代わりにする話
ぼやける視界のほとんどが見慣れた制服の色で、その中に何箇所か肌色が窺えた。ハッキリ見えないのが、もしかしたら救いなのかも知れない。変な感触に味に、何度もえづいて苦しい。抵抗出来ないようにネクタイで後ろ手に縛られてしまって、だらしなく床に尻をついて座り込んで花宮にされるがままになっている。畜生。くしゃくしゃに乱された髪が、首筋を流れていく。



レンズ越しの瞳は毅然としている。

「止めて」

眼鏡をかけている悠はいつも以上に優等生然としている。黙っていればそれなりに見えるものの、相手が俺となると話は別。目当ての本を手にして、上向いていた機嫌が急降下したらしい。目付きが見る見るうちに鋭くなる。般若の数歩手前ってところだ。

「血塗れになるのが好きなわけ?そういう趣味があったの」

「違えよ」

女の体って面倒くせえ。変調があるせいで、すること成すことにいちいち制限がかかる。それだけじゃなく気分の浮き沈みもあるようで扱いが面倒くせえ。詰まるところ全てが面倒くせえ。むしゃくしゃしてきた。

「ちょっと、何」

「方法がない訳じゃねえだろ」

掴んだ手首から体が硬直したのが分かる。物分かりが良くてついでに従順だったら手がかからねえんだけどな。くそつまらねえけど。抵抗せんと振り上げられそうになる手を弾いて、顔に手を伸ばす。

「外せばなんの問題もねえ」

顔面に迫る手に驚いて目を瞑る一瞬が、えらく無防備だったからあっけなく眼鏡を外せた。矯正されてものが見える状態から、ふわふわと覚束ない世界に放り出された視覚が順応し慣れるまでの僅かな時間に手首を重ねて、きつく縛ってやった。物理的な意味で手が早いなら、させなければいい。それだけのことだ。

「痛…っ!」

「歯、立てんじゃねぇぞ」

髪を掴んで牽制すると、諦めたように眉を顰めてそっと口を開けた。ほんの少し。恐る恐る、腫れ物に触れるみたいに、徐々に近づいて行く。僅かに触れた粘膜と粘膜。悠は眉間に皺を寄せて心底胸糞悪いと口が塞がっている分、表情で伝える。

「っう…」

じとり。舌がそれの裏側に隙間なく密着した。少しの間、口の中で濃いピンク色が歯列の奥で蠢いているのを眺めていたが、その後は密着したきり動かない。

「おい」

「−、?」

「ずっとそうしてるつもりか」

勝手が分からず硬直している悠の首元を掌で押し上げると目がかち合った。あっちから俺の顔が見えてない。が、それでも気まずそうに視線を逸らす。悠の喉が鳴った。

「じっとしてりゃ終わるってもんじゃねえぞ」

さっきのは居心地の悪さで仕方なしに動かしていただけか。で、何しても気持ち悪いからとりあえず動かないでいようと、そういうことか。馬鹿か。

「 ふ、ん  ぐっ」

「ちったあ動かせよ」

頭を押さえつけ腰を突き出して悠を見下ろしてせっつく。動くと気持ち悪い。でも動かないと終わらない。板挟みになって困惑しつつも、ぎこちなく舌を這わせる。選択を迫られてはいるが、どっちを取ったにしろ結果が同じであることに気がつかないほど頭は悪くはない。

「う、  ふっ」

一般的な愛撫と比べて程遠い、百歩譲ってヤル気があるとは思えない。それでも外からの刺激があれば反応する。幼稚で拙い筈の動きにも、微かに聞こえる水っぽい音にも、不自然な位置にある悠の顔にも。

「…っ」

加減をしつつ前後に動くとどうでもいいから早く出て行け、と汚いもの見ているような目で訴えるついでに舌で押し返す。出て行けと思うならもっとマシに動かすなりしたらどうだ。早く終わらすためにどうしたらいいか一般水準より高い頭脳を使って考えろ。

ぐぐ、と柔らかい喉奥に押し付けると、行為が始まってから一際大きく体を揺らした。苦しげに鼻を鳴らしていよいよ体を後退させる。おい、逃げんなよ。髪を掴み直して引き寄せるのと、悠の口に出すのは同時だった。

「っ…、」

「ん、っ!」

弾かれたように顔を仰け反らしソレから距離を取って、不恰好な姿勢で悠は激しく咳き込んだ。ああ、そうだ。腕を縛っていたことをすっかり忘れていた。口から糸引く唾液が肌蹴けている太ももに垂れる。悠は口の中の残滓も全部残らず床に吐き出し、白いそれを忌々しげに見下ろして、視線を上げる。

「 …っはぁ…っ」

こっちを睨む悠の目から涙が溢れていく。それと同じように唇の端から、涎が伝う。苦しげに喘いでいた―呻いたともとれるが―というのに声は唸るように低い。
「っ、あ、…、覚えてやがれ 花宮」

「誘ったような顔してよく言う」

「噛み切ってやる」

「もう1回やる気か?」

丁度良い付き合え。再度髪を掴んでそう言うと、悠の顔から血の気が引いた。


改稿:20200506
初出:20130204
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