次はないと切っ先を下ろして
※戦闘狂夢主
※紅桜編のあと
※弱い銀さんが苦手な人はブラウザバック推奨。

「お姉さん、ミュージシャン?バンドマン?路上ライブとかしてるとチンピラにしょっぴかれるでしょ」

妙に小腹が空いてしまって、徐に立ち寄った喫茶店で注文した餡蜜を待っていたときだった。通路を跨いだ向こうの席に座っている、銀髪の男がやけに軽々しく声をかけてきた。死んだ魚のような目、腰には木刀。そいつは気怠そうに椅子に腰掛けている。

「チンピラって誰?」

「クソ真撰組のことだよ。税金泥棒だよ、あいつら」

へえ。真撰組ってチンピラなんだ。ついでにクソときた。市民に散々な言われようだ。軽口を叩いている男の相手をしていると餡蜜が運ばれてきた。

「本っ当ムカつく連中でよお、この間も木刀持ってるだけで職質だよ?おかしいだろ」

男の話を聞き流しながらそれを口に運ぶ。うん、美味しい。黒豆と白玉と餡子の絶妙な味わいが良い。

「職質されたことはないよ」

そもそも路上ライブとかやったことないしね。心の内で一人ごちると、男は椅子にふんぞり返った。

「中身ギターでしょ?なんか弾いてくれよ。こう、鬱憤が晴れるようなカッコいい曲をズバーッとさあ」

「お兄さんイライラしてんの?世知辛い世の中だもんね」

店員が男のもとへ特大のイチゴパフェを持って来た。カットされたバナナやチョコポッキーが何本も挿さって、天辺にはプリンが乗って豪華だ。プリンの下に埋れているアイスを掘り出しながら男は言う。

「そうなんだよ。ちょっとイザコザに巻き込まれちまってさあ」

「へえ」

「紅桜って言えばお姉さんもわかるでしょ」

聴き慣れた単語。銀髪の男の口からその言葉が出てきたことに意外性は感じない。

「何それ?」

「おいおい、しらばっくれるなよ」

見ろよこの腕、と着物の袖を捲った。腕には包帯が巻かれている。肋骨も何本かイッててさあ、と男は大袈裟に脇腹を摩る。

「ひでえ目に遭ったんだよ。国を転覆させるとか言って変な刀を辻斬りに持たせやがって、そいつと切った張ったの大立ち回りだよコノヤロー」

「何のことかさっぱりだけど、そりゃ災難だったね。ご苦労様。怪我、早く治るといいね」

この店の餡蜜は美味い。寒天は硬めで黒蜜はこってりと甘く、黒豆の塩気がいい塩梅になっている。素っ気ない返事をしたにも関わらず男はめげずに話を進めた。

「お前、鬼兵隊にいるところ見たぜ」

寒天がスプーンから転がり落ちる。

「高杉にスカウトでもされたか?」

「………」

「ギターと三味線のセッションか何かですか?あんまり良いもんじゃねえと思うけど、俺は」

ふざけた野郎だ。あの戦いの中で、こちらを視認していたのか。その癖にこうしてちょっかいを出している。ここでわたしと出会でくわしたのはただの偶然だろうが、あちらの掌の上で転がされていたと思うと腹立たしい。そろそろ黙らせてやりたい頃合いだ。

「あなたが狂った岡田相手に木刀で戦ったバカ侍ね。艦隊に乗り込んで来た時だって怪我してたんだよね。普通じゃあり得ないわ」

「今バカって言った?おい、人と話す時くらいは餡蜜から目を離しなさいよ。どんな教育受けてきたの君」

「見てたよ、あなたと桂小太郎の戦いっぷり。あの爆発でよく生き残ったよね。いやさすが、バカなだけある」

「おいい!人の話聞けえ!バカって言う方がバカなんだよバーカ!」

喚く男を横目に餡蜜を食べ終える。口の中に黒蜜の後味が広がるけどしつこくなくていい。

「で、何か?ここで会ったが100年目のノリでわたしと斬り合う?」

「それもありだが、せっかくのパフェが不味くなっちまうしなあ」

グラスの中でアイスが溶け出し、スポンジケーキにイチゴアイスが染みてぐずぐすになっている。既にパフェはぬるい。

「へえ。それじゃあ逃げるの?」

「逃げるわけじゃねえけど、お姉さん丸腰だしな。ギターで闘うわけにもいかないだろ?」

「そっちも人の話聞きなよ。誰が丸腰って言った?」

ギターケースから槍を取り出してテーブルと椅子を蹴飛ばし、男の首元へ切っ先を突きつける。テーブルのひっくり返る音、椅子の倒れる音、床に叩きつけられた皿が割れる音。周りの客は、突然のいざこざに慌てふためいて逃げ出した。

「腹立つのはわかるけど、こんな往来で鍔迫り合いはよそうぜ」

槍を突きつけられているのに男はスプーンを咥えたまま頭の後ろで手を組んでいる。余裕の態度にまた腹が立つ。

「先に吹っかけてきたのはそっちでしょうが。舐め腐りやがってムカつくなあ」

「話しかけただけで散々な言われようだぜ、全く」

椅子に乗り、テーブルに足をかけ男を見下ろしているわたしが圧倒的に有利だ。からかいにはそれ相応の仕返しが必要だ。黙らないのであれば、物理で以て応えて何の問題があるだろう?

「怪我しててもバカみたいに強いの?ねえ白夜叉」

「…!お前、俺のことを知って…ぐっ!」

足の振りで攻撃を予測し咄嗟に木刀を構えたまでは良かったが、わずかに遅く、脇腹へめり込んだ蹴りで男は地面に突っ伏した。

「人間離れしてた白夜叉がこのザマか。怪我してること差し引いても、時間ってのは酷だね」

攘夷戦争のときに、この男が闘うところを見た。鬼神の如く天人を斬りまわっていた強さは今では鳴りを潜めているようで、こうしてわたしの不意の一撃で吹っ飛んで床に膝をついている。

「いてて…肋骨にヒビ入ってるって言ったじゃねえかよ…!」

「手加減してくれるとでも思った?弱点をわざわざ言う方が悪い」

一矢報いようと斬りかかってくるがその剣劇は鈍く、槍であしらうまでもなく軽い。もう一度脇腹に重い蹴りを喰らって、男は再び床に転がった。

「弱いやつと戦う趣味はないんだよね」

おちょくられた仕返しにと槍を執ったが、もうそんなことに構うつもりはない。

「今日は大人なスタンスでいこうじゃないの」

「はっ…!蹴飛ばしておいてよく言うぜ…!」

「先にけしかけたのはそっちでしょ」

痛みに悶絶している男は、負け犬の遠吠えよろしく強く威勢の良い言葉を使う。

「次会ったら、殺してやるよ…!」

「臨むところだよ、坂田銀時」

「俺の名前を知ってる癖に、名乗らないのは卑怯じゃねえの」

床に伏せる男を見下ろして、さて意味があるだろうかと逡巡したが、名乗らないのはフェアじゃない。

「鬼兵隊。諸星小夜」

顔と名前がわかれば必ずまた逢いまみえることができる。その怪我を完治させて、万全の状態で本気で、わたしとまた戦え。


20200531
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