喫煙者に悪い奴はいない、多分
鋼と血と意義の在る処への後日談とアニメ119話のif。時系列・細かい部分には目をつぶってください。


旧居に愛用のジッポを忘れてきたので取りに行かせて欲しい。ついでに私物も回収したい。なんていうワガママを高杉と河上はあっさり受け入れてくれた。

「え、そんなもん捨てて来いって言われるかと思った」

「お前に合わせたわけじゃねえ。たまたま時間があるからだ。刻限までに戻ってくれば問題あるめえよ」

「夕刻までに戻って来れないなら置いていくことになる。気をつけるでござるよ」

「スカウトされてすぐ置いていかれる間抜けにはなりたくないな。ていうか意外と鬼兵隊って融通がきくんだね?」

かくして数日ぶりにかぶき町に戻ることになった。



『喫煙は、肺がんをはじめ様々ながんになる危険性を高めます。禁煙しましょう』

喫煙所にデカデカと掲げられるポスターに書いてあるキャッチコピー。にっこり笑っている清楚系のモデルの鼻の穴に煙草を押し付けた。

「うっさいわよ。いつどこでどれだけ吸おうと私の勝手でしょーが」

喫煙者ってのは肩身が狭い。どこに行ってもひそひそと陰口を叩かれ冷たい視線を感じるし、時によっては「てめえのせいで肺がんになったんだよ治療費払え」と頭のおかしいおっさんに絡まれたこともあるし(てめえと会うのは今日が初めてだよふざけんなと言って殴ってやったらぶっ倒れた。もちろんすぐ逃げた)、飲食店の店員はくそだるそうに「当店は全席禁煙でございます」と言って灰皿がないことを伝えてくるし、ストレスがやばい。

咎められることなく吸えたのはこの間まで勤めていた高級キャバクラ店くらいだ。自分の家だとベランダで吸ってたけど、近所から文句言われてからはまともに吸えなかったんだ。

「あんたらは親を喫煙者に親でも殺されたんですかっつーの。あーあーもう面倒くさい」

好きで吸ってるのに息が詰まる。煙草をやめればいいだろって? じゃあお前はスマホをいじるのをやめろよ。やめられるのか? やめられねえだろ? 私にはそれくらい煙草が生活に馴染んでしまっている。やめられたら苦労しねえんだよ! 禁煙しようと思ったことはないけど。一日に吸う煙草の数なんて十本程度だってのに、放っておいて欲しい。

辛うじて堂々と煙草に火をつけられる喫煙所はまだあるけど、場所によっては狭いスペースにひしめくように突っ立って一服せざるを得ない。のんびり吸っていられる余裕なんてない。だからあちこち歩き回ってようやく見つけた寂れた喫煙所はオアシスだった。せいぜい二、三人程度がいるだけの静かな場所。それなのに、こんなくそうざったいポスターを掲げられたら腹も立つでしょうよ。

「くそー、かぶき町でこのザマならどこに行ってもだめだな。宇宙に出るしかないじゃん」

そう思うと鬼兵隊に入る決断をしたことはいい判断だったと思う。もちろん、煙草を吸えることよりもっと大きな理由、好き勝手気の赴くまま力の限り敵を蹂躙できるという理由があるからなんだけど。……あれ? 宇宙でも禁煙にされたらどうすればいいんだろう? 考え出したら憂鬱になってきた。

「ちっ」

「くそっ」

隣にいた男と私が悪態を吐いたのは同じタイミングで、互いに顔を見遣った。着流しを着ている男は私と同じようにイライラしているようだった。喫煙所で誰に言うでもなく愚痴をこぼす、という境遇が同じらしいことを察してから、隣にいるこの男が妙に近しい存在に思えてきた。黒髪の男は懐にからマヨネーズ型のライターを出して徐に煙草に火をつける。

「ここ、穴場だよな」

「そうなんだ。今日初めて見つけたよ。大変だよねー。煙草吸う場所が全然なくて」

「ああ、本当によ。職場で総スカン食らっちまった。会議で全面禁煙化が決まって行く場所がねえ」

「それはひどいね」

「端っこの方で慎ましく吸ってるのに何が気に入らねえんだろうな」

「副流煙が気に入らないんじゃないの? だから離れてひっそり燻らせてんのにさ。なのにこの間いちゃもんつけられたんだよ? ガンになったのはてめえのせいだっておっさんに言われちゃってさ」

「なんだそりゃ。あんたそれでどうしたんだ」

「おっさんの顔面に右ストレート」

「最高じゃねえか。喫煙者をナメんじゃねえってんだよな」

「ねー」

男もだいぶ過酷な職業についているようだった。職場の部下がやたらめったらバズーカを撃ってくる愚痴を聞きながら数本を灰にして、喫煙者に幸あれ、と言葉を交わして男と別れた。



鬼兵隊の母艦に戻り、愛用のジッポを手慰みにしながら煙を吐いていると河上と鉢合わせた。

「荷物は回収できたでござるか」

「もちろん」

真鍮でできたジッポを掲げる。これ以外にも昔から使ってた槍の穂先とか武器をごっそり持ち出してきた。借りている部屋は解約できるのが一番よかったけど時間ないし今月分の家賃は払ってあるし、夜逃げってことにしとけばどうにかなるだろ。身分証もろもろも偽物だし私にたどり着くことはない。

「ここでは堂々と吸えて最高だわー。文句言う人いないし」

「嗜む程度だが晋助も吸うからな」

「あートップが吸う人だとそうなるか」

「煙草の煙を気にする者の方が少なかろう」

「確かに」

「それに小夜はそこまで大量に吸うわけでもなかろう」と河上は言った。さすがわかってる! その通りだよ。ささやかな楽しみに文句やいちゃもんつけられたくないんだよ。

「かぶき町、どこ行っても禁煙で困ったよ」

「一週間ほど江戸全域に禁煙令が出たそうだ」

「一週間!? 長くない!?」

「お上は言ったことを反故にすることがままあるからな。一週間が一ヶ月、一ヶ月が半年と延びて一年になり永久禁煙になることもあり得るでござる」

「もう最終的にはハメック星に行くしかないよね!?」

原産地行くしかないじゃん嫌だよおおお面倒くさいよおおと嘆く私の脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。

「じゃあ、あのお兄さん大変だろうなー」

「お兄さん?」

「そ。今日かぶき町の喫煙所で会った人でね、会議で禁煙化が決まって会社の中だと吸う場所ないんだって。会社でも外でも吸えないの辛そうだよねー。マヨネーズ型のライター使ってて、目つきがキリッとして涼しげっていうのかな。近寄り難い印象だけどあれはモテると見た」

ま、私は興味ないけどな! 顔が良かろうが涼しげだろうが、それは私にとっては大事ではなくて、闘っててビシビシと痺れるような感覚を与えてくれる人がいいんだよな。そう河上みたいな。なんて関係ないことを考えていたら河上が訝しげに呟いた。

「マヨネーズ型のライター? そやつ、真選組の副長でごさるよ」

「えっ、マジ?」

「大マジでござる」

「えー……同じ喫煙者かあ……悩み共有しちゃったからなんだかりにくいなあ」

幕府の犬だけどこれはさておき、お互いに苦労してるらしいプライベートな部分を知ると不思議と親近感を抱いてしまうものだ。おっさんを殴った件、立場上はそんなことを聞いたら普通はお咎めがあるんだろうにそんなこともなかったし逆に賛同してくれたし、やっぱり普通にいい奴なんだろうな。

煙草を大きく吸い込んで灰になっていくのを眺めて、ますます肩身が狭くなっていくのはわかってるけど禁煙する気持ちにはまだなれなかった。


20230603
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -