鮮やかに暗澹たる
※紅桜篇直後

槍を振るうのはやはり心地が良かった。無心になれる。あれこれ懊悩する苦しみから放たれ平穏な心持ちになれる。これは唯一の救いだ。救いだったが、安らぐのは稽古の時だけ。槍が本来の役割を果たせば果たすほど、心は平穏とは程遠いものになる。

今日もたくさん斬り伏せた。心の平静を保つために振るうとすれば殺傷能力が過ぎ、人を殺すために振るうならばあまりに気の迷いがある。とはいえ、逃げようのない殺し合いの場に身を置けば気の迷いなど些細なこと。敵を屠るなど朝飯前。矛盾を払えず抱えるしかないのか。静かだった心内に鬱屈した感情が湧き上がる。

「戦うことに疲れており戦線離脱したが己の存在価値を戦場以外で見出せず戦の場に戻った今も尚、人を斬る。そんなところでござるか」

独り言にはあまりに大きな声に体が止まる。私に向けられた言葉だ。空を切る槍を振るう手を下ろして振り返ると、そこに立っていたのは見知らぬ青年だった。ロングコートを羽織り三味線を背負っている奇妙な出で立ちで、ヘッドフォンをしているため人の話を聞く気があるのか定かではない。

せめて視線や目付きで何を考えているのか読み取れれば幾らかマシだったが、サングラスのせいで表情はほとんど窺い知れない。この青年、何者だ?

「誰」

「ふむ、ブルータルデスメタルと言ったところか」

こちらを値踏みするように観察していた末、納得がいったのか腑に落ちたのか青年はひとりごちた。なんて言った?難しい横文字を使わないで日本語を喋れ。それより、この身分不詳の失礼極まりない青年は己の身分を詳らかにせず、訳の分からない外国語で私を何らかの所属に分類したらしい。怪しい上になんて悪趣味な奴だ。もう一度尋ねる。

「誰、貴方」

「淀みない転調もなかなかいい。次の曲で使えるでござるな」

「はぁ?」

暖簾に腕押しとはこれのことか。肩透かしもいいところだ。会話が成り立たない。だというのに名乗らぬ青年の独り言は正鵠を射るものだった。
人を殺すために槍を振るうことで心が摩耗していた。これ以外に取り柄などないわたしが一般市民として暮らしていけるはずもなく。結局こうして人を殺せる環境下に身を置くようになった。

初対面でそれを言い当てる、ということは誰かしらから耳打ちがあったのだろう。高杉だとは思うが。向こうはわたしの身の上を把握しており、見透かされているようで心地が悪い。口から溢れ出る言葉は自然と刺々しくなる。

「人と話すときはヘッドフォン外したら?ていうか名乗るくらいしたらどうなの」

「しかし、もう少し欲に素直になった方が生き易かろう」

まだ訳の分からぬことを吐くか。埒が開かない。暴力に訴えるのはやや気がひけるが、ひと突きした方が早いやも知れぬと槍を構えると青年はひらりと手の平を返すように態度を改めた。

「申し遅れた。拙者、河上万斉と申す」

「聞こえてるんかい」

「串刺しにするぞと脅されれば名乗らざるを得ないでござるよ」

「初めから素直に名乗ればよかっただけじゃない?」

わたしが悪いみたいな言いがかりは止めてくれないかな。ようやくできた会話らしいもので得た情報といえば、この青年の名前と出で立ちと鋭いらしい観察力と、今では古風と感じる特徴的な語尾だけ。わたしは変わらず青年に対して怪しさしか感じていない。



女性は年相応にしてはやや幼い顔つきをしていた。肩につかない長さに切り揃えられた髪に、流行りの西洋要素を取り入れた服装。槍さえ持っていなれば洒落っ気のある町娘として十二分に通る見た目だった。

「わたしここに来てまだ日が浅い方だけど、貴方の顔は初めて見た」

「今般の件に関して、春雨との折衝のため不在にしていたでござる」

「へえ」

「先程の戦闘では多くの敵を倒したと聞いた。腕が相当立つのでござろう」

文脈のなにかが気に障ったようで表情が曇った。怪しいものを見る目でこちらを見ていたが不意に視線を外し、手の中の得物をまるで疎ましいものを見るかのように一瞥した。数瞬、考えあぐねた末に絞り出すような声で自嘲気味に言う。

「これ以外に、取り柄がないしね」

そしてまた不意にこちらを見遣る。睨め付ける目は湿っぽく陰のある深い深い不穏な色をしていた。己の生い立ちに諦観を感じているような。町娘というのはやや不適切だったか。撤回した方が良いかも知れぬ。

「でも」

空を切る鋭い音がした。徐に、ただなんとなく槍の切っ先が空中を真横に薙いだだけだったが、それはまるで無駄のない洗練された舞のようだった。

「これで人を殺さず生きていける道はないもの」

拙者に物を言うというより、自分を諭すような語り口だった。愚図る赤子を慰めるような、聞き分けの悪い子供に説明するような。

「左様。人殺しの道具にはそれ以外の使い道などないでござる。さてそろそろ名前を教えてもらってもいいだろうか」

洒落っ気のある女、強いがムラがある槍使い、戦いにおいては暴力的な力を持っている片鱗が伺える、という具合までしか把握出来ていない。

「…………」

「…………」

やや間をおいて、彼女は溜息を吐いた。同じ組織の人間であれば仕方あるまい、と眉間の皺がそう言う。こちらの第一印象があまり良いものではないので彼女は名乗ること自体が癪なようだった。

「諸星小夜。昔は攘夷志士だった。これからよろしく、河上」

訝しげにこちらを観察しつつも丁寧に挨拶をする。その節度ある態度だけ見ればやはりただの町娘のようだった。



紅桜計画は失敗に終わる。敵味方入り乱れて、黒煙の上がる甲板の彼方此方で乱闘や銃撃戦が繰り広げられている様を見下ろしながら晋助は煙を燻らす。

「俺の昔の誼みでな。先日まで攘夷やらクーデターやらとは無縁だったが腕は鈍ってねえから使えるぜ」

「女?」

同じように甲板を見下ろすと、槍を手にしている女がいた。複数の敵に囲まれている。刀を手ににじり寄る男を前に臆する様子もなく佇んでいた。まるで自分が囲まれていることを認識していないような。だがやや間があって、唐突に1人倒れた。槍の穂先が男の喉を貫通している。

「剣の腕は並以下だが長具足の扱いが抜群に上手い。春雨と同盟を結んだから戦力には困らんが手駒は多ければ使い道も増える。だから引き入れた」

降る剣戟は雪崩。その圧を受けるまでもなく女は立ち振る舞う。薙ぐ。突く。引く。払う。攻撃から攻撃へ転ずる動きに迷いはなく歩いたあとには死体の道が出来ている。鮮やかに人を殺して歩いている。

「なるほど。なかなかの手練れのようでござるな」

「ふ」

やや意味ありげに笑い煙管を銜えつつ高杉は静かに言う。

「ムラがあるがな」

そして、会って話してみりゃわかるだろうよと言った意味の一端を見たでござるよ。


20181013
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