首を絞める話
窓の外は凍てつくほどに寒いのに、触れる肌はじっとりと汗ばんでいた。照明を落とした部屋の中、ぼんやりと視認出来る肌の輪郭と影で悠がどこにいるかを知る。とはいえ知らなくても特段問題ない。動くと、腕の中で悠は小さく声をあげた。
「あっ ん、」
時間の感覚があまりない。始めてからだいぶ経ったのか、それとも大して経ってないのか。きつく責め立てるわけでも激しく穿つわけでもなく、ただなんとなく、一定のリズムでゆるゆる動く。そのせいなのか、悠はよく声をもらして身を捩る。
「う」
意識的に気を紛らすために、我慢してやり過ごすためにシーツを握りしめて息を吐く。その姿がどこか癪で、膝頭を掴んで足を開かせて強引に数回穿つ。上気して凄んでも微塵も怖くない目で恨めしそうに睨んだ後、目を閉じた。
「ん、――っ」
体が数秒硬直して、ふっと脱力する。投げ出された足の内腿が、白い。
「起きろ」
「、待って」
ぐったりとしながらも忙しなく上下する肩の動きを見る限り、こいつの息が整うのを待つより俺が動いた方が早い。荒い息をする悠の背中を抱いて起き上がらせた。そして肘で上半身だけを起こした状態のままベッドに背中をつける。
「―!」
悠は寝転がっている俺の上に跨っている姿勢にぎょっとする。その拍子にぼけていた思考がはっきりし始めたらしい。朦朧としていたのもほんの僅かな間で、自分の体勢が酷くいやらしいということに気がついて、身を捩る。
「逃げるな」
「やだ」
「いいから、その体勢でいろ」
「や、やだってば」
すっぽり収まった状態で馬乗りになっているこの状況が気に食わないらしい。ろくに力の入ってない下半身で逃げようと膝を立てるが、震えるばかりで体勢に変化はない。強情な上に融通の利かないやつだ、全く。
「まともに座ってることも出来ねえ癖に暴れるな」
「ひ」
腰をつかんで下から突き上げると、鼻から抜ける声を漏らして体を撓らせた。さっきの名残で動く度にそこから水っぽい音がする。力を抜いてしまえば俺にしな垂れかかることになるのだけは理解しているから、ベッドに震える手をついて辛うじて上体を起こしている。
「ひ、 あっ あ、ん」
体が揺れる反動で髪が垂れる。邪魔臭い。耳にかけると、悠の不満げな目と視線がかち合った。さっきより確実に近くなったせいで表情もよく分かる。眉間に皺を寄せて、掠れる声で訴えた。
「…あ、 め」
「あ?」
声がこもってよく聞き取れなかったが動いちゃだめだと言ったらしい。だめだと言われたらやりたくなるのが性ってもんだろうが。構わず動く。性急な突き上げに悠は悲鳴を漏らしながら、手を握り締めて耐える。どこかしら反抗的な姿勢を見ていると、従順に、それこそ自分の思うままにしたくなっていく。
容赦なく動き続けていると、我慢の限界だったのか自身を支えていた肘からカクンと力が抜けた。糸が切れたように崩れ落ちそうになる悠の体を手で支える。左手は腰を、右手は胸辺りを。掌に心臓が早鐘を打つ感覚が伝わってくる。悠の呼吸は浅く速かった。
「悠」
首に右手が触れると、悠はきつく閉じていた瞳をうっすら開いて、俺を見下ろした。視線がかち合う。こいつは何をされるのか、わかっている。踏ん張っていた膝の力を抜いて、掌が首にしっかり当たるようにほんの少しばかり身を乗り出した。そのままゆるゆると腰を動かしながら首に添えている手に力を加えていく。
「あ、 っ」
徐々にきつくなるそれに平衡を保てなくなって、必死に腕にしがみ付いた。抵抗でも反抗でもない。直後に悠が微かに足掻き出す。
「―――っ!、!」
絞める力に自重も加わって、吐息だけの悲鳴を上げると悠の体が大きく一度跳ねた。それと同時にきゅうっと、繋がっている部分が収縮して痙攣している。シーツを掴んで忙しない呼吸をしながら、焦点が合っていない目でこっちをぼんやりと見下ろしている。
「おい、大丈夫か」
「、 う 、」
「しっかりしろ」
「ん、う」
イッたせいで脱力し切っているのか俺の名前を呼ぶ声はえらく舌足らずなものだったが、頬を数回叩いたり抓ったりしているうちに意識がはっきりしてきている。
「起きろ」
「起きてる…」
「退け。ちょっと重い」
「勝手に乗っけておいて…」
退くから待て。意識がハッキリしてきたお陰で途端に口が悪くなる。さっきまで喘いでいたとは思えない変わりっぷりだ。
「じゃあ早くしろ」
いつものように悪態をついて腰を上げようとした悠の動きが止まる。
「………」
言われなくても…とでも言いたげに一瞥した後、もう一度腰を上げようとするものの踏ん張っても踏ん張っても動く気配が一向にない。腰が抜けた、としか考えられなかった。
「はー、しゃあねえな。ったく」
「ひっ」
退くのを待つより退かした方が手っ取り早い。さっきと同じように背中に手を回して悠に覆い被さるようにして上半身を起こす。予想外の事態に呆然としていた悠は視界が一気に反転したことに驚いて、間抜けな声を出した。
「治るまでそうしてろ… ?」
「………っ、」
ベッドに寝転がって顔を手で覆って肩を震わせている。そういえば、と下に目を遣りながら今更ながら気がついた。ずっと入れっぱなしだった上に、更に今の振動で感じてしまったらしい。
「これくらいで反応すんなよ」
「す、好きで反応したんじゃない…」
「抵抗するどころか自分からやれって仕向けたようなもんなのによく言う」
「……!」
「お前さっき涎垂らしてたからな」
羞恥なのか激昂なのか、どっちもが綯い交ぜになったような表情で反論の言葉が出ずに悠はただこっちを見ている。
「あとうわ言でえらいこと言ってたな」
「え、え、…」
「覚えてないのかよ」
意識が朦朧としている間に何かを口にした覚えは微かにあるらしい。実際は要領を得ない、ただの喘ぎ声だったがおちょくる材料としては最適だ。口から出任せの艶かしく淫靡な単語を連発するとますます言い表しがたい顔になっていく。もう聞いていられない、と半狂乱になったんだろう。どこにそんな余力が残っていたんだか。そもそも腰が抜けて動けなかったはずだろうに、渾身の張り手を食らった。
改稿:20200506
初出:20131111