渉力。それらが噛み合い、相乗効果を生み出しているから鬼兵隊は強いのだろう。

わたしは普通の生活を営めない。どうせ殺生の道しか歩めぬのであれば、中途半端にこそこそと隠れるように裏稼業をするのでなく名の知れた武装集団に加わる方が余程マシだ。

「ここで思う存分振るわせてもらうよ」

そういえばこの男、名前はなんというのだろうか。考えあぐねているとそれを察したのか彼は口を開いた。男の名は河上万斉。1000人を斬ったというあの“人斬り万斉”である。そして後に彼が鬼兵隊のナンバー2であることを知った。



諸星小夜。元攘夷志士。一線を退いた後はクラブの用心棒や始末屋紛いの仕事を生業としていた。数年のブランクを経て鬼兵隊へ。刀は人並み以下だが長具足の扱いが抜群に上手い、とは聞き及んでいた。しかし共に闘えば聞いていたよりも、傍観した時よりもそれを体感する。この女の槍捌きはなかなかのものだと目を見張るばかりだ。間合いの長さ、手数の多さに奇抜さ。そこいらのテロリストなど相手にならぬほどに強かだ。

「河上、後ろ」

後ろを取られたと自覚するのと同じくして声をかけられて、咄嗟に振り返った。だがその時には既に小夜の蹴りが侍の後頭部を捉えていた。ブーツに仕込まれていたナイフが深々と刺さったようだ。背後で男が血を流して事切れている。

「考え事でもしてた?」

小夜は山のように積み重なった屍体を邪魔くさそうに踏みつける。スカートは捲れ上がり、いくつか大きな古傷が見受けられる腿が露わになっている。

「全く、足癖が悪いでござるな」

「殺す手段に足癖の悪さも良さもないでしょ」

屍体の山を駆け上り身を翻しながら、向かってくる敵を槍の柄で殴打し、槍先で喉笛を突き刺した。背後から斬りかかろうとする男の首を振り返りざまに蹴り上げる。ナイフが男の皮膚を深く裂き、首筋から血飛沫が上がった。

流麗な舞だ。小夜は人を殺しながら舞っている。水面を思わせるような静けさ。それでいて情感が溢れ、奥行きと透明感のある優しい音色。慈しみさえ覚えるような癒しの音調。初めて会ったときのあの荒々しさは何処へ消え失せたのか。彼女の音は、優しい。

「小夜」

「なに」

殺戮の結果はこれだ。死体がたくさん転がっている。目も当てられない光景だ。死体に慣れている人間が見ても嫌悪感を出さずにはいられない。そんな惨状の中にいるというのになんと平静であるのか。

「ひどく穏やかでござるな」

何が、とは明言していないにも関わらず小夜は自分の魂の鼓動が穏やかだと指摘されたことを理解した。肉に刺さった槍を引き抜き死体を足蹴にして、こちらに振り返る。

「前に言ってたブルータルなんとかってやつ?」

「いや。今の小夜の音は…例えるならポストクラシカルでごさるな」

「河上の例えは分かりにくいなあ」

わたしは河上の言葉の意味をすぐ理解できるほど音楽に明るくないからね。そう言って小夜は肩を竦める。

「まぁ、そのポストなんとか…っていうのが穏やかなものならその通りだよ。わたし、今すごく気が楽」

人を殺すことに後ろめたさがないという。攘夷志士として国のためと称し、生活のためと理由をつけて秘密裏に人を殺めていた時とは、手応えが明らかに違うのだと小夜は話した。

「生殺与奪の権を行使する側に立つのであれば堂々と奪える環境にいれば良い。鬼兵隊に身を置けているから後ろめたさがない、といったところでござるな」

「思ってること全部当ててくれたね」

彼女は、小夜は奪い取る側に立っている。良心の呵責でもあったのだろう。懊悩して罪悪感に苛まれ、高杉たちと一度は袂を分かち一般市民として暮らそうとした。だが与えるのではなく奪うことで生きてきたが故に、どこにでもあるようなありふれた日々を送ることなど出来なかった。

自分の生きる道はこれ以外にないのだと気がついたのなら、もう迷うことはなかったはずだ。体の中に溜まっていた罪悪感という膿が堰を切ったように溢れ出した。いっそなにもかも受け入れ奪う側に立ち、力のままに蹂躙すれば良い。それが小夜という人間の在り方。

「ここは、わたしの居場所だよ」

鬼兵隊が、あなたの隣が。小夜は噛み締めるように囁いた。己を認知し許容し肯定した彼女は、恐らく以前の彼女を遥かに凌駕している。心も体も。彼女は、自身の腕と槍が届く範囲の全てを奪うだろう。ひどく優しく穏やかな音を奏でながら、無慈悲に。


20190130
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