逃げるにあたわず
※戦闘狂夢主
※血の滾りのあと

深く交わり、ぐずぐすに解れた体は怠い。途中だった傷の手当てをしながら腹が減ったとぼやく小夜に、食事をするかと提案をした矢先だった。ふと、今までになく真面目な顔つきで、小夜は言った。

「河上。高杉に直談判に行こう」

雑な指示のもと戦ってきたわたしたちはここまでの大怪我を負っている。武装集団とはいえ立派な組織である。構成員であるわたしたちを蔑ろにされては堪らない。

「お腹いっぱいになる前に行こう。今すぐ」

腹が膨れた後では舌鋒鋭く追及することなどできない。それが小夜の言い分だった。言っていることの筋は、一応通ってはいる。

「よぉ、きっちり片付けしてくれたじゃねえか。さすがだぜ」

三味線と煙管。相変わらずの格好で出迎えた晋助は飄々としている。

「河上からの又聞きだけど指示が雑すぎる。敵戦力の概要とか情報をもう少し詳細に寄越してよ」

「ほう?」

「残らず殲滅はしたけど意外に腕の立つ奴も何人かいた。負ける気はこれっぽっちもないけど、知らないせいで不利になるのは御免だよ」

「知っていようがいまいがお前ら…特に小夜、お前は斬りに行くだろ」

斬って然るべき敵。斬る大義名分。それを求め、得た。敵の正体が不明ならば足踏みをするのだろうか。答えは否である。小夜は答える。

「そうだけど」

「なら構うまでもないだろう。それとも何か?敵の仔細な情報がなければ斬れないと?お前も、お前のその槍もなまくらだったのか?」

「…違う」

「小夜、お前がここにいるのは、相手が天人であれ人間であれ斬り伏せるためだろ。今や鬼兵隊の人間だ。俺たちに仇なす奴らを片っ端から殺して回るのがお前のしたいことだったはずだぜ」

晋助の言うことは正論である。小夜の威勢が徐々に萎んでいく。舌鋒鋭いうちにと食事を後回しにしたのはどこの誰だったか。こちらからの視線を察し、小夜はバツが悪そうに顔を背けた。

「お前ら二人で行かせたのは、傭兵どもが駐屯して腰を据える前に叩けると思ったからだ。しかし、何でまた夜戦にしなかった」

「寝込み襲っても反撃がないんだもの。面白くない」

「昼間でも十分に殱滅できると踏んだでごさる」

件の敵基地を夜戦にて殲滅するだろうと踏んでいたらしいが、晋助の思惑に反して当の本人たちは真昼間に襲撃をした。その可笑しさから煙管を銜える。

「ふ。殱滅したなら文句はねえさ」

そう、仕事は成したのだ。重傷になりながらもきっちりと殺し尽くした。

「いやしかし、闘うためにと引き抜いた奴が敵方の情報が少ないなんだのと文句を言うとは思いもしなかったぜ」

「はいはい、そうですかあ。すみませんねえ」

包帯だらけの小夜は反論できず、駄々をこねる子供のような態度でいる。もはや自棄だ。

「晋助の言い分ももっともだが、状況を鑑みて欲しいでござる。こちらとしては、皆を尽く切り捨てるつもりでいるが敵を知らぬは不利というもの。戦闘員が減り組織が弱体化するのは、晋助も避けたいはずでござろう。小夜の主張をもう少しばかり汲んで欲しい」

「ま、少しばかり意地が悪かったか。以降はきちんと情報を寄越してやる」

意地が悪いとは?小夜と顔を見合わせて晋助の言葉を待つ。

「お前らは、どちらかと言えば寡戦に向いているからと組ませたんだが」

晋助は紫煙を吐きながら、やや空をぼんやりと眺めた。人生とは思い通りに事が運ばない。その不便さを憂うと同時に愉しむかのような表情だ。

「そういう仲になるとはねぇ。そっちの方は少しばかり意外だったぜ」

「…え?なんで分かったの」

戦闘面以外の“そういう仲”。それに思い当たる節しかない小夜は正直に驚きの反応を示した。が、それは晋助の張った罠に過ぎない。うっかり引っかかったことにすら気がつかないでいる。

「小夜、今のは失言でござる」

「え?」

くつくつと喉の奥から聞こえる晋助の笑い声に真意を理解し、小夜は顔面を青くしたり赤くしたりの百面相を見せた。晋助の追撃に小夜は赤子の如く成す術なく聞いているだけだ。

「頼もしいぜ全く。その怪我で」



「小夜」

河上に名前を呼ばれ体が硬直した。もう少しばかり物を考えるべきだったと反省しても後の祭りだ。妙な空気が流れているのは、何をどう考えてもわたしの失言の所為だ。

「直談判するのであれば、言葉の方も達者にならねばな」

「武闘派だからそっちは専門外だった…。啖呵きるのは得意なんだけどね…」

数刻前までの行為よりずっと恥ずかしい。河上の顔をまともに見返せない。振り返ることができない。その場に立っているのがやっとで、できるなら自分の存在を半日ほど消してしまいたい。姿を消したところで意味などないのはわかっているが、気持ちの問題だ。わたしは今、死ぬほど恥ずかしい。

「わたし、部屋に戻るわ…」

「何を言う。腹ごしらえに行くでござるよ」

珍しいことに、河上に腕を引かれながら来た道を引き返す羽目になった。物陰からわたしたちの様子を見ていた木島に助けを求めたけど、いい笑顔で見送られた。ニッコリ笑って手を振っている。お、覚えてろよ木島あ!


20200523
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